第30話「医療特化の魔獣狩り(解剖)」
ルンデルの街の北に広がる、深い森。
木漏れ日が差し込む獣道に、巨漢の剣士オスウェルと、犬耳の獣人ザッシュが息を殺して潜んでいた。
「……来たぞ。大先生の言っていた通り、泥浴びの時間だ」
オスウェルの視線の先。
森の奥から、地響きを立てて巨大な魔獣が姿を現した。
体長は三メートル。全身が鋼鉄のように硬い黒毛と装甲で覆われた凶暴な魔獣、『鋼鉄猪』である。
突進を受ければ、城門すら粉砕されるというBランク相当の化物だ。
「普通の冒険者なら、高火力の魔法で遠距離から丸焼きにするか、数十人で罠にかけて槍で穴だらけにする相手だ。……だが、今回は傷一つつけちゃならねえ」
オスウェルは、背中に背負った大剣ではなく、腰に帯びた短く鋭い『解体用のダガー』を静かに引き抜いた。
「大先生の教えを思い出せ、ザッシュ。心臓と肝臓に傷をつけず、一撃で動きを止める急所はどこだ?」
「はい……! 第一頸椎と第二頸椎の間、脊髄神経の束が通っている『隙間』です!」
ザッシュは手に持った麻酔薬塗布済みの吹き矢を構えながら、頭の中に叩き込まれた『魔獣の解剖図』を思い浮かべていた。
大先生の授業は、ただの暗記ではない。骨の構造、筋肉の走行、神経の繋がり……すべてが理路整然と「命の仕組み」として脳裏に焼き付いているのだ。
「鋼鉄の装甲で覆われていても、首を上下に動かす『関節』の部分には、必ず刃が通るミリ単位の隙間がある……!」
「その通りだ。俺が囮になって動きを止める。お前は後ろから、その隙間に刃をねじ込め!」
オスウェルがダガーを逆手に構え、茂みから飛び出した。
「グルルォォォォッ!!」
アイアンボアが侵入者に気づき、怒り狂って突進してくる。
地鳴りを上げる圧倒的な質量。
だが、オスウェルは一歩も引かず、突進が激突するコンマ一秒のタイミングで、ダガーを猪の『鼻先の急所(神経の集中点)』に強打した。
「ブギィィッ!?」
激痛に一瞬、アイアンボアの動きが止まり、首が跳ね上がる。
「今だ、ザッシュ!」
「いっけえぇぇぇッ!!」
死角から飛び出したザッシュが、猪の背中に飛び乗った。
彼の目は、分厚い装甲の間に走る、ほんのわずかな『生命の隙間』を完全に捉えていた。
「ここだっ!」
ザッシュの手から放たれた解体用ダガーが、頸椎の隙間を滑るように貫き、脊髄の束を正確に切断した。
「ゴ、ブ……ッ」
アイアンボアは悲鳴を上げる間もなく、四肢の力を完全に失い、ドスゥンッと地響きを立てて崩れ落ちた。
大量の血を流すこともなく、臓器を傷つけることもなく、巨大な魔獣は生きたまま完全に「麻酔(全身麻痺)」をかけられた状態になったのだ。
「……やった! 見事なもんだぜ、ザッシュ」
「オスウェルさんこそ! 完璧なタイミングでした!」
二人は素早く猪の体をひっくり返し、グズガル特製のノコギリとメスを取り出した。
ここからは戦いではない。大先生から直伝された、命を救うための『解剖』である。
「よし、心臓と肝臓を摘出するぞ。急げ、鮮度が命だ!」
魔法の火力がなくても、圧倒的な『医学の知識』があれば、最強の魔獣すらも美しく狩ることができる。
医療特化型パーティによる迅速な臓器摘出が終わり、彼らは血まみれの袋を抱えて、全速力で病院へと帰還するのだった。




