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竜は西より来たる~人が空を飛ぶには竜に勝たないといけないらしい~  作者: えいちぜろな
第三章 大学入学編

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96 サリアの別宅 二人の弟子

 サリアの家へ向かう途中、チェリは通りの菓子屋に寄った。

 手ぶらで行っても、サリアは何も言わないだろう。けれど後で「チェリちゃんがお土産を持ってきてくれなかった」と他のおばあさまたちに話すかもしれない。変な所で心配はされたくなかった。


 焼き菓子の詰め合わせを包んでもらい、タウラが受け取った。


 手紙に書かれていた場所は、大学の正門から通りを二本隔てたところだった。大通りから一本入った静かな道に、小さな家が並んでいる。


「……ここ?」


 チェリは手紙と門札を見比べた。


 こぢんまりとした家だった。低い塀に囲まれた庭があり、季節の花が植えられている。二階建ての建物は手入れが行き届いているものの、飾り気はない。通りに並ぶ他の家と比べて、特に大きいわけでもなかった。平民の一家が暮らしていても不思議ではない構えだった。


 豪商の娘で、西の経済を回してきた人の家とは思えなかった。


 庭で花に水をやっていた使用人が顔を上げた。城で何度も見た顔だった。


「チェリ様」


 使用人は如雨露を置いて駆け寄ってくると、すぐに門を開けた。タウラにも会釈をする。


「奥様はご在宅です。どうぞ」


 家の中は外から見た印象よりも明るかった。窓が大きく取られていて、廊下に日が差し込んでいる。案内された応接間の扉を使用人が叩くと、中から聞き慣れた声が返ってきた。


「はあい、どうぞ〜」


 扉が開く。


 長椅子に腰かけたサリアが、チェリの顔を見るなり両手を広げた。


「まあまあまあ、チェリちゃん! 来てくれたのね〜」


「サリアおばあさま。お手紙ありがとう」


 チェリが歩み寄ると、サリアは立ち上がってチェリを抱きしめた。香の匂いがした。手紙の便箋と同じ匂いだった。


 抱きしめられたまま部屋の中に目をやって、チェリは応接間にいるのがサリア一人ではないことに気づいた。


 卓を挟んだ向かいの椅子から、男女が二人立ち上がっている。どちらも二十代の後半くらいだろうか。男のほうは背が高く、髪を短く刈り込んでいる。女のほうは髪を一つにまとめ、袖口を少し捲っていた。二人とも身なりは整っているが、貴族の服ではなかった。


「ああ、紹介するわね」


 サリアがチェリを離して、二人のほうへ手を向けた。


「こっちはコルヴ。こっちはエクル。二人とも商人なのよ」


「コルヴと申します」


「エクルと申します。お目にかかれて光栄です」


 二人は揃って頭を下げた。


「師匠の元で、色々と学ばせていただいております」


 コルヴが言うと、サリアがひらひらと手を振った。


「何も教えてないわよ。便利だから使ってるだけ」


「師匠はいつもそう仰いますが」


 エクルが笑った。言われ慣れているらしく、少しも気にした様子がない。


「チェリちゃん、この二人も一緒にいて構わないかしら? ちょうど用があって来てもらってたのよ」


「うん。大丈夫」


 チェリが頷くと、二人は改めて礼をして椅子に戻った。チェリはサリアの隣に座り、タウラは扉の傍に立った。


 チェリは向かいの二人を見た。


 城では見たことのない顔だった。サリアに付いている者なら城に出入りしていそうなものだが、記憶のどこにもない。


「お城では、会ったことないよね」


「ええ、城には入れたことがないもの。知らなくて当然よ」


 サリアがあっさりと言った。


「西にいた頃は、私の別宅に出入りさせてたの。商いの話は城でするものじゃないでしょう」


 サリアが城の外に家を持っていることは知っていたが、そこに誰が出入りしているのかまでは知らなかった。


 使用人が茶を運んできた。チェリが持ってきた焼き菓子も皿に並べられて出てくる。サリアが一つ摘まんで、まあ美味しい、と目を細めた。


「それにしても珍しいわね。ガンマちゃんとナハヤちゃんは一緒じゃないの?」


「誘いたかったんだけど」


 チェリは茶碗を両手で包んだ。


「寮が男子と女子で分かれてて、すぐに連絡がつかないの。学内郵便も届くのは次の日になるし、寮の中では魔法を使っちゃいけないし。同じ寮にいるのに、すごく遠いの」


「あら、そうなの」


 エクルが身を乗り出した。


「それでしたら、ちょうど良いものがございます」


 エクルは足元の鞄から布の包みを取り出し、卓の上で開いた。


 中には、手のひらに収まるほどの平たい石の板が六つ並んでいた。どれも同じ形で、表面が滑らかに磨かれている。縁に細い金具がはめ込まれていた。


「連絡を取り合うための魔道具です。短い言葉であれば、互いに送り合うことができます」


 エクルは一つを手に取り、指先で表面をなぞった。なぞった跡が淡く光り、文字が浮かび上がる。それから板の縁を軽く押すと、文字はすっと消えた。


 卓の上に残っていた五つの板のうち一つを、エクルがチェリのほうへ滑らせた。


 表面に、さっきの文字が浮かんでいた。


〈はじめまして〉

 

「わ」


 チェリは板を持ち上げた。ひんやりとしていて、思ったよりも軽い。


「送る相手を決めておけば、その相手の板にだけ届きます。長い文は送れませんが、待ち合わせの場所や時刻くらいでしたら十分です」

 

「でも、寮の中で魔道具を使っても大丈夫なの? 魔法は駄目って書いてあったけど」

 

「そちらは確かめてございます」

 

 エクルは迷わず答えた。

 

「寮の決まりで禁じられているのは、魔法を使うことです。連絡のための魔道具は持ち込みも使用も認められております。念のため、大学の事務方にも同じことを伺ってまいりました」

 

 チェリは目を瞬いた。自分でさえ、寮の規則を読んだのは入寮した日の一度きりだった。


「すごい! 便利!」


 チェリは板を傾けたり裏返したりしながら、エクルの顔を見た。


「どうしてこんなにちょうど良いものがあるの?」


「大学で暮らすのに便利なものがないか、二人に考えてもらって持ってこさせたのよ」


 サリアが茶碗を置いた。


「私はもうおばあちゃんだから、そういうのには疎くて」


「またまた」


 コルヴとエクルの声が揃った。チェリも同じことを言っていた。扉の傍で、タウラまで小さく首を振っていた。


 サリアは聞こえなかったふりをして、コルヴのほうへ顔を向けた。


「で、コルヴのほうは何を持ってきたのかしら?」


 コルヴは少し居住まいを正した。懐から細長い布袋を取り出し、中身を卓の上に置く。


 笛だった。小指ほどの太さの細い笛で、白っぽい木でできている。

 

「竜をお連れになると伺いましたので」

 

 コルヴが言った。

 

「竜の耳によく届くと言われる、高い音の出る笛です。人の耳にはほとんど聞こえません」

 

 コルヴは笛を布袋の上に載せたまま、チェリのほうへ差し出した。

 

「よろしければ、吹いてみてください」

 

 チェリは笛を受け取って口に当てた。息を吹き込む。

 何の音もしなかった。

 

「……鳴ってる?」

 

「鳴っております」

 

 コルヴは真面目な顔で頷いた。

 

「竜に聞こえているかどうかは、実際に試していただかないと分かりませんが」

 

 チェリはもう一度吹いてみた。やはり何も聞こえない。笛の穴を覗き込んでから、窓の外を見た。大学の方角だった。

 

「早く帰って試してみたい」


 サリアが噴き出した。


「気に入ったって顔に書いてあるわよ」


「だって面白そうなんだもの」


 チェリは魔道具の板と笛を膝の上に並べて、二人に頭を下げた。

 

「ありがとう。大事に使います」

 

 コルヴとエクルも慌てて立ち上がり、深く頭を下げ返した。

 

 チェリはサリアのほうにも向き直った。

 

「サリアおばあさまも、ありがとう」


「どういたしまして」


 コルヴとエクルは顔を見合わせて、同時に胸をなで下ろした。それから椅子に腰を戻す。


「喜んでいただけてよかった」


「お気に召さなかったら、どうなることかと」


 二人の視線がそろってサリアのほうへ向いた。


「別に怒らないわよ!」


 サリアが声を上げた。二人は返事をせず、揃って茶を飲んだ。


 茶碗が空になる頃、コルヴが立ち上がった。


「それでは、私どもはこれで」


「もう帰るの?」


「せっかくのお孫様とのお時間ですから。これ以上お邪魔するわけにはまいりません」


 エクルも立ち上がって鞄を手に取った。


「今日は本当にありがとう。大事に使うね」


 チェリがもう一度言うと、二人は丁寧に頭を下げて部屋を出ていった。


 * * *


 門を出て通りを少し歩いたところで、エクルが振り返った。サリアの家の塀の向こうに、庭の花が覗いている。


「とても良い子じゃないか」


 先に口を開いたのはコルヴだった。


「ええ。師匠のお話だと、もっとこう……気難しいお嬢さんなのかと思っていたけれど」


「祖父君のことになると、だったか」


「そう。でも今日は、ちっともそんなふうには見えなかったわね」


 エクルは鞄を持ち直した。


「笛を吹いた時の顔、見た?」


「見た。あれは本当に、早く帰って吹きたいという顔だったな」


 二人は小さく笑って、大通りのほうへ歩いていった。

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