第14話「大先生の目覚めと、押し付けられた大豪邸」
深い泥の底に沈んでいたような感覚から、ゆっくりと意識が浮上していく。
次に目を開けた時、私の視界に飛び込んできたのは、見慣れたギルドのすすけた天井ではなく、精緻な彫刻が施された天蓋付きのベッドだった。
「……また天国がランクアップしておるな。今度はスイートルームか」
私がぼんやりと呟きながら身をよじると、ベッドの脇でとんでもない光景が繰り広げられていた。
「おおおおっ! 先生が! 先生がお目覚めになられたぞぉぉっ!」
むさ苦しいドワーフ(グズガル)が号泣しながら叫び、気弱な薬師が「神様、仏様、先生様……っ!」と祈りを捧げている。
そして、私の顔を覗き込む犬耳の少年の目からも、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
「先生……! よかった、本当によかった……!」
「やかましいわ。病室(?)では静かにせんか。……儂はどれくらい寝ておったんじゃ?」
「丸五日です」
部屋の隅で腕を組んでいたオスウェルが、静かに答えた。彼の目の下にも深いクマがある。私が倒れてからずっと、不眠不休で護衛をしてくれていたのだろう。
「五日か。……まあ、10歳の体で三日も徹夜すればそうなるわな」
私はゆっくりと上半身を起こした。
体は羽のように軽く、視界もクリアだ。ただ、猛烈に腹が減っている。
「……して、ここはどこじゃ?」
「街の中心部、領主様が所有する別邸の一つです」
オスウェルの説明によれば、私が倒れた後、事態は劇的に動いたらしい。
『黒死吐き』のパンデミックを、魔法なしで完全に制圧した幼女の噂は、下層の住人たちから爆発的に広まり、ついには街の領主の耳にまで届いた。
逆に、事態を放置して真っ先に逃げ出した教団の治癒士たちは、領主の怒りを買い、街から事実上の追放処分を受けたという。
「領主様は、先生の功績を高く評価されています。この屋敷と、莫大な支度金……そして『街の医療の全権』を先生に委ねると」
「は……?」
私はポカンと口を開けた。
「全権? 莫大な支度金? ……待て待て待て! 儂は森の奥でスローライフを送るんじゃ! こんな目立つ場所に屋敷なんか構えたら、毎日患者が押し寄せて休む暇もなくなるじゃろうが!」
慌ててベッドから降りようとする私を、ザッシュが必死に止める。
「で、でも先生! もう街の人たちは、先生の『科学』しか信じていないんです! 先生がいないと、また怪我や病気で死ぬ人が出ちゃいます!」
「知ったことか! 儂は前世で散々働いたんじゃ! 今世は絶対に、何がなんでも隠居……」
『大先生ェェェーッ!!』
その時、屋敷の外から地鳴りのような歓声が聞こえてきた。
窓を開けて下を見下ろすと、屋敷を囲む鉄柵の外に、見渡す限りの群衆――スラムの住人から、上層の商人、冒険者たちまで――が押し寄せ、大合唱を巻き起こしていたのだ。
『大先生、万歳!』
『ルンデルの救世主! 小さな大先生!』
「…………」
私は無言で窓を閉め、分厚いカーテンを引き、ベッドに潜り込んでシーツを頭から被った。
「オスウェル。馬車を用意しろ。夜逃げじゃ」
「諦めな、小さな大先生。あんたの手が神に等しいと、世界が気づいちまったんだ」
オスウェルの容赦ない宣告が、豪華な寝室に虚しく響き渡った。




