第25話「命を繋ぐ赤い雫と、チームの勝利」
ポタリ、ポタリ。
フラスコから一定のペースで、赤い雫が管を通って落ちていく。
「ヒナ! 冷気を絶やすな! フラスコの温度が少しでも上がれば血が腐るぞ!」
「は、はいっ! 絶対に……絶対に凍らせず、冷たいままにしますっ!」
ヒナは額に玉の汗を浮かべながら、杖を握る両手に全魔力を集中させていた。
かつて「火力が弱いから無能だ」と冒険者たちに笑われ、泥水をすする思いで生きてきた少女。しかし今、彼女の生み出す微弱で繊細な冷気は、一人の青年の命を文字通り繋ぎ止める『生命線』となっていた。
「(……素晴らしい集中力じゃ。やはりこの子は、医療における最高のバッファー(支援役)になる)」
私はヒナの働きに内心で舌を巻きながら、患者の腕の静脈に指を当て、脈を測り続けていた。
百ミリリットル、二百ミリリットル……。
ザッシュから提供された血が、患者の体内に少しずつ満ちていく。
処置室は、張り詰めた沈黙に包まれていた。担架を運んできた冒険者の仲間たちも、オスウェルも、テティアも、息を呑んで患者の顔を見つめている。
そして――四百ミリリットルの血液が体内に入った頃。
「……あ」
ザッシュが、小さな声を漏らした。
死人のように真っ白で、土気色だった患者の頬に、うっすらと『赤み』が差してきたのだ。
氷のように冷たかった指先が、じんわりと熱を持ち始める。
「……脈拍、正常値に回復! 血圧、安定してきたぞ!」
私の指先に伝わる患者の脈は、先ほどまでの「糸のように細く消えそうな鼓動」から、「ドクン、ドクン」という力強い生命のリズムを取り戻していた。
ザッシュの赤い血(赤血球)が、患者の脳へ、心臓へ、肺へ、途切れることなく酸素を運び始めたのだ。
「う、ん……」
不意に、ベッドの上の青年が微かに眉根を寄せ、ゆっくりと重い瞼を開いた。
「おいっ! 気がついたぞ!」
「嘘だろ……あんなに血を流して、死にかけてたのに……!」
仲間の冒険者たちが、信じられないものを見るように叫ぶ。
「……あれ。俺、魔獣にやられて……すげえ、体が、熱い……」
青年が掠れた声で呟く。
その声には、確かな活力が宿っていた。
「熱いのは当たり前じゃ。お前の体の中には今、熱血漢の犬人の血が半分混ざっておるからな」
私は白衣のポケットに手を突っ込み、ニヤリと笑った。
「大先生……! あんた、また魔法も使わずに、死人を蘇らせたのか……!」
「違うな」
私は首を振り、処置室にいる仲間たちをぐるりと見回した。
「儂一人では、絶対に救えなかった命じゃ。……グズガルの筒、ガルネットの硝子、テティアの薬、ヒナの冷気。そしてザッシュの血と、オスウェルの固定。どれか一つでも欠けていれば、お前は確実に死んでいた」
私は、自分の小さな両手をパンッと打ち鳴らした。
「全員、よくやった! 輸血オペ、大成功じゃ!」
「「「うおおおおおっ!!」」」
処置室に、割れんばかりの歓声が響き渡った。
ザッシュとテティアが抱き合って喜び、オスウェルが冒険者たちと肩を叩き合う。
ヒナは、自分の魔法で本当に命が救われたという事実に、杖を抱きしめたままポロポロと大粒の涙をこぼして泣き崩れていた。
――異世界初の輸血は、こうして完璧な勝利で幕を閉じた。
だが、私にはまだ、やり残している『もう一つの治療』があった。
「よし、お前たち、喜ぶのはそれくらいにしておけ。ヒナはそのまま血液の保存庫作りじゃ。テティア、解毒作用と利尿作用のある薬草……『硫黄』の成分を含むものをありったけ調合しろ!」
「えっ? は、はい! わかりますけど、誰に使うんですか?」
「決まっておるじゃろう」
私は振り返り、処置室の窓から中庭の工房を見つめた。
「命を削って『神の目』を作ってくれた、我が病院の専属細工師じゃ」




