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竜は西より来たる~人が空を飛ぶには竜に勝たないといけないらしい~  作者: えいちぜろな
第三章 大学入学編

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98 竜笛 連絡用の魔道具

 寮の部屋の扉を開けると、ディラが振り返って目を丸くした。


「チェリ様、その荷物は……」


 チェリは菓子の箱を二つ抱えていた。その後ろから入ってきたタウラは、両腕に包みをいくつも積み上げている。顎の下まで荷が届いていて、前がほとんど見えていないようだった。


「サリアおばあさまのところに寄ってきたの」


「ああ……」


 ディラはそれだけで全てを察したらしかった。慌ててタウラの腕から包みを受け取り、卓の上に並べていく。焼き菓子の箱、茶葉の缶、干した果物の袋。


「これはディラたちの分だって。こっちはシルヴァーンに果物」


 籠の中でシルヴァーンが首を伸ばした。果物の匂いに気づいたのか、鼻先をしきりに動かしている。


「後でね」


 チェリが言うと、シルヴァーンは不満そうに喉を鳴らした。


 チェリは最後に残った小さな包みを開いた。平たい石の板が六つと、折り畳んだ紙が一枚入っている。紙を広げると、几帳面な文字で使い方が書かれていた。送り先は一人ずつ選ぶことも、残りの五つすべてに一度に送ることもできるらしい。

 

「……全部に送ることもできる、と」

 

 チェリは紙を畳んで、板を一つ取り出した。


「これ、ディラに」


「私に、ですか?」


「連絡用の魔道具。サリアおばあさまのお弟子さんがくれたの。短い言葉なら送り合えるんだって」


 チェリは自分の板を手に取り、指先で表面をなぞった。なぞった跡が淡く光る。縁を押すと文字が消えて、ディラの手の中の板に同じ文字が浮かび上がった。


〈ためしに おくる〉


「わあ……」


 ディラは板を両手で持って、浮かんだ文字をまじまじと見つめた。


「何かあった時に、これで呼べるでしょう。私が講義に出てる間にシルヴァーンが騒いだりしたら、すぐ知らせて」


「はい。大事にお預かりします」


 ディラは板を胸元に押し当てた。


 チェリはもう一つを手に取って、扉の傍に立つタウラのほうを向いた。


「タウラにも」


「私は結構です」


 タウラはあっさりと首を振った。


「私は基本的に、チェリ様のお側におりますので。魔道具でお呼びいただくことにはなりません。いつでも声の届く所におります」


「……そっか」


 チェリは板を引っ込めた。そう言われてしまうと、返す言葉がなかった。


 それから、包みの中に残っていたもう一つの品を取り出した。


 白っぽい木の、細い笛だった。


「それは何ですか?」


「竜笛。竜の耳によく届く音が出るんだって。人にはほとんど聞こえないの」


 チェリは籠の傍に膝をついた。シルヴァーンはまだ果物の袋のほうを気にしている。


 笛を口に当てて、息を吹き込んだ。


 部屋の中には何の音もしなかった。


 けれどシルヴァーンの首が、ぴくりと跳ねた。


 果物の袋から視線が外れる。首を巡らせて部屋の中をきょろきょろと見回し、やがてチェリの手元に目を留めた。


「聞こえてる……?」


 チェリはもう一度吹いた。


 シルヴァーンが籠の縁に前脚をかけた。首を伸ばして、笛の先に鼻を寄せてくる。くんくんと匂いを嗅いでから、喉の奥で短く鳴いた。機嫌の良い時の声だった。


「聞こえてる!」


 チェリが振り返ると、ディラも口元を押さえて笑っていた。


「本当ですね。ちゃんとチェリ様のほうを見ました」


 チェリは少し離れて、部屋の反対側まで下がった。それから笛を吹く。


 シルヴァーンが籠から身を乗り出した。音のするほうを探すように首を動かし、チェリを見つけると籠を跨いで出てきた。床をのしのしと歩いて、チェリの足元までやってくる。


「来た!」


 チェリはシルヴァーンの首を撫でた。シルヴァーンは目を細めて頭を押しつけてくる。


 チェリはふと手を止めた。


「これ、覚えさせられるんじゃない?」


「覚えさせる、ですか」


「笛を吹いたら来る、とか。一回吹いたら来て、二回吹いたら止まる、とか」


 ディラの目が輝いた。


「それができたら、お披露目の時にも見せられますね!」


「まだ決まってないってば」


 言いながら、チェリも笑っていた。


 シルヴァーンは自分が褒められていることだけは分かったらしく、チェリの膝に顎を乗せて、果物の袋のほうへちらりと目をやった。


「……分かった。今あげる」


 * * *


 夕食の時刻になって、チェリは食堂に下りた。


 ナハヤとガンマは先に来ていて、昨日と同じ卓に座っていた。チェリが席につくと、ほどなくして入口のほうが賑やかになった。


「チェリ!」


 ハリュナルが大股で近づいてくる。その後ろにナツァークがいた。


「今日は街に出ていたそうだな。楽しかったか」


「うん。サリアおばあさまのところにも寄ってきた」


「サリアおばあさまの?」


 ナツァークが眉を上げた。


「中央に来ているのか」


「別宅に住んでるの。大学のすぐ近く」


 チェリは二人を見上げた。


「サリアおばあさまから伝言。暇があったら顔を出しなさいって」

 

 チェリは膝の上に置いていた包みを卓に出した。

 

「あと、これ。サリアおばあさまからのお土産。ナル兄様とナツ兄様の分」

 

 それから、向かいのナハヤとガンマにも包みを押しやった。

 

「こっちは二人の分」

 

「おお、ばあちゃんの菓子だ」

 ガンマが目を輝かせた。

 

「そうか! では近いうちに伺おう」

 

 ハリュナルは包みを受け取って、迷いなく頷いた。ナツァークは少し考えるような顔をした。


「論文が落ち着いたら行く」


「落ち着くの?」


「……落ち着かせる」


 ナツァークの返事には、少しだけ間があった。


 チェリは食堂を見回した。院生も学生も、それぞれの卓で食事を始めている。けれどその中に、長い金髪の細身の姿はなかった。


「ヤシャーク兄様は?」

 

「見ていないな」

 

 ハリュナルが首を傾げた。

 

 チェリはもう一度食堂の隅々まで目を走らせた。壁際にも、入口の傍にもいない。

 

 部屋まで訪ねていっても、出てくる気がしなかった。仮に出てきたとしても、今日の分の喉はもう使ったと言われて終わりそうだった。

 

 チェリは包みをもう一つ取り出して、ナツァークのほうへ差し出した。

 

「ナツ兄様。これ、ヤシャーク兄様の分なの。ヤシャーク兄様の使用人に渡しておいてもらえる?」

 

「構わないが」

 

「それと、サリアおばあさまの伝言も。暇があったら顔を出しなさいって」

 

 言いかけて、チェリは付け足した。

 

「あっ、あと、新しい楽譜があるかも、って」

 

「楽譜?」

 

「そう言えば来ると思うから」

 

 ナツァークは懐から小さな手帳を取り出して、何か書きつけた。

 

「伝えておこう」

 

 ナツァークは手帳をしまい、包みを受け取って自分の分の上に重ねた。


 食事が運ばれてきた。ハリュナルが隣で今日の研究室の話を始め、ナツァークがそれに時々口を挟む。


 チェリはハリュナルが向こうを向いた隙に、向かいのナハヤとガンマに身を寄せた。

 

「他にも渡すものがあるの。食べ終わっても、ここに残ってて」

 

 小声で言うと、ナハヤが目だけで頷いた。ガンマは何か聞き返そうとして、ナハヤに卓の下で足を踏まれていた。


 食事が終わると、ハリュナルは研究室に戻ると言って立ち上がった。


「チェリ、ではまた、明日の朝な!」


「うん。おやすみなさい、兄様」


「おやすみ!」


 ハリュナルは満足そうに頷いて、ナツァークと一緒に食堂を出ていった。


 二人の背中が扉の向こうに消えるのを待ってから、チェリは膝の上に置いていたもう一つの包みを卓の上に出した。

 

「これ」

 

 チェリは石の板を二つ取り出した。


「連絡用の魔道具。短い言葉なら送り合えるの。寮の中で使っても大丈夫なんだって。サリアおばあさまのお弟子さんが確かめてくれたって」


 チェリは自分の板で文字をなぞって、二人の板に送ってみせた。

 

〈とどいた?〉

 

 ナハヤの板とガンマの板に、同じ文字が浮かんだ。

 

「すげえ!」

 

 ガンマが声を上げた。その直後、チェリの手の中の板が淡く光った。

 

〈どうかなさいましたか?〉

 

「あ」

 

 チェリは板を見下ろした。全部に送っていたらしい。

 

「ディラにも届いちゃった」

 

 チェリは急いで文字をなぞった。今度はディラ一人に宛てて送る。

 

〈まちがえた なんでもない〉

 

 少しして、また板が光った。

 

〈かしこまりました〉 

 

 ガンマが笑いをこらえるように肩を震わせていた。


「すげえ!」


ガンマが声を上げて、すぐに自分の板をなぞり始めた。

 

〈すげえ〉

 

 チェリの板に、大きくて少し歪んだ文字が浮かんだ。ナハヤの板にも同じ文字が浮かんでいる。

 

「ガンマ、それ全部に送ってる」

 

「え?」

 

 少しして、三人の板が揃って光った。

 

〈もしかして これは ガンマさま ですか?〉

 

「……ディラだ」

 

 ナハヤが板を見下ろして呟いた。ガンマは自分の板とチェリの顔を見比べている。

 

「なんで俺だって分かったんだ」

 

「すげえ、って送るのはガンマくらいでしょ」


 ナハヤは板を裏返したり縁の金具を確かめたりしてから、顔を上げた。


「これがあれば、男子棟からでもすぐ連絡がつくね」


「でしょう。学内郵便より早い」


「全部で何個あるの?」


「六つ。私とナハヤとガンマで三つ。ディラにも一つ渡した」


「残り二つは?」


「タウラにも渡そうとしたんだけど、いらないって。いつも近くにいるからって」


 チェリは手元に残った二つの板を見下ろした。


「ナツ兄様には渡してもいいと思うの」


「それはいいと思う」


 ナハヤがすぐに頷いた。ガンマも頷いている。


「問題は……」


 三人の視線が、自然と食堂の扉のほうへ向いた。ハリュナルが出ていった扉だった。


「ナル兄に渡したら、どうなると思う?」


 ガンマが言った。


 チェリは想像した。板を受け取ったハリュナルが、喜んで文字をなぞり始める姿を。朝起きた時、講義の合間、食事の前、寝る前。


 おはようチェリ。今日もいい天気だな。朝食は何を食べた。講義はどうだった。困ったことはないか。


「……休む暇がなくなる」


「板が光りっぱなしになるな」


「講義中に光ったら困るよね」


 ナハヤが真顔で言った。


 チェリは手元の二つの板を握りしめた。


 渡さなかったと知れたら、それはそれで面倒なことになる。ナツァークにだけ渡したと分かれば、なおさらだった。


「……もう少し考える」


 チェリは二つの板を包みに戻した。ガンマが自分の板に何かをなぞって、チェリの板が光った。


 〈がんばれ〉

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