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竜は西より来たる~人が空を飛ぶには竜に勝たないといけないらしい~  作者: えいちぜろな
第三章 大学入学編

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87 寮生の交流 威圧と波乱

 顔合わせの挨拶が終わり、黒寮の共用棟の食堂は自由な交流の時間に移っていた。扇形に並べられていた椅子の間を寮生が行き交い、あちこちで名乗り合う声が上がっている。壁際の長卓に用意された水差しの周りにも人が集まっていた。


 その騒がしさの中で、チェリはキャエラと向かい合っていた。


 チェリはキャエラの顔を見上げていた。試験の日と同じ顔だった。あの時と同じ気安さで話しかけてくる。城にいた頃から、自分に対してこういう距離の取り方をする相手は少なかった。


「同じ寮だとは思わなかった」


「私もよ。まさか黒に入れられるとは思わなかったもの」


 キャエラは肩をすくめた。


「うちは下級貴族だから、赤か白のつもりでいたのに」


「希望、出さなかったの」


「出さなくても勝手にどちらかになると思ってたの」


 あまりに堂々と言うので、チェリは思わず吹き出した。


「なんで笑うの」


「ううん、いいなと思って」


 本当にそう思った。


「学年は同じよね。じゃあ講義も重なるかも」


 キャエラが指を折りながら言う。


 チェリは頷いた。同じ寮で同じ学年。それなら顔を合わせる機会はいくらでもある。


 城を出てからずっと、周りは知らない建物と知らない顔ばかりだった。その中に一つだけ、知っている顔が混じった。


 * * *


 後ろから足音が二つ近づいてきた。


「チェリ」


 振り返ると、ナハヤとガンマが並んで立っていた。ガンマは杯を二つ持っていて、片方をチェリに差し出してくる。


「知り合いか?」


「うん。試験の時に会った子」


 チェリはキャエラに向き直った。


「こっちが従兄のナハヤ。こっちも従兄のガンマ。二人とも同じ黒寮なの」


「ナハヤールです。ナハヤと呼んでください」


 ナハヤが先に頭を下げた。所作が静かで丁寧だった。


「ディガンマ。ガンマでいいよ」


 ガンマは杯を持ったまま軽く手を上げた。


「キャエラ・シェーカーです。よろしく」


 キャエラも名乗り返した。それから小さく首を傾げる。


「あなたたちも試験の日にいたの?」


「同じ部屋にいたよ。席が離れていたけど」

 ナハヤが答えた。


「みんな席がバラバラだったしね」


「そうだったの。全然気づかなかったわ」


 キャエラは納得した顔で頷いた。


 ガンマが杯の水を一口飲んで、遠慮なくキャエラの顔を眺めた。


「お前、チェリと同い年か?」


「まさか。もうすぐ十六よ」


「そうか。じゃあ普通だな」


「普通って何よ」


「普通は十五か十六で入るもんだろ。俺たちとは違って」


 ガンマがあっさり言うと、キャエラは目を丸くしてチェリを見た。


「あなた、いくつなの」


「今は十二、今年十三になるけど」


「……十二」


 キャエラは口を半分開けたまま止まった。


「三つ下……」


「珍しいことではあるけど、試験に合格すれば入学できるからね」


 ナハヤが補足した。


「僕は十三。ガンマはチェリと同い年」


 キャエラはしばらく三人の顔を順に見て、それから大きく息を吐いた。


「なるほど。うちの大伯父様が青くなるわけだわ」


「何の話?」


「こっちの話」


 キャエラは手を振って誤魔化した。


 * * *


 人の間を抜けて、こちらへ真っ直ぐ歩いてくる人影があった。


 黒髪の上級生。壇の上で挨拶をしたばかりの女子寮長だった。近づくにつれて、周りの学生が自然と道を空けていく。手には閉じた扇子を持っていた。


 キャエラの背筋が伸びた。


「チェリさん」


 セティーシェは三人の前で足を止めると、切れ長の目を柔らかく細めた。壇上とは別人のような顔だった。


「セティ姉様」


 チェリが答えた。

 それを聞いたキャエラの動きが止まった。


「……姉様?」


 声が半分裏返っている。チェリを見て、セティーシェを見て、またチェリを見た。


 セティーシェが可笑しそうに口元を押さえた。


「ああ、驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね」


「セティ姉様は、私の兄の婚約者なの」


 院にいる上の兄のハリュナルがいることをチェリが説明する。


「セティーシェと申します。北の領地の出です」


 セティーシェが後を続けた。扇子の先を軽く胸元に添えている。


「そのハリュナル様と婚約しております。ですからチェリさんとは、そのうち姉妹になります」


「義理の姉妹でしょ」


 ナハヤがすかさず突っ込みを入れた。


「本当の妹のように思っていますわ」


 セティーシェが平然と言い切った。ナハヤが横で口の端をわずかに動かした。


 キャエラは慌てて姿勢を正して頭を下げた。


「キャエラ・シェーカーと申します。中央領の出です。あの、今年入学しました」


「知っています。名簿を見ましたから」


 セティーシェはにこりと笑った。


「あなた、チェリさんとお知り合いなのね」


「試験の日に少しだけ……あの、その節はご無礼を」


「無礼って何のこと」


 チェリが真顔で聞き返した。


「席を間違えて座ってしまって」


「それだけでしょう」


「そうなんだけど、うちの家族が」


 キャエラが言葉を濁した。セティーシェは事情を察したらしく、ふっと肩の力を抜くように笑った。


「ご家族が心配なさったのね。よくあることよ」


「はい……」


「でも大丈夫。うちのチェリさんはそういうことを気にする人ではないから」


 セティーシェはキャエラの前に一歩踏み出した。


「うちのじゃないだろ、うちのじゃ」


 ガンマが突っ込んだが、セティーシェには聞こえている様子がない。


「キャエラさん」


「はい」


「仲良くしましょう」


 言葉自体は柔らかい。ただ、切れ長の目が真正面から向けられていて、逃げ場がなかった。


「はい、あの、はい」


 キャエラは首を縦に振った。振りながら、少しだけ後ろに下がろうとして、椅子の脚に踵をぶつけていた。


「同じ学年のお友達がいるのは良いことだもの。チェリさんは学年で一番年下だし、私は四年で学年が違うから、日中はあまり一緒にいられないでしょう。だからあなたがいてくださると安心だわ」


「あ、はい。……はい」


 キャエラの返事がだんだん短くなっていく。


 チェリはその様子を見て、少し気の毒になった。


「セティ姉様、圧が強い」


「あら、そうかしら……壇の上ほどは出していないつもりなのだけれど」


 セティーシェは扇子の先を口元に当てた。自覚はなかったらしい。


「気をつけるわ。ごめんなさいね、キャエラさん」


「い、いえ。滅相もございません」


 キャエラの言葉遣いが完全に固まっていた。


 ガンマが横で小さく笑って、ナハヤに肘で小突かれていた。


 * * *


 その時、人垣の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。


 背の高い男子学生だった。整った顔立ちをしている。姿勢はどこか崩れていて、歩き方に妙な余裕がある。壇の上でセティーシェの視線を受けて顔を伏せていた、あの二人のうちの片方だった。


 男は真っ直ぐこちらへ向かってきた。


 セティーシェの目が細くなった。キャエラは一歩下がった。ナハヤの表情が消えた。ガンマは杯を持ったまま男を見ている。


 男はその四人の様子を、ほとんど見ていなかった。


 視線はチェリだけに向いている。


 彼はチェリの正面で足を止め、片手を胸に当てて、大袈裟なくらい丁寧に頭を下げた。それから顔を上げて、自分でも上手くいったと思っているらしい笑みを作った。


「はじめまして。ようやくお会いできましたね――チェリーチェ・バイフート」


 南領主の孫息子、ムシュクル・ジューチェだった。

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