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治癒魔法に見捨てられた辺境から始まる「現代医療」チート~寿命を全うした大先生は、隠居を諦めて最強の病院を創るそうです~  作者: RIU


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第28話「絶対に越えられない『3分間』の壁」

「む、胸を切り開き、心臓を止める……? 大先生、いくらなんでも正気ですか!?」


処置室に、ザッシュの裏返った声が響いた。

私は動揺する彼らをよそに、部屋の隅から黒板を引っ張り出し、白墨チョークで心臓の簡単な断面図を描き殴った。


「いいか、よく聞け。心臓の中を開いて、壊れた弁を新しいものに縫い付ける。その間、心臓の中を血がドクドクと勢いよく流れたままで、針と糸が使えると思うか?」

「えっ……それは……」

「不可能じゃ。濁流の滝壺の中で裁縫をするようなものだからな。手元が見えんし、血の圧力で糸が弾け飛ぶ」


私は黒板の『心臓に繋がる太い血管』の部分にバツ印を書き込んだ。


「だから、手術中は心臓に繋がる血管を専用のクリップで挟み込み、心臓の中を一時的に『空っぽ』にして、血流を完全に止める必要がある」


前世の現代医療において、心臓手術を可能にしていた最大の理由。

それは『人工心肺装置』と呼ばれる巨大な機械の存在だった。

心臓を止めている間、その機械が患者の心臓と肺の代わりとなり、血液に酸素を混ぜて全身へと送り出し続けてくれるのだ。


しかし、ここは魔法至上主義の異世界。

電気もプラスチックもないこの時代に、そんなオーバースペックなチート機械をゼロから作ることなど、絶対に不可能である。


「血流を止めるということは、全身へ……特に『脳』へ酸素がいかなくなるということじゃ。テティア、人間は血が止まってから、何分で死ぬ?」

「えっと……! 脳の細胞は酸素不足に一番弱いですから、完全に血が止まったら、たった『三分』で壊死が始まります。つまり、脳死です……っ」


薬師であるテティアが青ざめた顔で答えると、ザッシュとオスウェルが息を呑んだ。


「三分……。大先生、あんた……」


オスウェルが、信じられないものを見る目で私を見下ろした。


「たった三分で、分厚い胸の骨をノコギリで切り開き、心臓を切り裂き、中にある扉とやらを付け替えて、また一滴の血も漏れないように縫い合わせるって言うのか……!?」

「いくら先生のメスが速くても、そんなの絶対に無理です! 物理的に時間が足りません!」


パニックに陥る仲間たち。

彼らの言う通りだ。前世の歴史においても、人工心肺装置が発明される前の外科医たちは、この「三分間の壁」に挑み、そして敗れ去っていった。

どんな天才的なメス捌きがあろうと、三分で心臓の内部構造をいじるなど、人間の限界を超えている。


「……うむ。お前たちの言う通りじゃ」


私はあっさりと頷き、持っていた白墨を黒板のチョーク受けに放り投げた。


「三分では絶対に終わらん。私の『神の手』をもってしても、最低でも『十分』は必要じゃ」


その言葉に、処置室は完全な絶望の沈黙に包まれた。

三分で脳が死ぬのに、手術には十分かかる。

それはつまり、「手術=患者の確実な死」を意味している。


「そ、そんな……。じゃあ、やっぱり領主様は助からないじゃないですか……っ!」

「大先生でも治せない病気があるなんて……」


ポロポロと涙をこぼし始めるテティアと、悔しそうに拳を握りしめるザッシュ。


「泣くな、馬鹿者どもが」


私はため息をつき、白衣のポケットに両手を突っ込んだ。

そして、顔を伏せる弟子たちへ向けて、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「手術の時間を『三分』に縮めるのが不可能なら、脳が死ぬまでのタイムリミットの方を『十分』に延ばしてやればいいだけの話じゃ」

「……え?」


全員が、ポカンと間抜けな顔を上げて私を見る。


「タイムリミットを、延ばす……? そんなこと、どうやって……」

「簡単な理屈じゃよ。脳がすぐに死んでしまうのは、酸素を激しく消費して熱を持っているからじゃ。なら、人間を丸ごと冷やして、カエルや蛇のように『冬眠状態』にしてしまえばいい」


私はベッドで苦しげに息をする領主を指差した。


「人間の体温を、限界ギリギリの『二十八度』まで下げる。そうすれば、細胞の酸素消費量が極端に減り、血流を止めても十分から十五分は脳死を防げるんじゃ」


前世の1950年代。人工心肺装置が実用化される直前に、天才的な外科医たちが編み出した、狂気とロマンに満ちた医療技術。

それが『全身低体温法』による開胸手術である。


「た、体温を二十八度まで下げる……! そんなに急激に体を冷やしたら、凍傷で細胞が死んじゃいます!」


テティアが悲鳴のように反論する。

氷水に浸けたり、吹雪の中に放り出したりすれば、確かに体は冷える。だが、それは単なる「凍死」へのカウントダウンであり、細胞を破壊してしまうだけだ。


「そうじゃ。だからこそ、ミリ単位の狂いもなく、体温を二十八度に下げて、手術が終わるまでその『冷たさを一定に保ち続ける』ための、完璧な温度管理システムが必要になる」


私はクルリと振り返り、処置室の入り口で話を聞いていた一人の少女を、ビシッと指差した。


「ヒナ! お前の出番じゃ!!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


突然名前を呼ばれ、ダボダボのローブを着た氷の魔法使い・ヒナが、ビクゥッと肩を震わせて直立不動になった。

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