睥睨する王は、灰と競う
王様シリーズ(自称)の二作目です。
暑い盛りの前作から一転、涼しいお話もいかがですか?
相変わらず空回りしているおっさんを、お楽しみください。
睥睨する王は、灰と競う
「その雑誌の最新刊に関しましては、取り扱いを見合わせており・・・」
目の前の司書と名乗る不健康そうな顔色の若者は、俺の問いに対して同じ言葉を一言一句違える事無く繰り返す。
それ自体が、俺と言う人間の行動原理にひびを入れて、要求を撤回させるための呪術の一種なのかと思わせるほど熱心に・・・。
それ自体が、俺と言う人間の欲求原理に疑義を入れて、行動する気が無い事を厳然と示す宣言のように・・・。
その日は寒風吹きすさぶ、しかし、日差しは暖かい秋晴れだった。
暇を弄ぶこと自体にも飽きてしまった俺は、いつもの居酒屋を目指す。
王を王たらしむには、正しい居場所というモノも有るのだ。
嘗ては犇めいていたウサギ小屋の群れでガードされていたハズの道程は、すっかり海まで見渡せる平地に変貌しており、当たり前のようにすべてのモノを素通ししている。
なるほど、寒風もその栄光に預かって俺の元まで素通りって訳だ。
俺は自分の体温の分け前をねだる空っ風と言う臣民に、指先の熱を存分に振る舞い王としての貫禄を示す。
・・・赤くかじかんだ自分手を、ポケットで庇いながら、支配者としての責任と行動について愚にも付かない事を考えながら道を急ぐ。
臣下はその勢いを王の望みの為に行使する事は無く、ただ海からの冷たい空気を貢いでくる。
・・・仕方がない。謀反を起こして向かい風にならないだけでも僥倖だろう。
王たる俺に追い縋り歩調を乱す領民を、この日三本目のたばこの煙を下賜する事で意識の外へと退出させる。
絶対者として君臨しても、結局は対価なしには何事もなしえない・・・。
支配者とは存外と不自由なモノだ。
しかし、歩いていれば道程は進み、いずれは目的にに到着する。
自明の理というモノだ。
すべての道はローマに通ずる。
欲せよ、さらば開かれん。・・・だ。
居酒屋の徒に手をかけると、奇妙な張り紙が目につく位置に掲示されている。
世が世ならば万軍の先頭にたなびく軍旗もかくやと言わんばかりに、風に吹かれてバタバタと音を立てるそれは、千騎の騎士にも匹敵する力ある言葉を俺に示したもうた。
「本日定休日」
・・・何と言う事だ。
グラナダの城門よろしく、王の入場を拒むその威容は、見た感じでびくともしない堅牢な意志を感じる。
・・・つまり、今日の所は、玉座は使用禁止と言う訳だ。
周囲の臣下たちは、王の更なる進軍に付き従える栄誉を誇ってか、ますます温度を下げて寄越す。
さて、俺は風の王なのか、氷の王なのか。
それにしても、他に赴くべき先もない。
ここでかのヴァイキングならば、サンストーンの導きを求めるのだろうが、生憎と俺の宝物庫にあるのは、空っぽの空間を満たす空気だけだろう。
指針を示す羅針盤も、先を見通す望遠鏡も持ち合わせていない裸の王様は、寒風吹きすさぶ居酒屋の前で立ち尽くすよりほかはない。
「あれっ、どうしました?今日は休みですよ」
途方に暮れていると、俺に呼びかける者がいる。
ああ、居酒屋の店員だ。荷台に満載の荷物がある自転車にまたがって、通りの向こうから声をかけて来た。
「ああ、定休日らしいな。前はこんな事無かったハズだが・・・。」
俺の愚痴に等しい独り言に、律儀に答えてくれる店員。
「ああ、大将の体調がねえ。
最近、ちょっとガタが来たみたいで、続けての営業が難しいんですよ。
なんで、週一だけ、お休み貰ってます。」
なるほど、状況は把握できた。
まあ、お互い良い歳だし、不摂生にかけては俺も人に言える立場でもない。
そこを追及されるのも具合が悪かったので、話を変えてみる。
「店が休みなのに、ここで何してんだ?」
店員は、快活に答える。
「図書館に行ってました。
ずっと閉まってたのが、やっと再開したんですよ。
場所が変わって、だいぶ遠くなっちゃいましたけど・・・。」
店員の言葉で、俺は啓示を受ける。
話半分に聞き捨てて、思考に没頭する。
ああ、そういえば、近くに図書館があったか・・・。
ただだし、次の目的地を定めるまで、少々の座る場所を求めても罰は当たるまい。
俺は本日4本目のたばこに火をともしながら嘯く。
「何しろ、俺は高額納税者なのだから」
礼を言って歩き出す俺を見送りながら、店員が口にする。
「歩きだと、少し遠いですよ・・・。」
久しぶりに尋ねた図書館は、記憶の通りに無数の書棚が並んでいた。
しかし、記憶に反してお客の数は多くはなかった。
取り敢えず、俺は近くの雑誌コーナーから一冊を取り出す。
ココは図書館であり、俺はその客だ。
図書館が読むべき本を用立てたのであれば、お客はそれを手に取り読むべきだろう。
俺は適当に手にした雑誌を片手に、アブシンベル神殿の神像もかくやと並んでいる書棚の真ん中を静かに歩んでいく。
背後には、単騎神殿への突入を敢行した王に追随せんとガラス戸に無謀な突撃を繰り返す臣下の立てるガタガタと言う音が響いていた。
忠実な僕たちよ、王はこれより神託を得る為に智の深淵に赴く。
しばらく、そこで待っているが良い。
別の酒場を思いつくまでのつなぎの心算が、殊の外その雑誌が面白く読みふけってしまった。
賢者は、スズメのさえずりからすら理を見出すという。
なるほど、日常のふとしたところにも、得るべき知識が溢れていると言う訳だ・・・。
読みたい記事を読み終えて、それが完結していない事実に驚く。
そうだ、これは月刊誌なのだから、連載と言う宿命上、続きは次の月まで待たなければならないのだ。
・・・今、暇を持て増しているのに、その解消手段が来月だと・・・。
試練と言うには矮小な・・・しかし、現時点では切実なエラーの発生に驚く王たる俺。
そして、窓の外では、そろそろ王のご出陣かと喜び勇む忠実な千の騎士たち・・・正直、もう少々温まっていきたい。
時間は万物に平等だ。
確実に前に進み、後ろに戻る事はない。
この月刊誌の続きもまた、時の流れとともに齎されるのが道理だ。
では、それはいつか?
俺は、雑誌をひっくり返す。
・・・ずいぶん前の月じゃないか?
・・・ココで俺に天啓が下る。
「これは、バックナンバーではないのか?」
で、あれば、他の場所にこれに続く月の月刊誌が置いてあるはずだ・・・。
これだけ過去の月刊誌なのだ、この後の分も一月分、二月分では無いだろう。
十分に温まり、暇をつぶせるだけの戦力として、全く申し分ない。
俺は、新たな戦友を迎えるべく棚に向かった・・・が・・・、此れより前の月のは有るのに、これ以降の月のモノが無い。
隣の棚も、その隣の棚も、そのまた隣の棚も、俺の望みを叶えることは無かった。
居並ぶ神殿の神々は、臣下を置き去りにした王に対して酷く冷淡だった。
俺は周りを見渡す。
すると、その視界の端にある施設があるのを確認できた。
そうだ、受付カウンターで、続きの場所を聞こうじゃないか。
俺は即座にカウンターへ向かい、誰も並んでいないのを確認してから受付に声をかける。
「コイツの次の月以降の分は、どこにある?」
睥睨する俺を見上げる事もなく、煤けた受付は応える。
「申し訳ございません。雑誌の新規購入はしておりません。」
意味が分からない。なぜ突然購入を止める。
廃刊になったならわかるが、こうして読者もいるというのに・・・。
俺は、何故ないのか、何時はいるのかを再度問いかけた。
「その雑誌の最新刊に関しましては、取り扱いを見合わせており・・・」
目の前の司書と名乗る不健康そうな顔色の若者は、俺の問いに対して同じ言葉を一言一句違える事無く繰り返す。
それ自体が、俺と言う人間の行動原理にひびを入れて、要求を撤回させるための呪術の一種なのかと思わせるほど熱心に・・・。
それ自体が、俺と言う人間の欲求原理に疑義を入れて、行動する気が無い事を厳然と示す宣言のように・・・。
むろん、俺とて百戦錬磨の寒風の騎士を率いる厳格たる王だ。
無様に引いて見せる選択などない。
「俺が聞いているのは、何故ないのか?いつ入るのか?だ」
司書は応える
「入荷しておりませんのでありません。もう入りません。」
俺は問いを重ねる
「何故に入荷しない?」
顔色の悪い司書は、図書情報の端末なのかディスプレイを見つめながら答える。
「予定がありません。」
予定がないと来たものだ・・・。
なるほど、司書の仕事は蔵書の管理であって新書の手配では無いわけだ。
つまり、仕入れの担当が予定を立ててくれなければ、入荷の予定も発生しない・・・と。
全く、お役所仕事にも恐れ入る。
権限範囲の堅守と職務放棄の怠惰は、驚くほどよく似ていると思う。
それが、自分に不利益をもたらす場合には、特にだ・・・。
ディスプレイを見つめ続ける司書を見つめ続ける俺。
そうして見つめていれば、予定が生えてくるのだろうか?
そのディスプレイ様が愛おしい気持ちは理解する・・・なんなら祝福してやってもいい。
だがな、今話をしているのは液晶画面じゃなくて、目の前に立っている俺だ。
・・・そのお利口な機械が情報を教えてくれるのは分かるが、客に対応している間くらい、きちんと客の顔を見たらどうだ?
俺の苛立ちも募る。
外の臣下に絡め捕られないためにも、ここで弱気は見せられないのだ。
・・・が、横から声がかかる。
「ご本を返したいの」
・・・小さな女の子の声だった。
返却手続きをしたいらしいのだが、その対応係の司書を俺がつるし上げている為に果たせずに居るようだ。
暫く待っていたのだろうが、埒が明かなそうなので声をかけて来たのだろう。
・・・そうだな、一人しかいない司書を俺が独占しては、周りが迷惑だな。
俺は少女に詫びを伝えながら、道を譲る。
少女は、礼を口にしつつ、ランドセルを開けて中をあさりだす。
司書は相変わらずディスプレイを見ている。
少女がカウンターに取り出した煤けた真っ黒な本にも目もくれない。
2冊、3冊と重ねると、焦げた表紙がボロボロと崩れる。
「これで全部」
少女は言葉を発した。・・・結構分厚い本が3冊か・・・読書家だったんだな・・・。
司書は何かを入力している。
「・・・あと105冊回収予定」
子供相手とは言え、ちょっと無礼が過ぎるだろう。
一言言ってやろうと目配せしようとしたが、少女はもう見当たらない。
俺は、加勢すべき姫君を見失って途方に暮れた。
すると、直ぐに買い物袋を手にした女性がカウンターへやって来る。
次の客か・・・。
ふむ、王たるもの民の欲せざることを施すなかれ。
自ら成すべし。
・・・か、ココはもう順番を譲るところだろう。
俺は嘗ての戦場を睥睨し、防衛に成功した司書を称賛しつつ撤退する事にした。
後ろから女性の声がする。
「崩れて混ざってしまってますが、2冊返却です・・・」
俺は図書館を後にした。
「ありゃ、こっちに来ちゃいましたか・・・。」
どこぞからの帰宅途中なのだろう。
大将が荷物を抱えて通りかかりしな、声をかけて来る。
「俺は、たばこを飲んで、人より余計に納税してきたんだ。たまに、図書館を使うくらい許されると思うんだがな。」
大将は、寂しそうに笑う。
「そうですな。そんなお大尽様は、開いている図書館の方がお似合いだと思いますがね。」
意味が分からない。
俺は、今しがた迄、この図書館を利用していた旨を伝えようとしたが、待ち草臥れたらしい配下がビュービューと呼び掛けてきた。
嬉しそうに出迎える臣下に嫌気がさしてもう一度図書館を見ると入口が施錠されている。
何故、見ただけで施錠されているとわかるか・・・つまり、取っ手の所が鎖でぐるぐる巻きになっているからだ。
注意書きが風に舞っている。
暴れるそれを手で押さえてみてみると
「閉鎖中。開館予定は未定。」
日付は・・・あの落雷の翌日か・・・。
我が騎士たちの突撃を防いで見せた鉄壁の窓は、既にガラスを失って暗闇の口を開けたままになっている。
そこから垣間見えるカウンターに揺蕩っている闇は、さっきの少女の返却した真っ黒な本が積んであるように見えた。
一切の明かりの途絶えた、真っ黒な神像に囲まれた司書の居た場所は・・・すっかり煤けた空間になっている。
「・・・返却確認・・・あと103冊・・・」
顔色の悪い司書の声がした気がした・・・。
今日の所は、寝床に帰るか・・・。
俺は、千の騎士に囲まれて、進軍を覚悟した。
孤独な王の出陣を祝って、千の騎士が誰にも聞こえないウォークライを挙げる。
やれやれ、無能な働きモノ達ではあるが、せっかくの同行者達だ・・・大事にするとしよう。
俺は忠勇な臣下を従えて凱旋の途についた。
その背中に向かって、店主が笑って声をかける。
「明日は、店開けますんで・・・。」
雑誌の燃えカスが風に舞った・・・。
終わり
今日の教訓:人の話は、きちんと聞きましょう
図書館の職員の方って、意外に多くの仕事をしているものですよね。
貸出作業、返本作業、修理や廃棄なんてのも・・・。
延滞者への返還督促とか・・・気が重いでしょうね・・・。
言われる前に返したいものです。




