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竜は西より来たる~人が空を飛ぶには竜に勝たないといけないらしい~  作者: えいちぜろな
第三章 大学入学編

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99 筒抜けの会話 天授奉明室へ

 夕食を終えて部屋に戻ると、チェリは寝台の端に腰を下ろして石の板を取り出した。


 板はすでに光っていた。


〈部屋に着いた〉


 ガンマからだった。食堂で別れてからまだ幾らも経っていない。チェリは指先で表面をなぞった。


〈早いね〉


〈走った〉


 続けてナハヤの板からも届く。


〈ノルムに廊下を走るなって言われてた〉


〈言われてねえ〉


〈言われてた〉


 チェリは声を立てずに笑った。三人で同じ食卓を囲んでいるような気がしてくる。


 食堂で試した時は、慣れない手つきで一文字ずつなぞるのがやっとだった。部屋に戻ってからのほうが指が速い。いつの間にか、浮かぶ文字に漢字が混じるようになっていた。


〈さっき言ってた竜笛、またやった?〉

 

 ガンマからだった。

 

〈やった。部屋に戻ってから何回か〉

 

〈どうだった〉

 

〈吹くたびに首がぴくってなる。ちゃんとこっちを見るの〉

 

 籠の中のシルヴァーンが、チェリの手元で光る板を不思議そうに覗き込んでいる。チェリが板を傾けて見せると、鼻先を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。

 

〈覚えさせられないかなと思って。一回吹いたら来る、二回吹いたら止まる、とか〉


〈犬みたいだな〉


〈竜は犬より賢いと思う〉


〈俺も吹きたい〉


〈ガンマが吹いたら逃げると思う〉


〈なんでだよ〉


 チェリは板を膝に置いて、少し笑ってから続きを打った。


〈今度三人で試そう〉


 送ったところで、部屋の隅から小さな咳払いが聞こえた。


 顔を上げると、ディラが自分の板を両手で持って立っていた。板は淡く光っている。


「チェリ様。今のお話、全部こちらにも届いております」


「あ」


 チェリは自分の板を見下ろした。三人で送り合っていたつもりだったが、どれも全部に送っていたらしい。


「ごめん、筒抜けだった?」


「はい。ガンマ様が廊下を走られたことも、ノルムさんに叱られたことも」


 ディラは板を胸の前で持ち直した。


「私としては、チェリ様のご様子が分かって助かりますが」


「……そう言われると、なんか恥ずかしい」


 チェリは板に向き直った。


〈全部ディラに届いてた〉


 しばらく間があった。


〈知ってた〉


 ナハヤだった。


〈知ってたなら言ってよ〉


〈別に困らないかと思って〉


〈俺は知らなかった〉


〈ガンマは知らないと思った〉


 ディラが小さく吹き出した。


 チェリは寝台の上で姿勢を直した。手元にはまだ、持ち主の決まっていない板が二つ残っている。


〈残りの二つ、どうしよう〉


〈ナツ兄様には渡していいと思う〉


〈ナル兄はやめとけ〉


〈でも渡さなかったら、それはそれで後が怖い〉


〈それはそう〉


〈急がなくていいんじゃない。保留で〉


 ナハヤの言葉で、話はそこで止まった。チェリは二つの板を包みに戻して、卓の上に置いた。


 それから、ふと思い出して文字をなぞった。


〈明日どうする? 入学式の前の日だけど〉


〈天授奉明室?〉


 ナハヤはすぐに察したらしかった。


〈行くなら三人でって言ったよね〉


〈約束もなしに行って大丈夫かな〉


〈いつでも来ていいって書いたのは向こうだよ。押しかけてやろう〉


 チェリは目を瞬いた。ナハヤにしては珍しく強気だった。


〈押しかけるの?〉


〈事前の連絡は要りませんって書いてあった。ならこっちの都合で行っていいはずだよ。入学式が始まったら講義で忙しくなるし、行くなら明日がいい〉


〈行く!〉


 ガンマからだった。


〈何するのか全然分かんねえけど気になる〉


〈ガンマは気になったら行くもんね〉


〈悪いか〉


〈悪くない。でも勝手に何か約束したりしないでね〉


〈しねえよ〉


 話がまとまってからも、板はなかなか静かにならなかった。明日は何時に出るか。どこで落ち合うか。天授奉明室はどの建物にあるのか。ガンマの寮の部屋の窓から何が見えるか。ナハヤの部屋の寝台が硬い話。


 夜はすっかり更けていた。


 寝台の上で板を抱えたまま、チェリが新しい文字をなぞろうとした時、部屋の扉が叩かれた。


「チェリ様」


 隣の使用人部屋に下がっていたはずのディラだった。寝間着の上に肩掛けを羽織って、手には光ったままの板を持っている。


「さっきから、こちらの板がずっと光り続けておりまして」


「あ……」


「眠れません」


 ディラの声はいつもより低かった。


「それに、チェリ様もそろそろお休みにならないと。明日はお出かけになるのでしょう」


「……はい」


「ナハヤ様とガンマ様にも、そうお伝えください」


 チェリは素直に頷いて、文字をなぞった。


〈ディラに怒られた。もう寝る〉


 すぐに二つの返事が来た。


〈おやすみ〉


〈おやすみ。ディラごめん〉


 ディラは自分の板に浮かんだ文字を見下ろして、小さく息をついた。


「おやすみなさいませ」


 * * *


 翌朝、朝食を済ませた三人は食堂の入口で落ち合った。タウラがチェリの半歩後ろについている。


「眠そうだな」


「ガンマもでしょ」


 ガンマは大きな欠伸を噛み殺した。ナハヤだけがいつも通りの顔をしている。


 天授奉明室は神学系の建物の中にあった。黒寮から大学の敷地を横切り、講義棟の並ぶ区画を抜けた先に、古い石造りの建物が建っている。入口の柱には細かな彫刻が施されていて、他の講義棟よりも少しだけ厳かな雰囲気があった。


 入学式の前日で、学生の姿はまばらだった。廊下に三人の足音が響く。


 案内板を頼りに階段を上がり、奥の廊下の突き当たりまで進むと、扉の脇に小さな札が掛かっていた。


 天授奉明室。


「ここだね」


 ナハヤが札を見上げて言った。ガンマは扉の前で身を乗り出している。チェリは振り返ってタウラを見た。タウラは小さく頷いた。


 チェリは息を一つ吸って、扉を叩いた。


 少しの間があった。


「はい、どうぞ」


 中から返事があった。女の人の声だった。

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