81 進む荷造り 近づく春祭
チェリの部屋には荷が三つの山に分かれて積まれていた。
持っていくもの、置いていくもの、まだ決まっていないもの。ディラが数日かけて仕分けたもので、三つ目の山はもうずいぶん小さくなっている。チェリは書き付けを片手に山を回り、数を照らし合わせていた。
「これで終わりね」
「はい。あとは詰めるだけです」
ディラが立ち上がって腰を伸ばした。そのまま扉のほうへ行き、外にいた誰かから何かを受け取って戻ってくる。
「チェリ様。中央からお手紙です」
「兄様たちから?」
「お二人分あります」
チェリは書き付けを置いて封を切った。
一通目はハリュナルの字だった。大きく勢いがあって、紙の端まで使い切っている。
春祭には帰れない。去年と同じだ。とてもとても残念に思う。とてもとても、とても残念だ。お前が春の姫として舞台に上がるのを何年も見ていないのが悔しい。今年で最後になるかもしれないというのに。
残念という言葉が何度も出てくる。チェリは思わず笑ってしまった。
こちらは色々と忙しい。詳しくは書かないが、色々とだ。
その横に、細かい字が添えられていた。ナツァークの字だ。
――論文が差し戻された。字が汚いという理由で。
さらにその横に、ハリュナルの字が戻ってきていた。
――手で書かせるからだ! 魔力筆を使うなと言う教授の頭が硬い!
「……ナル兄様らしい」
チェリは声に出して呟いた。ディラが横から覗き込んで、口元を押さえている。
二通目はナツァークの手紙だった。字が小さく、行が真っ直ぐに揃っている。
荷は先に送っておくといい。私は自分と荷が同じ日に着くようにしてしまって、部屋に入った初日に何をどこへ置くかで半日を潰した。竜のこともあるのだから、着いてすぐ荷解きに追われるのは避けたほうがいい。受け取りは私がしておく。
こちらも忙しい。論文があり、寮長の引き継ぎもある。次の寮長への申し送りが思っていたより多い。
最後に一行、宛先の書き方が細かく指示してあった。
「……先に送っていいんだって」
チェリは手紙から顔を上げた。
ディラの動きが止まった。三つの山に目をやり、それからチェリを見る。
「先に、といいますと」
「本と、当座使わないものと……」
「どれを先に送るか、選び直すということですね」
「……そうなるね」
ディラが書き付けをめくり直した。持っていく山を一度崩して、先に送る分とこの手で運ぶ分に分けることになる。数え直しも必要だった。
「やり直しじゃない」
「やり直しですね」
二人でしばらく荷の山を見つめた。
* * *
その日の午後、ディラが荷を数えながら言った。
「そういえばチェリ様、春の姫のお話は聞いておられますか」
「今年もあるの」
「今年もチェリ様です。もう決まっております」
分かってはいた。六歳の年から一度も外れていない。水に適した魔力を持つ娘が選ばれる決まりで、この年頃では自分が一番だと言われ続けてきた。
「ドレスなのよね」
「ドレスです。エルナダ様が張り切っておいでですよ」
「制服が焦茶だって落ち込んでたのに」
「その分がこちらに回ったのでしょうね」
ディラは笑いながら数え直している。
チェリは窓の外を見た。中庭では竜の張り子に紙が貼られ始めている。骨の隙間が少しずつ埋まって、白い面が広がっていた。使用人たちが数人がかりで刷毛を動かしている。
毎年見てきた光景のはずだった。
ただ、今年の竜の張り子は形が違う。首の伸び方も、背から尾へ抜ける線も、手足の長さも、見覚えがありすぎる。
あれは、シルヴァーンだ。
城の使用人たちは毎日見ているのだから、シルヴァーンに似てくるというのは当然と言えば当然だった。
紙が貼られていくにつれて、輪郭がはっきりしてくる。あれに色が乗ったらどうなるのか、想像がついてしまった。
あの張り子が空へ上がる夜、自分は高座に座っている。ドレスを着せられ髪を巻かれ、手を振る役だ。ガンマにからかわれるのも毎年のことだった。
嫌だという気持ちは今年もある。
ただ、今年は祭の後に十日の旅が控えている。荷を送り、荷を積み、この城を出ていく。
「チェリ様」
「うん?」
「祭が終わりましたら、すぐに発つことになりますね」
「……そうなるね」
ディラは数えるのをやめて、三つの山を見渡した。
「間に合わせます」
それだけ言って、また数え始めた。
* * *
荷が城を出たのは三日後だった。
木箱が四つ、荷車に積まれていく。本と当座使わない衣類、それに寮で使う細々した品が入っている。ディラが送り状を照らし合わせ、一つずつ確かめてから縄をかけた。宛先はナツァークの名で、書き方は手紙にあった通りにしてある。
チェリは中庭の端に立って、それを見ていた。
自分の物が先に中央へ行く。着いた頃には兄が受け取って、寮のどこかに置いておいてくれる。まだ見たことのない部屋に、自分の荷だけが先に運び込まれることになる。
荷車が門をくぐって見えなくなった。
振り返ると、竜の張り子には紙が貼り終わっていた。白い面に朝の光が当たって、輪郭がくっきりと浮かんでいる。首の角度も背の線も、やはり見覚えがある。あとは色を乗せるだけらしかった。
毎年、この時期になると同じことを思っていた。祭が近い、面倒だ、逃げたい。今年もその気持ちはある。
ただ、それだけではなかった。
この張り子が空へ上がるのを、次に見るのは四年後……もしかすると五年後になる。高座から民を見下ろすのも、たぶん今年で最後だ。嫌だと言い続けてきた役なのに、そう思うと妙な心地がした。
何と呼べばいい気持ちなのか、チェリには分からなかった。




