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駄文拾遺集  作者: 秋鑑
6/6

植生調査における不完全な備品の使用法と、その実例について

サラリーマンは、指示を受ければ専門外でも対応せざる得ない場面が多々あります。

たとえ、会社のミスやクライアントの我儘でも、行けと言われれば・・・。


まあ、行った先では貴重な知見や経験などを得られることも多いのです。

それは、人生の糧となる・・・かなあ・・・。

植生調査における不完全な備品の使用法と、その実例について



先日、都下の山にて調査活動の為に入山した件です。


とある研究機関からの依頼の一端で、定期的に山中の決まったポイントの植生と地形をチェックするというモノでした。

前任者の異動に伴って空席になっていた山の担当を私に暫定的に任命してきた上司は、GPSの機械を渡しながら「当たり前だけど、山道だから気を付けろよ」と言ってくれました。

本来は、ある種の経験のあるスタッフが担当すべき案件なのですが、十全な準備を待って貰えないのが宮仕えの辛いところです。

追加人員を待つ余裕がなかったため、デスクワーカーの私が暫定代理として派遣されることとなりました。

まあ、荷物の準備から切符の手配まで、すべて上司におんぶにだっこで、私は当日現地に行く係って感じでした。



当日、調査機材(と、言っても一人で背負える程度ですが)を持って、電車に乗り、ハイカー集団と一緒に最寄りの駅に到着すると、そこにはガイドが二人待ってました。


年配の方と若い方。

二人ともそれなりに大きなリュックを背負っていましたが、より目を引いたのは肩にかかった猟銃でした。デスクワーク中心の私は、実は現地調査の経験が無く、ガイドというモノを見たのも初めてならば、実銃を(まあ、その時点ではケースに入ってるのですが・・・)見るのも初めてで、少し興奮していました。


二人とあいさつを交わして、本日の予定の擦り合わせをします。

この辺りは、二人を手配してくれた同僚の手際によるのですが、意外とコースだったり調査対象だったりが、ガイドに伝わっておらず、お互い分かってる積りでさっさと入山すると、あとでトラブルになる事があるのです。

どの様なコース取りで、何を見て、いつ帰還予定なのか、参加者全員が共有する事だ大事なのです。

と、前任者に説明されていました。

同僚の手配の手際が割といい加減と言うのは、デスクワーカーの私にも耳が痛いお話でしたが、体験者の情報なので有り難く拝聴しました。

それに基づいて二人と短いながらも打ち合わせをしたわけです。


ただ、この二人は前任者以前から同じ調査に同行してきたベテランだったので、私以上に現地と調査について詳しかったので、助かりました。

事、山中の移動に関しては全て任せて大丈夫そうです。



打ち合わせも終わり、いざ入山と言うタイミングで、年配の方が私に問いかけます。

「クマよけ鈴は?」

と。


ああ、備品のリュックに入れっぱなしでした。

せっかく用意しても装備しなければ効果も無いのは、RPGと同じですね。

苦笑しながらリュックのポケットから鈴を出すと、二つ入っています。

二つとも同じ所謂カウベルですが、一方には何故か玉が入っていません。


破損品を持ってきてしまったかと、荷物のチェックが甘かったと反省していると、年配の方が音のしない方を手に取って言いました。

「これは、前任者の人が用意してくれたんだね。

音のする方は腰にでも釣って鳴らして歩いて。

こっちの音がしない方は胸ポケットにでも入れておけばいいよ」

と。


どうも、一種のお呪いのようなモノの様です。

GPSを抱えた手の反対側にお呪いの鈴を下げた姿は、なんとも皮肉な感じがして、少し笑ってしまいました。



準備万端山に入って調査開始です。


調査自体は、当初考えていたよりもはるかに順調に進みました。

問題があるとすれば私の体力くらいのモノです。

開始して少し時間が経過すれば、たちまち息が乱れて、今まで出したことのないような音が喉から出てきます。

足元もおぼつかなく、足腰の筋肉から悲鳴が聞こえるようでした。

明日の筋肉痛は確実だなと思いました。

見かねた若い方が荷物を少しもってくれ、進むスピードも若干おとしてくれました。

お陰で、そんな状態でも、調査ポイントを順調にクリアできました。




調査ポイントの近くまではGPSで近づけます。


で、付近についたら若い方が何かを確認して、年配の方へ報告。

年配の方が頷けば、そこがポイントと確定できます。

素人には、ぱっと見には分かりませんが、どうも何らかの目印が施されているらしく、若い方はそれを確認して場所を特定しているという流れです。

まあ、山には様々な目的の人が入るので、それぞれ用にそれぞれの目印があるので、見間違わない様に確認する必要があるのだそうです。

で、いくつかポイントを通過したころから、若い方の仕草に若干の緊張感を感じるようになってきました。

我々の印を確認した後、周囲を窺うような仕草を見せて、更にちょっと緊張気味に年配の方を見るのです。


仕草と様子が気になったので、若い方に何をしているのか聞いてみました。

すると、若い方は私に伝えて良いモノかと確認する様に年配の方へ視線を向けます。

年配の方は、その視線を受けて私へ向かって話し始めました。


それによると、どうも私たちの目印のポイントに、他のタイプの目印が施されている。


との事です。


まあ、私有地でもありませんし、少々なら山菜もとれるらしい話もあります。

そもそも、ハイキングの人だって通ることは無くもありません。

ならば、他所の目印だってあるのでは?と、聞いてみました。

すると、年配の方は、それはそうなのだが、その場合は1~2か所が重なるくらいの話。

実際、気にしている目印以外にもいくつかは目についたそうです。


問題なのは、気にしている目印が、ピッタリと我々のポイント全てに施されてきているという事。

そしてもう一つは、その目印が古いタイプのモノだという事だそうです。


古いタイプの目印は、その状態から施されてよりそれなりの時間が経過しているとの事でした。

ただ、前回の調査時には確認されていないので、前回の調査以後(おそらく直後くらい)に施されたものだろうとの事です。

こんなにピッタリと一致している目印は、あまり聞いたことが無い事象だとの事で、若い方は可能であれば調査を打ち切って撤収したいと申し出たほどです。



年配の方の意見も聞いてみると、彼は、確認できたアチラさんの印が施されてから時間がたっていることから、既に移動してしまっていて今現在はこの山に居ない可能性が高い事と、既に全行程の7~8割が終了しており、このまま前進を強行した方が逆進するより早く下山できる事から、進んだ方がいいだろうとの事です。

まあ、アチラさんが何であれ、遭遇しなければどうと言う事もないし、遭遇したらしたで対処方法も無くはない。との事でしたので、前進する事にしました。

ただ、ひょっとしたら今回も追跡されているかも知れないので、調査自体は急ぎ目で進めることになりました。



途中から調査器具の一部を若い方が持ってくれ、移動速度はかなり上がったと(自分では)思います。

かなり早めに調査が進行したので、一旦、河原に降りて休憩することになりました。


そこで、トラブルが発覚します。

それは、調査機器の部品をどこかのポイントに置いて来てしまったらしい事です。


今回の調査に必要不可欠と言う訳でもなく、取り付けておくと機械が大きくなってしまう為、取り外して使用し始めていたのですが、それが無いのです。

てっきり若い方が他の部材と一緒に持ってきてくれていると思っていましたが、回収し忘れてしまったようです。


まあ、彼らが山のプロだからと頼り切り、備品の確認を怠った私の責任ですが、ガイド二人は恐縮した様子です。

私としては、せっかくここまで前進できているのに、取りに戻りたいと伝えるのは心苦しかったのですが、この様子なら言えそうです。

案の定、二人とも協力を申し出てくれました。

その上、年配の方から「ただ逆行するのではなく、ルートの曲がっている所の間道を利用してショートカットできる」と提案まで出てきました。

ちょっと荒れた道だそうですが、かなり早く戻れそうです。

しかも、年配の方は、何処で部品を外したのかを覚えていました。一旦そこまで戻ってルートをたどれば効率よく備品を回収できるだろうとの事でした。


年配の方の案内でポイントをいくつか探した結果、無事に備品を回収する事が出来ました。

二人と顔を見合わせて安堵の息を吐いたところで、私の視界に移る景色に違和感が・・・。

周囲を見渡し、違和感の元を探します。隣で、若い方が「あ」と、声を漏らします。

その視線の先を見ると、そこにはアチラさんの印が・・・。


しかも、真新しい・・・。



若い方は大慌てで、戻ることを主張します。

ただ、現時点で調査対象は残り1~2割です。

今日は戻るとしても、結局その1~2割の為に再度調査に来る必要が出てきます。

それはいかにも面倒くさい。

そんないろいろな考えが、中途半端な判断を導き出します。


とりあえず、1~2ポイント進んでみて、様子を探る・・・と。



そこで、年配の方が口を開きます。

年配の方の推測では、沢での休憩時かショートカットを移動しているときに、アチラさんは本来のルートを進行していたから、すれ違ったのではないか?との事でした。

なるほど、我々の印を確認しながら追跡していたとしたら、途中からルートを外れた我々に気が付かず、ルートをどんどん前進していった可能性が高く感じられます。


問題は、追い越したアチラさんのその後の行動です。

追跡対象をロストして、それで今日のイベントは終了ってなってくれれば御の字です。

ただ、更に捜索すべく引き返してきたり、次のポイントで待ち伏せされたりするのでは?と、考えると気温のせいではない震えが出てきました。

今までは、今日現在現地にいるかどうかも不明だったアチラさんは、確実にこのルートの先に存在しているのです。



道の先の不気味な緊張感と、再訪の手間と、天秤にかけて悩んでいる私にとって、前進には消極的なガイド二人の態度は少々癇に障ります。

お前らの仕事の一環でもあるだろうに、目的が果たせなくなるデメリットを考慮もせずに撤退一択という雰囲気に苛立ちが募りました。

未知の脅威とは、脅威の有無もまた未知と言う事です。

仕事の完遂について思いを致さない二人は、酷く無責任に見えてしまいました。


彼らからは、明確に撤退したい意志が感じられます。

私の仕事の都合には頓着せずに・・・。


今思い出しても恥ずかしさに身もだえしたくなりますが、その時、私はカッとして怒鳴ってしまいました。

「アチラさんが何を意図しているのか分からないって事は、待ち伏せてないかも知れないって事ではないか。

危機が確実でもないのに、撤収すると言ったって、後日また出直す事になる。

出直した日が安全だって、保証できるのか?

進も戻るも結果が分からないんだから同じことじゃないか?

もっと分かるように確実な情報で話をしてくれ。」

と。

今考えても、なんであんなに苛立ったのかは分かりませんが、その時には薄弱な根拠に基づいて任務を放棄しようとする態度に対す正当な怒りと認識していました。



私の剣幕に若い方は面食らったように押し黙りました。

しかし、年配の方は静かなまなざしで、ゆっくりと語りだしました。

「まあ、落ち着きなさいって。

こういう場面では、感情的になると大概失敗するモノだよ。

確かに根拠は薄弱だと思うよ。

しかしね?確信はあるんだよ。

あんたは、魅入られ始めてる。

アチラさんなのか、山そのものなのかはわからんが、あんたは明らかに正気を失いつつあるんだ。

よく考えて、思い出してみな?

あんた、アチラさんの話が出始めた当初からおかしかったんだヨ。

・・・ほら、話の初め、アチラさんって単語にあんた何の関心も払ってない。

取り込まれるヤツは、張り巡らされた糸に絡み取られるまで、その意図に違和感は感じないんだよ。

あんた、引きずり込まれつつあるんだ。

新しいアチラさんの印にすら気づいて見せたあんたが、アチラさんなんて怪しい言葉を聞き流すなんておかしいだろう?」


・・・絡め捕るのは糸なのか意図なのか・・・。


狼狽える私に年配の方が更に言葉を重ねます。

「あんたが苛立ってるのは分かる。でも、それは本当にあんたのいら立ちなのか?」


「パキン」と言う金属音がしたような気がしました。

私の首筋からシュルっと何かが外れ、茂みの中へ引き込まれた気がしたとたん。


肩から力が抜けて・・・出直せばいいじゃない・・・って思えました。


先に進んでいるにせよ待ち伏せしているにせよ、この先にアチラさんは確実にいるんです。

今回強行する意味はそれだけで霧散しました。

待っているかどうかは分からないが、接触したらやばいモノが確実に先行しているのに、追いかけるのは愚の骨頂です。

年配の方に説得されたというよりも、言われて再認識した感じでしょうか。

あれほど煮立っていた感情が治まり、思考が急激に回転し始めました。

「わかりました。

間道を通って撤収しましょう。

お騒がせしました。」

と伝えると、ガイドさんたちもほっとした様子です。

その後、すぐに下山にかかりましたが、整備が不十分の間道を急いで降りる工程は既に疲労していた私には非常に困難なものとなりました。。



途中、間道の後ろの方で、ワヤワヤとさざめく声の様な気配がしたような気がしました。

此方の下山の痕跡を確認しつつ・・・相互に連携を取りながらついて来ようとする意志というか・・・。


が、若干早めの歩調で降りていく若い方についていくのに一生懸命で振り返る余裕はありませんでした。

今考えると、振替させないためのスピードだったのかも知れません。

途中二度ほど、背後に感じるほど何かの気配が近づく瞬間がありました。

山の素人である私の足では、振り切るのは難しいのかも知れないと焦った時、年配の方の指示で若い方が熊鈴を木立の中へ放り投げます。


チリチリと音を立てながら転がっていく熊鈴。


・・・そして、そちらに気を取られるのか、気配が止まる感じ・・・。


年配の方の熊鈴が投げられ、私の分も若い方が代わりに投げてくれました。


気配は、ワヤワヤと戸惑ったように鈴の方へ注意を払っている感じです。

その間に、これ幸いと山道をほとんど駆け下ります。

くたくたになって膝が笑い、楽しくもないのに笑いが込み上げてきます。

酸欠状態なのか、意識が飛びかけるたびに年配の方が背中を推したり叩いたりして覚醒してくれます。



・・・何度目かの笑いの後、急に視界が開けて我々は車道に出ました。



ついに山を出られたのです。

年配の方がリュックから出した粉と液体を、降りて来た間道の入口へまき散らします。

若い方に聞くと塩と酒だそうです。


その後、ガイド二人と一緒に手を合わせました。

無事に降りられた事に関する感謝なのか、何らかの思惑を乱してしまっただろう事にたいする謝罪なのか、自分でもよく分かりませんが、とにかく手を合わせました。


その後、バスに乗って本当に下山した後、撤収したことを報告して町へ戻りました。


ガイドさんは、駅で見送ってくれました。

その際、縦に割れたクマよけの鈴を手渡してきました。

私が持参した音がしない方の熊鈴でした。


・・・胸ポケットに入っていたはずなのですが・・・。


年配の方は、ニコニコしながら、言葉を発します。

「今回のはヤバかったみたい。

これは、あんたの身代わりになったんだ。

祭り上げる必要は無いが、無碍に捨てたりはしないでやってくれ」

と、言われました。


その熊鈴は、今も目の前にあります。


終わり

因みに、追加調査は新規配属になった経験者の方が行ってくれました。

私の報告を聞いた上司が手配してくれました。


・・・報告内容を見て、任に堪えないと判断されたのか?経験者以外が担当すべき案件じゃないと判断されたのか?


経験者さんは、調査報告を抱えて先ほど無事出社されました。

何かあったかは・・・確認していません・・・。

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