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第11章 妄想の覇王と狂気のレベリング

第1階層の霧に包まれた墓地での、あの圧倒的で一方的な防衛戦から数十分の時間が経過していた。

アスケルトン・クレアトラッハ・ダンジョンの最深部である第4階層。巨大なリヴァイアサンの肋骨を模した柱が永遠の暗闇を支え、青い異界の炎が黒曜石の床を不気味に照らし出す玉座の間は、相変わらずの絶対的な静寂に包まれていた。


その部屋の最奥、暗鉄と骨で鍛造された恐ろしいほどに巨大な玉座の上に、ナヴィンは座っていた。

いや、「座っていた」という表現は少し誇張が含まれているかもしれない。身長わずか2フィート(約60センチ)の彼にとって、その玉座は巨大な怪物のために作られたベッドのようなサイズ感であり、彼の小さな白亜の足は座面の端からだらりとぶら下がり、床には到底届かず、死んだ空気の中でぶらぶらと揺れている状態だった。


「たった14人のハンターを殺しただけで、あそこまでレベルアップするなんて狂ってるな……」


ナヴィンは、薄暗い空間に向かってポツリと呟いた。彼には声帯がないため、その言葉は念話の反響となって、誰もいない玉座の間に奇妙なエコーを伴って響き渡った。


彼の胸腔の奥深くで、青く輝く魔法の心臓が、未だに荒々しいドラムビートのように激しく脈打っていた。

それもそのはずである。先ほどの8分間の戦闘で、彼は自らの両手に握った『毒牙の短剣』と『ダメージ噴出の短剣』を振るい、クラウンヘルム・ギルドの精鋭たちを次々と血祭りにあげたのだ。

通常、Dランクのダンジョンボスが同ランクの人間を倒したとしても、これほどの劇的な変化は起こらない。せいぜい経験値ゲージが少し進む程度だ。しかし、ナヴィンには全ダンジョンの創造主から直々に与えられた、極めて理不尽でイカれたチート称号があった。


『最弱のボス』。

この称号のパッシブ効果は、システムホストが直接獲得するすべての経験値に400%の倍率を適用するという、宇宙の法則を根底から破壊するような代物である。

玉座に座ってルクや骸骨兵たちに任せているだけでは発動しないが、ナヴィン自身が手を下した場合、その恩恵は爆発的なものとなる。


ナヴィンは小さな骨の指をパチンと鳴らし、自らのステータスボードを空中に呼び出した。

青く半透明なホログラムスクリーンが、彼の眼窩の前に展開される。


【現在のステータス】

ナヴィン:レベル36

筋力:28

速度:48

耐久力:24

ランク:B

獲得ダンジョンポイント:120 DP

称号:最弱のボス(経験値400%アップ適用中)


「Bランク……」ナヴィンは、その文字を穴が空くほど見つめ、内なる声で震えるように復唱した。


ほんの数日前、彼はレベル0の、宇宙で最も弱い第2342万3596位の種族として、この過酷なセヴィスタの世界に放り出されたばかりだった。強い風が吹けば粉々に砕け散りそうな脆い骨の塊。それが今や、人間の世界においては「歩く災厄」として恐れられ、要塞都市をも脅かす存在であるBランクに到達してしまったのだ。


「人間のレベリング効率、異常すぎない? ドラゴンの肉を食べた時もすごかったけど、あの復活の宝石に縛られたハンターたちは、まさに歩く経験値の宝箱じゃないか」


ナヴィンは、両手で頭蓋骨の側頭部を抱え込み、ガタガタと震えながら歓喜に浸った。

クラウンヘルム王国の広場にあるという『復活の宝石』。ダンジョン内で死んでも魂だけが村に帰還し、装備品と莫大な経験値だけをダンジョンに置き去りにしていくという、ナヴィンにとってこれ以上ないほど都合の良いシステムだ。

彼らはきっと、今頃村の広場で「透明なスケルトン・メイジにやられた!」と泣き叫んでいることだろう。


「よし、冷静になろう。僕はダンジョンボスだ。論理的で、冷酷で、計算高い存在なんだ」


ナヴィンはわざとらしく咳払いをするような仕草(肺がないので音は鳴らないが)をして、小さな胸を張った。

だが、現在の彼のステータスには、非常に極端なアンバランスさが残っていた。

速度48という数値は、もはや目で追うことすら不可能な領域にある。彼は音もなく空間を滑る弾丸だ。しかし、耐久力24と筋力28は、Bランクのモンスターとしては異常なほど低い。

もし、真正面からBランクの戦士に大剣で殴られれば、彼はやはり一撃で粉砕されてしまう危険性を孕んでいる。


「僕はアサシンだからね。正面から殴り合うなんて野蛮な真似はしない。影から忍び寄り、足首を刺して、あとは毒が回るのを待つ。完璧な戦術だ」


彼は腰のベルトに収まった二本の短剣を満足げに撫でた。

現在の目標は、ダンジョンショップに鎮座しているAランクの隠密スキル『影の隠密ステルス・オブ・シャドウズ』を手に入れることだ。あのスキルがあれば、彼の不可視性は絶対的なものとなり、魔法の気配さえも完全に遮断できる。

必要ポイントは450DP。現在の手持ちは120DP。

まだまだ先は長いが、今日のペースで人間たちがリスポーンして突撃してきてくれれば、そう遠くない未来に手が届くはずだ。


「問題は……」ナヴィンの眼窩の青い炎が、少しだけ真剣な色合いを帯びて細められた。

「いつまでも、あんなお馬鹿な人間たちばかりが来るわけじゃないってことだ」


彼の思考は、ダンジョンの外――この『禁忌の大陸』の過酷な現実へと飛んだ。

彼がこのダンジョンを構築する直前に遭遇した、あの圧倒的な絶望の記憶。

漆黒の鱗に覆われ、毒々しい紫色のオーラを放つ巨大なハルバードを担いだ、身長9フィートのSランクの人型ドラゴン。

しかも、それが120匹も隊列を組んで行進していた光景。

あの時の息が詰まるような重圧と、絶対的な死の気配を、ナヴィンの魂のマトリックスは決して忘れていなかった。


人間のハンターたちは、DランクやCランク程度の「適度な」強さで、ナヴィンのレベル上げのための極上の餌となってくれている。

しかし、もし何かの間違いで、あのSランクのドラゴン軍団の1匹でもこのダンジョンのポータルをくぐり抜けてしまったらどうなるか。

第1階層の30体のFランク鎧スケルトンなど、ドラゴンのくしゃみ一つで蒸発するだろう。

第2階層のDランク骸骨騎士も、爪の先で弾き飛ばされる。

そして、あの強大で頼りになるHP19,000超えのルクでさえ、Sランクドラゴンの前では「少しだけ硬い鳥肉」程度の扱いでしかない。


「僕の速度48なんて、あの化物たちからすれば『少し素早いハエ』レベルかもしれない……」


ナヴィンは身震いし、玉座の上で膝を抱えるような姿勢になった。

強くなればなるほど、この世界の本当の恐ろしさが理解できるようになる。人間の世界でのBランクは英雄級かもしれないが、禁忌の大陸では、まだ「なんとか生き残るのに必死な中堅層」に過ぎないのだ。


『ドスーン、ドスーン』


その時、重々しい足音が玉座の間の外から響いてきた。

巨大な鉄の扉が、軋むような音を立ててゆっくりと開かれる。

そこに姿を現したのは、体長20メートルの骨の鎧を纏ったロック鳥、ルクだった。

ルクは第3階層の中ボスであり、ナヴィンにとってこの世で最初の、そして最高の親友である。


ルクは巨大な首を下げ、玉座に座る小さなナヴィンを見つめると、金属が擦れ合うような「キュルルル」という嬉しそうな鳴き声を上げた。


「やあ、ルク。お疲れ様。第3階層の掃除は終わった?」


ナヴィンが念話で語りかけると、ルクは力強く頷いた。そして、巨大なくちばしの先に器用に咥えていた「何か」を、ナヴィンの目の前の床にコトリと落とした。


それは、先ほどの戦いで逃げ遅れた人間のリーダー格が落としていったと思われる、見事な装飾が施された白銀のヘルメットだった。

ルクは誇らしげに胸を張り、「君へのプレゼントだよ」と言わんばかりに、巨大な黒曜石の爪でその兜をツンツンと突いた。ルクは光り輝く人間の装備品を収集するのが大好きなのだ。


ナヴィンは玉座から飛び降り、カチカチと音を立てながら兜に近づいた。

「おお、これは見事な細工だね。魔力抵抗のエンチャントもかかってる。ありがとうルク、さすが僕の右腕だ!」


ナヴィンは嬉しそうに兜を持ち上げた。人間の大人用に作られたその重厚な鉄の兜は、2フィートのナヴィンにとっては、ほとんど上半身を覆い隠してしまうほどの巨大なバケツのようなサイズだった。


「せっかくだから、ちょっと被ってみるよ。ボスとしての威厳が必要だからね」


ナヴィンは、その巨大な兜を自分の小さな頭蓋骨の上にすっぽりと被った。


ズボッ。


兜はナヴィンの頭を通り越し、肩を通り越し、見事に腰のあたりまでスッポリと彼を飲み込んでしまった。

床に置かれた巨大な兜の下から、白亜の小さな足だけが2本、チョコンと飛び出している状態だ。


「……前が見えない。ルク、前が全く見えないよ。これじゃ威厳どころか、歩くゴミ箱じゃないか」


兜の中から、くぐもった念話が響く。

ルクは黄色い瞳を瞬かせ、しばらくその滑稽な姿を見つめていたが、やがて耐えきれなくなったのか、巨大な腹を揺らして「クカカカカッ!」と金属的な大爆笑の鳴き声を上げ始めた。鳥のくせに、その笑い方は完全に人間臭かった。


「笑うな! 僕の身長が足りないだけだ! 今に見てろ、もっとレベルを上げて、骨密度を高めて、巨大な骸骨王になってやるんだから!」


ナヴィンは兜の中でジタバタと暴れ、ルクが巨大な嘴でそっと兜をつまみ上げてくれるまで、その場でカチカチと空回りする羽目になった。


兜から解放されたナヴィンは、存在しない息を大きく吐き出し、ファントム・シルクのマントのシワを丁寧に伸ばした。


「まったく……。中身はBランクの恐ろしいアサシンなのに、外見がこれじゃあ、せっかくの恐怖も半減だよ」


彼は再び玉座へとよじ登り、定位置である巨大なアームレストに顎を乗せた。

ルクはナヴィンの足元に丸くなり、巨大な黒曜石の羽を休めている。その温かく強大な存在感は、ナヴィンの心を深く落ち着かせてくれた。


「でもさ、ルク」

ナヴィンは、青い炎を揺らめかせながら、虚空を見つめて呟いた。


「いつか、僕も君みたいに大きくなれるのかな。僕の種族は宇宙で最弱で、身長も幼児サイズだけど……システムってやつは、限界を突破すれば進化の道を用意してくれてるはずだよね?」


ルクは静かに目を閉じ、喉の奥でゴロゴロと心地よい音を鳴らして同意を示した。


ナヴィンは深く深く、自らの内面の世界へと沈み込んでいった。

玉座の間の静寂と、永遠に揺らめく青い炎。圧倒的な量の経験値を吸収した魔法の心臓の熱。それらが心地よい子守唄のようにナヴィンの魂を包み込み、彼はアンデッドでありながら、深い「白昼夢」の中へと落ちていった。


思考の輪郭がぼやけ、理想の未来が彼の精神のエコーチェンバーに鮮明な映像となって映し出される。


――数分が経過していた。

彼は、その巨大な玉座に座っていた。


「たった14人のハンターを殺しただけで、あそこまでレベルアップするなんて狂ってるな……」


彼の内なる声が、現実の反復のように響く。しかし、白昼夢の中の景色は、現実とは全く異なっていた。


夢の中の『アスケルトン・クレアトラッハ』は、今よりも遥かに壮大で、果てしない闇の帝国へと変貌を遂げていた。

天井の見えない大広間には、何千、何万という数のアンデッドの軍勢が完璧な隊列を組んで整列している。

巨大な骨のゴーレム、腐敗の魔術を操るエルダーリッチ、黒炎を纏うデュラハンたち。彼らは皆、玉座に座る唯一の絶対者にひざまずき、深い敬意と恐怖の入り混じった視線を向けていた。


『おお……我らが偉大なる王よ』

『アスケルトン・クレアトラッハの絶対的支配者、ナヴィン様万歳!』


大広間を震わせるような、無数の配下たちからの熱狂的な賛美の声が響き渡る。

誰もが彼を称賛し、彼を「王」と呼んでひれ伏している。


そして何より、玉座に座る彼自身の姿が違っていた。


夢の中のナヴィンは、もはや2フィートの可愛らしい幼児サイズの骸骨ではなかった。

彼は、漆黒の玉座に完全にフィットする、恐ろしいほどの体躯を誇っていた。


頭蓋骨は鋭く禍々しい角を蓄え、ガンメタルグレーの骨は分厚く、まるで重戦車の装甲のように発達している。燃え盛るような深紅と青の混じった極炎が眼窩から溢れ出し、彼の周囲の空間そのものを歪ませている。

身に纏うのは、星の輝きすら吸い込むような絶対的な闇の王衣。

その手には、世界を両断するほどの巨大で禍々しい死の大鎌が握られていた。


彼は白昼夢の中で、自分の姿が、息を呑むほどに恐ろしい「2メートルを超える巨漢の戦士」であることを確認し、深い満足感に浸っていた。


『王よ、戴冠の儀を』


夢の中で、豪奢な黒い法衣を纏った高位のアンデッドの神官が、うやうやしく階段を上ってくる。

神官の手には、呪われた黒金で打たれた、恐るべき魔力を放つ王冠が掲げられていた。


2メートルの巨体を持つナヴィンは、ゆっくりと、威厳に満ちた動作で頭を垂れる。

神官は震える手で、その禍々しい王冠をナヴィンの頭へと静かに被せた。


『ここに、真の骸骨王が誕生せり!』


歓声が爆発する。ルクも空を舞い、歓喜の咆哮を上げている。

彼は絶対的な恐怖の象徴であり、禁忌の大陸のSランクドラゴンでさえも恐れて道を開けるような、至高の存在となっていた。


誰も彼を「小さな骨」とは呼ばない。誰も彼を笑わない。

彼は、完璧に、そして絶対的に恐ろしい2メートルの骸骨の王だったのだ。


現実の玉座の間で、2フィートの小さなナヴィンは、兜の下から足を出したまま、両手を胸の前で組み、口を半開きにして(顎の骨をカクンと落として)その壮大な妄想にどっぷりと浸りきっていた。


「へへへ……王様だ……僕が、2メートルの王様……」


誰もいない玉座の間に、幼児のような無邪気で幸せそうな笑い声が、カタカタという骨の音と共にいつまでも響き渡っていた。

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