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駄文拾遺集  作者: 秋鑑
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7/7

臨席する王に、煙を供する

祝「初めて一日のアクセス数が100を超えた記念」

ミニマムながらも、熱い結果に、暑いお話を・・・。


まあ、居酒屋奇譚を見てくださってる方には丸わかりでしょうが、第二話のプロトタイプのリユース品です。

休日の酒のつまみになっていると嬉しいです。

臨席する王に、煙を供する


「呑みに行く」その目的をもってしても、陽炎が揺蕩うアスファルトをあぶり続ける太陽の下を歩いていくという現実は不愉快極まる事実だった。


その日は、その年、何度目かの線状降水帯のニュースが報じられた茹だる様な気温の日だった。

ニュースで天気の話題を取り上げる年配のキャスターも、心なしかイカレタ日差しの下でしなびてしまっているように見えた。


夏を半ばすぎたとはいえ、なお猛暑が続き、おそらく秋にまで夏日は延長しそうな勢いだったのに、唯一の対抗手段であるエアコンは三日前に過剰労働への苦情めいた音を立てたのちに沈黙してしまっていた。

アンティークなお部屋の飾りとして置いてあった扇風機は、ストーブもかくやと言う熱風をかき混ぜるばかりで、少しも涼しくない。

最期の戦友として冷凍庫から取り出したアイスクリームが、スプーンを取り出すのに手間取った一瞬の間にみるみる溶けて「若干冷たく、甘い水」と化した時に、俺は自室から撤退する事を決定した。

退避先は駅前の居酒屋。


営業時間よりやや早めだが、この炎天下に客を放り出すことはあるまい。

兵は神速を貴ぶ・・・。

逃避行の余力があるうちに移動すべきだろう。



陽炎と戯れつつ焼けたアスファルトを進むと、それだけは何とか見つけたたった一つの避暑道具である帽子のつば越しに人影の絶えた町がユラユラとしているのが見えた。


俺の靴の裏を炙る事にまい進する舗装道路は、まるで本来の人の往来と言う役割を果たしておらず、ただただ熱いだけの空間を俺に提供していた。

ビルに囲まれた居酒屋への道は、まるでこの世界が最初からそうであったかの様に無人で、あたかも俺だけの世界であるかのように装っていた。


この世界唯一にして絶対の所有者というわけだ。


はからずも世界の王様に就任した俺は、しかし、かしずく家臣も治めるべき領地も無い裸の王様でもある訳だ。

もっとも、裸を恥じるのは、それを異常だと指摘する者が居るからだ。

価値観を相違する他者が存在しなければ、唯一の意志が全てにおいて正しく尊い。

反論なくば、沈黙を持って示せ・・・ふん、空席によって構成される最高意思決定機関の裁定は、満場一致で俺を支持している。


無謬の王であることが、承認された。

・・・熱風にあぶられる俺の帽子は、その内部までいかん無く蒸しあげてくれているらしい。

下らない思考が煮詰まって、より愚にもつかない発想へと変貌していくのを自覚する・・・。


・・・暑い・・・。



途中から涼を求めて川沿いの道に出たが、吹いてくるのは熱風ばかり。

この世の最初から俺をゆでる事がその役割と言わんばかりだ。


思わぬ伏兵に、俺の進軍速度も鈍る。

・・・しかし、拠点を放棄した俺の軍勢に撤退の選択肢もはや存在しない。

俺は、周囲の陽炎に同化したかの様に揺蕩いながら、それでも前進を続けた・・・。



揺らめきさざめく風景。

その先に、目的地が見えてきた・・・。

ようやく蜃気楼と見まがう様な偉容を遠望できたとき、俺は既に満身創痍と言っていい状態だった。

しかし、歩を進める事で勝利へと至る。

俺は最後の力を振り絞って、足を前へと進める。

王の雄姿と覚悟を目の当たりにして、存在しない軍勢が気炎を上げる。

主従一体となって進軍するその有様は、ヒッティーンの戦いの王国勇者を彷彿とさせただろう・・・。





トボトボと、家来はおろか己の影すら伴わず、やっとの思いで行きつけの居酒屋の前にたどり着いたとき、その入り口が大きく開け放たれているのを確認した。

王の帰還を歓迎して城門を開いて歓呼の礼で迎え入れている・・・のではない。

その開け放たれた入り口には張り紙が一枚・・・そこには、破壊と破滅の呪文が大書されていた。


「冷房故障中。閉めないでください」


・・・素晴らしい、たった2センテンスで状況説明と要求内容が何の不足もなく示されている。

挙句に涼みたいという希望を砕き、炎天下の行軍の苦労を無に帰された絶望までも明確に伝えて寄越した。


噂に聞くデルフォイや熱田の神託でさえ、ここまで明確な内容では無いだろう。

俺は、1%の怒りと99%の呪いを胸に、居酒屋の入り口をくぐった。

店内には大小さまざまな扇風機と言う名前の熱風攪拌装置が、口々に不平不満を「ブーン」とぶち撒けながら更なる仕事の元となる俺こと王様の帰還を首を左右に振って拒否していた。


「一人だ」

と、来店した知らせと、来店人数を店奥へ告げると、胡麻塩頭にねじり鉢巻きと言う恰好だけは威勢の良い店主がカウンターを目で示しつつ「いらっしゃい」と告げる。


そして、俺の顔を見ると一瞬だけギョッとした表情を浮かべた。

ふん、崇め奉るべき王の帰還にやっと気が付いたか・・・って冗談は置いておいて、まずは注文を。

「ビール、それと今出せるもの」


店主は復唱する。

「生は機械が故障している。・・・酷使したからな。瓶ビールになる。とりあえず、白菜の漬物を出す。おって枝豆だな」


俺は承諾して、熱風攪拌機の射程外のカウンター席に陣取る。

店員がそっと香炉を俺の前に差し出す。


少し煙いが落ち着くいい香りだ。

なるほど、物理的に温度に干渉できないのであれば、精神的余裕を惹起する事で暑さに対抗しようって寸法か。

まだ学生っぽい若い女性の店員だが、戦略的には正しく思える。

なかなかの策士だな。

俺の宰相として召し抱えてもいいかもしれん。


炎天下の王国の環境改善に、知恵を貸して貰いたいものだ・・・。



下らないことを考えていると、注文したものが提供されてくる。


キンキンに冷えたビールとキンキンに冷えたコップ、そして白菜の漬物だ。

瓶ビールとはずいぶん久しぶりだが、栓抜きは問題なく使えた。

この手の技術は、使わなくても衰えるってことは無いらしい。我ながら頼もしい限りだ。


会社の飲み会でも、すっかりジョッキのビールが主流となった。

若い連中の注文はビールですらない。

面識の薄い先輩や上司へのお酌という気の重たい苦行から解放された反面、良く知らない同僚たちとの関係構築の機会を喪失していたように思う。

結果、社内人脈は組織図上のものとなり、職域を超えた協力体制は失われる。

まあ、自由を得る代償に孤独をも引き受ける事になった訳だな・・・。

まったく、人というのは度し難い・・・。


・・・酒の席での仕事の話は禁物だ・・・特に返事のない類の呑みの席では・・・。





盛り上がる前に意気消沈した状況を挽回すべく、話の矛先を変えてみよう。




枝豆を用意している店主に話しかける。

「この辺も暑さのせいか人影が全くなかったな・・・この暑さは何時まで続くんかなあ」


店主は枝豆を皿に盛りながら応える。

「さてねえ。あの件以来、だいぶ人も減ったからねえ。先に行っちまった連中の方が、却って心配なのかウロウロしている感じだよね」


あの件・・・ああ、落雷の後の山火事か・・・。

そう言えば、ウチのエアコンも落雷でガタが来たんだったな。

あの後も少しの間は動いていたんだから、むしろよく働いていたって事かな。

枝豆を摘まみながら愚にも憑かない事を考える。



店主が続けている。

「ご自宅の辺りの人出はどうですかね?」


俺は答える。

「全く見当たらなかったな。暑さでくたばってるのかも知らん」


店主は更に続ける。

「オタクも、そろそろじゃあありませんかね?」



ほう、王様はそろそろ退位しろってか?

部屋でじっとしてられんから出て来たんだぞ?



店員が御香を追加する。

店主の物言いにイラっと来ていた怒りは、また1%に戻る。

結局、腹はすいていなかったから、ビール一本と白菜の漬物と枝豆で何となく満足してしまった。

人と話して頭を冷やし、ビールでもって腹を冷やした。


こんなもんか・・・。



2個目の御香が燃え尽きる。




「・・・消えちゃいましたね」

店員が言う。


「うん、一応は満足したんだね」

店主が応える。


王と言う主を失い誰も座する者の無い丸椅子と言う玉座を尻目に、空の瓶と皿を片付けながら、店主が続ける。

「何しろあっという間だったからね。

あの人の家の周辺一帯、落雷直後にわっと燃え上がっちゃったんよ。

猛暑で乾いてたからね。

線状降水帯なんてのもある地方もあんのにね」


店員が質問する。

「ずっとあのままなんですか?」


店主は応える。

「いや、だんだん数は減ってるから、何かのきっかけで成仏するみたいよ。

まあ、本当なら一族の人たちが祀ってあげるのが良いのだろうけど、この辺りもめっきり人が少なくなったからね。

いつもは土の下で寝てても人恋しくなるんじゃない?」


店員は問いを重ねる。

「店長さんは怖くないんですか?」


店長は応える。

「知らない相手では無いし、いずれ私がアッチに行ったら立派な先輩だ。

今の内から媚を売っておくのも悪く無いんじゃない?

・・・それに、枯れ木も庭の賑わいってね。

せっかく店を開けてんだから、来てくれりゃ、誰でもうれしい客さ。」



・・・ふむ、王様は炎上する城と運命を共にしたらしい。


なるほど暑い訳だ。


・・・ああ、熱い訳だ。




店員が店長に確認している。

「塩とか撒かなくていいんですか?」


店長は応える。

「ああ、いいよいいよ。

居なくなってほしい訳じゃないから。

ただ、留まってるのは具合悪くないかなあって気になるだけ。

また来るなら、いつも通り迎えるだけよ」


人もまばらになったこの地域に、最後に残った一軒だ。

つぶすのは惜しい。

もう少し通っていくか。




店員が、3個目の御香に火をつけた・・・。



終わり


色々あって、寂れていく地域もあります。

まあ、そういう場所のお店って、ユーザーが買い支えないと維持できないですよね。


本当に良い店って、雰囲気も良いものです。

細やかな気遣い・・・それに惹かれて常連も通うんでしょうね。


ところで、王様は支払いどうしたんですかね?

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