第24話「追放された魔法使いと、冷気を保つ才能」
「連れてきたぞ! ギルドの裏路地で泣いていたところを拾ってきた!」
数分後。
バンッ! と処置室の扉が開き、巨大なオスウェルが、小柄な少女の首根っこを子猫のようにつまんで戻ってきた。
「ひぃぃぃっ! ごめんなさい、ごめんなさい! スライムも凍らせられない役立たずですみません、どうか食べないでぇぇっ!」
オスウェルの腕の中でバタバタと暴れているのは、サイズの合っていないダボダボのローブを着た、涙目の少女だった。
年齢は13、4歳といったところか。手には安っぽい木の杖を握りしめている。
「オスウェル、乱暴に扱うな! ……お前が、氷の魔法使いか?」
「ひっ……は、はい。ヒナと、申します……」
私が白衣を翻して尋ねると、ヒナは床にへたり込み、ガタガタと震えながら答えた。
「冒険者パーティに入ったんですけど……私の氷魔法、全然火力がなくて……。ゴブリンの足元を少し冷やすくらいしかできなくて、『無能』って言われて今日、追い出されてしまって……」
ボロボロと涙をこぼすヒナ。
異世界における魔法使いの価値は、ひとえに「どれだけ派手な破壊力を出せるか」に依存している。敵を一瞬で氷漬けにできるような魔法でなければ、ただの荷物持ち以下の扱いなのだ。
「なるほど、火力がない。それは好都合じゃ」
私はヒナの目の前にしゃがみ込み、真剣な目で彼女を見つめた。
「ヒナ。お主のその魔法、物を『凍らせる』のではなく、『冷たい状態を保つ』ことはできるか? 氷点下ではなく、冬の冷たい井戸水くらいの温度じゃ」
「えっ……? ふ、冬の井戸水くらいですか? それなら……」
ヒナは戸惑いながらも杖を振った。
ぽわん、と微弱な青い光が杖の先に灯る。それは吹けば飛ぶような、ひどく頼りない魔力の光だった。
「これくらい……でしょうか。火力が弱いので、この程度の冷気なら、魔力もほとんど消費しません。寝ずに集中すれば、三日三晩くらいはずっとこの温度を保てますが……こんなの、なんの役にも立ちませんよね……」
「……」
私は、ヒナの杖の先にそっと手をかざした。
ひやり、とした心地よい冷気が私の掌を包み込む。
それは、凍るほどではない。だが、決して生ぬるくもない。
「(……素晴らしい。温度にしておよそ四度前後。細胞を休眠させ、腐敗を防ぐのに最も適した『冷蔵温度帯』じゃ!)」
私は目を見開いた。
温度を極端に下げる(冷凍する)のは簡単だ。魔力を一気に解放すればいい。だが、この「凍る一歩手前の微妙な温度」を、上がりも下がりもせず一定に保ち続けるというのは、異常なまでの『魔力の精密コントロール』が必要なはずだ。
冒険者たちは火力が低いと馬鹿にしたが、私の目から見れば、ヒナは規格外の天才だった。
「役立たずだと? 誰がそんな寝言を抜かした!」
私が急に大声を上げたため、ヒナはビクッと肩をすくめた。
私はヒナの両肩をガシッと掴み、満面の笑みで言い放った。
「お主の魔法は敵を殺すためのものではない! 命を守るための最強のインフラ能力じゃ! 儂の病院に就職しろ、三食昼寝付きで優遇してやる!」
「へ……?」
「喜んでいる暇はないぞ! ザッシュ、腕を出せ! テティアはクエン酸の抗凝固ペーストを塗ったフラスコを用意!」
私はヒナを引っ張り起こし、机の上に置かれたフラスコを指差した。
「ヒナ! お主の仕事は、このフラスコの中身を『絶対に凍らせず、今の冷たさのまま保ち続ける』ことじゃ! 一瞬でも気を抜けば、あそこのベッドで寝ている男が死ぬ。できるな!?」
「ひゃ、はいっ! やります、私、やりますっ!」
ヒナが杖を構え、フラスコを青い光で包み込む。
それを確認した私は、ザッシュの太い静脈に、グズガル特製のガラス注射器の針を突き刺した。
「抜くぞ……!」
ピストンを引くと、真っ赤な鮮血がシリンジの中に勢いよく吸い上げられていく。
五百ミリリットルの血を抜き取り、抗凝固ペーストが塗られ、ヒナの魔法でキンキンに冷やされたフラスコへと静かに注ぎ込んだ。
「(……頼む!)」
全員が息を呑んでフラスコを見つめる。
数分前は、空気に触れた瞬間にドス黒く固まってしまったザッシュの血。
しかし。
「……固まりません!」
テティアが歓喜の声を上げた。
抗凝固剤による化学反応と、ヒナの魔法による完璧な定温管理。その二つが合わさったことで、フラスコの中の血は、体内にある時と全く同じ、鮮やかな赤色を保ち、サラサラと液体状態を維持していたのだ。
「で、できた……。私の魔法で、血が固まらなかった……っ」
ヒナが信じられないというように呟き、ポロポロと涙をこぼした。
誰からも必要とされなかった彼女の力が、医療という舞台で、命を繋ぐための最強の盾として覚醒した瞬間だった。
「よくやったヒナ! これで、異世界初の『血液銀行』の完成じゃ!」
私はフラスコを持ち上げ、ベッドで眠る瀕死の冒険者を振り返った。
彼の呼吸は、いよいよ限界を迎え、微かな胸の上下動しか残っていない。
「よし! ザッシュの血を点滴のルートに繋げ! 血管の圧を調整しながら、ゆっくりと体内に落としていくぞ!」
私は、グズガルが作ってくれたゴムチューブの代わりに、念入りに煮沸消毒した豚の腸を点滴の管として接続し、針を患者の静脈へと滑り込ませた。
「輸血、開始じゃ!!」
ザッシュから提供された、冷たく新鮮な『赤い雫』が、管を通って瀕死の若者の体へと流れ込んでいく。
魔法ではない。奇跡でもない。
ドワーフの技術、呪われた少年の指先、追放された少女の魔法、そして私の現代医療の知識。
誰からも見捨てられた者たちの力が一つに結集し、神すら見放した命を、今、力ずくで死の淵から引きずり戻そうとしていた。




