第33話「商業ギルドの真骨頂。開胸の準備と冷たき魔法」
「大先生! 商業ギルドからの第一陣、到着しました!」
私が手術室に入る直前、病院の裏口からザッシュの弾んだ声が響いた。
見れば、病院の中庭には、馬車が何台も列をなして乗り込んできている。
荷台から次々と運び下ろされているのは、木箱に詰められた山のような『滅菌済みのガーゼ(煮沸した布)』と、巨大な樽になみなみと注がれた『熱湯』だった。
「ご無沙汰しております、大先生! ギルド長からの通達により、街の湯屋と布問屋をすべて借り切りました! 手術が終わるまで、指定された温度の熱湯と清潔な布を、一秒の遅れもなく運び込み続けますぜ!」
商人たちが汗だくになりながら、力強くサムズアップをする。
私は彼らに向けて、深く頷き返した。
「助かる! 術後、冷え切った領主の体を一気に、かつ安全に温め直すには、お前たちのその『途切れない物流』が絶対に必要なんじゃ!」
どんなに凄腕の外科医がいようと、現代医療は一人では絶対に成り立たない。
器具を作る職人、薬を調合する薬師、そして、莫大な物資を滞りなく供給し続ける『巨大な兵站』。
街全体が、領主の命を救うために一つの巨大な生き物として連動しているのだ。
「よし! 外の連中が命懸けで繋いでくれた物流じゃ。絶対に無駄にはせんぞ!」
私は気合を入れ直し、手術室の扉を開けた。
部屋の中央では、麻酔で眠らされた領主の周りを、ヒナが青白い魔力を放ちながら囲んでいた。
「ヒナ、状況は!」
「は、はいっ! 現在、領主様の体温を急激に下げています! 三十五度……三十二度……!」
ヒナの杖の先から放たれる微弱だが圧倒的に精密な冷気が、領主の体を隅々まで包み込んでいる。
領主の肌からは血の気が引き、青白く変色していく。
ザッシュが首元に指を当て、脈を測りながら叫ぶ。
「脈拍、急激に低下しています! 呼吸も……ほとんど止まりかけています!」
「問題ない。体が『冬眠状態』に入り、細胞が酸素を必要としなくなっている証拠じゃ」
私はヒナの横に立ち、領主の皮膚の温度を手の甲で確かめた。
「三十度……二十九度……二十八度、到達しました!」
「そこで止めろ! 手術が終わるまで、一ミリも温度を狂わせるなよ!」
「はいっ! 絶対に維持します!」
ヒナが杖を構えたまま、彫像のように硬直する。
完璧な『全身低体温』の完成。これで、脳が酸素不足に耐えられる時間は、三分から『十分』へと引き延ばされた。
「グズガル! 例のモノはできているな!」
「おうよ。ドワーフの技術の結晶、とくと見やがれ!」
助手の位置についたグズガルが、布に包まれた巨大な金属器具を取り出した。
分厚い金属の板に、万力のような歯車がついた、まるで拷問器具のようなそれ。
現代医療における開胸手術の必需品――『肋骨開胸器』だ。
「メス!」
私はテティアからメスを受け取り、領主の胸の中心、喉元からみぞおちにかけて、躊躇なく一気に刃を滑らせた。




