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竜は西より来たる~人が空を飛ぶには竜に勝たないといけないらしい~  作者: えいちぜろな
第三章 大学入学編

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90 友達の申し出 竜のお披露目

 チェリは周りを見回した。


 ナハヤはまだ肩に力が入っている。ガンマは状況を掴み損ねたまま突っ立っている。キャエラは杯を抱えたまま、じりじりと後退を続けていた。


 セティーシェとカニャーラは、笑顔のまま睨み合っている。

 このままでは、誰も得をしない。


 それに、とチェリは思った。

 この人と険悪になりたいわけではない。むしろ逆だった。


「待って、セティ姉様」


 チェリは二人の間に体を入れるようにして前に出た。


「私、アニャンドラと友達になりたいの」


 場が止まった。


 最初に反応したのはカニャーラだった。

 口元に手を当てて、それから堪えきれずに肩を震わせ始めた。


「お友達ですって、アニャ」


「な、な、なんでそうなるのよ……!」


 アニャンドラの声が裏返った。


「私は今、あなたに文句を言いに来たのよ! どこをどう聞いたら友達の話になるの!」


「さっき、話がしたいって言ったでしょ」


「聞いたわよ! 聞いたけど!」


 アニャンドラは両手を握りしめた。


「そういう意味じゃないでしょう普通は!」


「普通って?他に意味があるの?」


「うう……もうっ!」


 セティーシェが扇子を下ろした。


 先ほどまで目だけが笑っていなかった顔から、その冷たさが抜けている。毒気を抜かれた、という顔だった。


「……チェリさん」


「はい」


「あなた、本気で仰っているのね」


「本気です」


 セティーシェは扇子で口元を隠して、小さく息を吐いた。

 ナハヤが額に手を当てている。ガンマは目を見開いていた。


「そうだったのか!」


「ガンマ、うるさい」


「いや、そういう話だったのかと思って」


「途中から何も分かってなかったくせに」


 キャエラは三人の顔を順に見て、それから助けを求めるように周囲を見回したが、誰も説明してくれる者はいなかった。


 カニャーラが従妹の背中を軽く押した。


「アニャ」


「な、なによ」


「あちらは仲良くしたいそうよ。あなたはなんとお返しするのかしら」


「う」


「せっかくのお申し出でしょう」


「う、う……」


 アニャンドラの顔が、首から一気に赤くなっていった。目があちこちに泳ぐ。口が開いては閉じ、また開いた。


 全員が黙って待っていた。


 アニャンドラは限界まで赤くなって、それから叫んだ。


「と、友達になってあげてもいいわよっ!」

 叫ぶと同時に身を翻した。


「アニャ」


「知らない! もう知らない!」


 アニャンドラは人垣を割って、食堂の出口へ走っていった。振り返りもしなかった。学生たちが慌てて道を空ける。


 その背中が扉の向こうに消えた。


 カニャーラはしばらくその方角を見ていたが、やがてこちらに向き直って、優雅に一礼した。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 彼女もまた、ゆったりとした足取りで出ていった。


 残された者たちの間に、奇妙な静けさが広がった。


「……あれ?」


 チェリは首を傾げた。


「もっと話したかったのに。課題のこととか、聞きたいことがたくさんあったんだけど……」


「チェリ」


 ナハヤが低い声で言った。


「本当に友達になりたいと思ったの?」


「……? 本当だけど」


「あんなことを言う奴だよ」


「うーん、悪い子に見えなかったけどなあ……」


「ズレてる……」


 ナハヤは深くため息をついた。ガンマは杯に残った果実水を飲み干している。


 チェリの様子を見ながら、セティーシェが扇子を閉じた。


「一番のトラブルメーカーはチェリさんかもしれないわね……」


 小さな声だった。チェリには聞こえなかった。


 周囲の学生たちも、それぞれの会話に戻り始めている。ただ、こちらを遠巻きに見ている視線がいくつも残っていた。


 チェリはふと思いついて顔を上げた。


「そうだ、セティ姉様」


「はい?」


「友達なら、シルヴァーンを紹介してもいいのかしら」


 セティーシェの動きが止まった。

 扇子を持つ手が下がり、眉が寄る。今日初めて見る、はっきりと困った顔だった。


「……チェリさん」


「だめ、ですか?」


「だめというより」


 セティーシェは言葉を探すように少し黙った。


「その前に、決めておかなければならないことがありますわ」


「決めておくこと?」


「竜を、いつ、どのように、誰に見せるのか」


 セティーシェは声を落とした。周りに聞かせる話ではないと判断したらしい。


「チェリさんが竜を連れてきていることは、もう寮中が知っております。隠せるものではありませんもの。ですが、実際にその姿を見た者はまだほとんどおりません」


「うん」


「だから皆、想像しているのです。どれほど大きいのか、危険なのか、近づいて平気なのか。想像のほうが事実より大きくなるのは、よくあることですわ」


 ナハヤが頷いた。


「先に見せたほうがいい、ということで?」


「そういう考え方もあります」


 セティーシェは扇子の先で軽く自分の肩を叩いた。


「一度きちんと皆にお見せして、この程度のものだと分かれば、余計な噂は減ります。ただ、見せ方を間違えれば逆になりますわね」


「黒寮だけで見せるのか、大学全体で見せるのか」


 ナハヤが続けた。


「黒寮だけなら、他寮から見れば秘密のままだから、かえって話が膨らむかもしれない」


「大学全体でとなると、大事になるな」


 ガンマが言った。


「人がどれくらい集まるか分かんねえぞ」


「そうですわね」


 セティーシェが頷いた。


「それに、竜をどこに置くかという話にも繋がります。今は寮のお部屋にいらっしゃるのでしょう。けれど、あの子が大きくなればそうもいきませんわ」


 チェリは黙って聞いていた。


 考えていなかったわけではない。ただ、城を出る前に考えていたのは、竜を連れていく許可が下りるかどうかまでだった。連れてきた後のことは、大学と相談することになると聞かされていただけで、具体的な形は何も決まっていない。


「セティ姉様は、どうしたらいいと思う?」


「わたくしの一存では決められません」


 セティーシェははっきり言った。


「これは寮全体の話になりますし、場合によっては大学全体の話になります。少なくともオクタス様と、寮監のお二人には諮らなければ」


「そっか」


「わたくしから話してみますわ。オクタス様にも、寮監にも」


 セティーシェはチェリを見た。


「まとまったら、また声をかけます。それまでは、竜を寮のお部屋から出すのはお控えになって」


「分かった」


「それと」


 セティーシェが付け加えた。


「アニャンドラさんへのご紹介も、それからにしてくださいませね」


「はあい」


 その時、壇の上で手を叩く音がした。


 寮監のスクティールが立っている。


「時間だ。これで解散とする」


 短い言葉だった。学生たちが動き始める。椅子を戻す者、まだ話し込んでいる者、扉へ向かう者。


 セティーシェは壇のほうへ向かいながら、振り返って言った。


「では、また後で」


 扇子を軽く振って、人の間に消えていった。

 チェリは残った三人と共に、壁際に寄った。


「結局、あんまり誰とも話せなかったな」


 ガンマが言った。


「そうだね」


 ナハヤが答えた。


 それは事実だった。この場にいる間、チェリたちに近づいてきたのはムシュクルとアニャンドラ、それにセティーシェとカニャーラだけだった。他の学生は誰一人として声をかけてこなかった。


 視線は感じる。あちこちから、ちらちらと向けられている。けれど、目が合うとすぐに逸らされた。


 遠巻きにされている。


 チェリは特に何も感じなかった。領内の社交の場で何度も経験したことがある。皆が遠くから見て、近づいてこない。話しかけてくるのは少数の親しい人たちだけ。そういう場には慣れている。


「部屋に戻る?」


 チェリが聞くと、ガンマが伸びをした。


「もうちょっといてもいいけどな。腹も減ってねえし」


「僕はどちらでも」


 ナハヤが答えた。


「キャエラは?」


 声をかけると、キャエラはびくりと肩を揺らした。


「わ、私は、その、もう少し心を落ち着けたいというか」


「そんなに?」


「今日一日で一年分くらい驚いたので……」


 キャエラがようやく杯を長卓に戻した。ずっと握りしめていた指に、跡がついていた。


 その時、背後で足音がした。


 小さな足音だった。ゆっくりと、遠慮がちに近づいてくる。


 チェリが振り返ると、男子学生が一人立っていた。


 背は高い。けれど、体つきは細かった。長めの金髪が肩にかかっている。顔立ちが驚くほど整っていて、一瞬、女子かと思うほどだった。目元が柔らかく、全体に優しげな雰囲気をまとっている。


 彼は両手を体の前で軽く重ねたまま少しだけ俯いて、こちらを見ていた。


 そして、聞き取れるぎりぎりの声で言った。


「……あの」

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