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私のウィル  作者: 豆狸


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第二話 熱病

 ウィリアムは、婚約者の侯爵令嬢アンのことが嫌いなわけではなかった。

 たまに子どもっぽさに苦笑することはあったけれど、ふたつ年下の婚約者は幼馴染で妹分で、大切な未来の妻だった。

 幼いころのように愛称でウィリアムを呼ぼうとしたアンが周囲の侍女や従者に見つめられて、真っ赤になって『殿下』と言い直す姿を可愛らしいと思っていた。ただ、恋情と言えるほど強い想いでなかったのも事実だ。


 ウィリアムの心からアンの存在が消えたのは、隣国フェブリス王国の公爵令息ウィルヘルムの葬儀に出席したときだった。

 ふたりの名前が似ている、というよりもそれぞれの国で使われている言語によって異なるだけの同じ名前なのには訳がある。

 どちらにとっても先祖となる同じ人間の名前から取ったのだ。


 そのせいか、ウィリアムは出会ったこともないウィルヘルムに親近感を抱いていた。

 いつか顔を合わせて話をしてみたいと思っていた。

 お互いに重責を負う立場に生まれたこと、固有魔法を持っていないこと、弟が優れた固有魔法を持って生まれたこと──だが話をする前に、公爵令息は亡くなってしまった。貴族の義務である魔獣討伐で命を喪ったのだ。


 彼の葬儀は雨の日だった。

 薄暗い中、閉ざされた棺に抱き着いて泣いている女性がいた。

 本来なら棺の蓋を開けて花や最後の贈り物をしてから故人と別れるものなのだが、魔獣討伐で命を喪った公爵令息の遺体は魔獣に喰われて原形を失っていた。とても衆目に晒せる状態ではなかったのだ。


 王太子として、父である国王とともに、あるいは父の名代として自国ウェネーヌム王国で魔獣討伐に勤しんでいたウィリアムは、魔獣に喰われた遺体の惨状を知っていた。

 参列者に見せられないだろうことも理解していたし、それでも最後の別れを告げたいと思う参列者の気持ちも理解出来た。

 空から落ちる雨は、公爵令息の死を嘆く人々の涙のように思えた。


「いい加減にしなさい、シャルロッテ。ほかの方もウィルヘルム様にお別れを告げたいのだぞ?」

「……」


 雨と涙に濡れた女性は立ち上がり、ほかの参列者に詫びを告げた後でウィリアムを見た。

 泣き過ぎて真っ赤になった瞳が見開かれ、やつれて色を失っていた頬に色味が戻る。

 ウィリアムは思わず息を呑んだ。自分や亡き公爵令息と同い年だと聞く伯爵令嬢は大人びていて、嫋やかで美しかった。


「……ウィル」


 満面に笑みを浮かべたシャルロッテにそう呼ばれたとき、ウィリアムは恋に落ちたのだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 シャルロッテはすぐに別人だと気づき、ウィリアムに謝罪した。

 公爵令息(ウィルヘルム)と間違えたのは、雨のせいで薄暗かったからだろう。

 どんなに背格好が近くて顔が似ていても、瞳の色を見れば違う人間だとわかる。


 しかし、もう遅かった。

 ウィリアムはすでに熱病のような恋情に憑りつかれていた。

 葬儀の後の食事会で、ウィリアムは自分がウェネーヌム王国の王太子であることも自国に婚約者がいることも忘れて、シャルロッテに言ってしまったのだ。


 ──貴女の心が癒えるまで私を公爵令息の身代わりにしてくれてかまわない、と。


 シャルロッテは困ったように笑って、ウィリアムの言葉を受け入れてくれた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 最初はただの『ごっこ』だった。

 けれど、今はもう真実の愛になったと、ウィリアムは思っている。

 無理矢理仕事を見つけて隣国に留まっていた数ヶ月間で、ウィリアムは公爵令息の身代わりではなくシャルロッテの本当の恋人になったと自負していた。


 だから意気揚々としてシャルロッテをウェネーヌム王国へ連れ帰った。

 彼女を学園の留学生にして、卒業までの日々を過ごすことにした。

 自分に婚約者がいたことを思い出したのは、シャルロッテとの初めての登校日に自分達の姿を見て瞳に光を失ったアンに気づいたときだった。


 ──幼いころからの婚約者を喪って傷ついている女性の心につけ込むなんて、とアンは言った。

 本当にシャルロッテ様のことを想っていらっしゃるのなら、せめて公爵令息の喪が明けるまで待ったほうが良いのでは、とも。

 シャルロッテを思いやっているような言葉だが、アンの声にも瞳にも嫉妬の色があった。少なくともウィリアムにはそう見えた。


 シャルロッテは愛妾でも良いと言うけれど、ウィリアムにはそうは思えなかった。

 アンとはただの政略結婚だ。彼女のことを考えても心は冷めている。

 愛しいシャルロッテのことを考えたときにだけ、ウィリアムの心は熱を帯びる。魂が燃えて彼女を欲するのだ。


(所詮は政略結婚だ。父上さえ説得出来れば……)


 自国ウェネーヌム王国へ戻ってきて、どれほどの月日が過ぎただろうか。

 学園卒業の日は近い。

 アンはウィリアムの気を引きたいのか、自分の魔力が減少していると言い出した。本当に魔力が減少しているのなら婚約破棄の良い理由になるのだが、などと思いながら愛しいシャルロッテと学園の中庭を歩いていたウィリアムは、だれかの視線を感じて目を向けた。


 アンだった。

 相変わらず瞳に光はなく、ふたつ年下のまだ小さな体は少しやつれたように見える。本当に魔力が減少しているのかもしれない。魔獣討伐の際に魔力を使い過ぎて回復が追いつかなくなった兵士達は、みな少しずつやつれていった。

 うっすらと微笑んだアンが、自分の指から婚約指輪を抜くのがわかった。


(どうして……?)


 戸惑いを感じたのは一瞬だけだった。

 ウィリアムの全身に歓喜が満ちる。

 後はシャルロッテの身分だけだ。伯爵令嬢なら王家に嫁ぐのに問題はないが、結婚後の後ろ盾のことを考えればこの国の貴族の養女になるのが最善だろう。


「シャルロッテ!」


 勢い込んでシャルロッテを見つめる。

 彼女の瞳にウィリアムが映る。

 少しの沈黙の後で、シャルロッテは叫んだ。


「いやああぁぁぁっ!」

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