80 五人の会議 三人のお守り
城の奥まった一室に、五人が集まっていた。
厚い絨毯と高窓に囲まれた応接室で、中央に置かれた円卓を五人がめいめいに囲んでいる。ネイディーアが背筋を伸ばして座り、その隣でサリアが扇を卓に置いたまま眉を寄せていた。リッテは椅子を斜めにして足を投げ出し、エルナダは膝の上で手を重ねている。ミルザは椅子の背に深くもたれて天井を見ていた。
春祭の支度で城の中は騒がしくなってきていたが、この部屋にはその音がほとんど届かない。
「というわけで」
ネイディーアが円卓の上で両手を組んだ。
「サリア。チェリが卒業するまでの四年、中央領での見守りをよろしく頼みます」
「何がというわけでなのよ」
サリアが身を乗り出した。応接室の厚い絨毯が音を吸い、その声だけがやけに響く。
「今、話が全部決まった後みたいに言ったわね。私、一言も引き受けるって言ってないわよ」
「ですが他に行ける者がおりません」
「サリアは心配じゃないの?」
「心配なのはあなたたちも同じでしょう?私だけじゃない」
サリアは四人の顔をじっくり見回して、一人を見据えた。
「ネイディーアが行けばいいでしょう」
「領主の正妻が城を四年空けて、どこの誰が納得するのですか」
ネイディーアは表情を変えずに答えた。サリアが舌打ちをして隣を見る。
「じゃあミルザ」
「無理」
ミルザは即答した。椅子の背に深くもたれたまま、天井のほうを見ている。
「私は身体が弱い」
「魔法で飛べるでしょう」
「飛べるけど疲れる。着いた先でしばらく寝込むことになる」
そう言われるとサリアは黙った。ミルザが長く出歩けないのは事実だった。
「リッテは」
「私はねえ」
リッテが自分の膝を軽く叩いた。
「この頃どうも調子が良くなくてね。石段の上り下りが堪える。若い頃は一日中走り回っていたんだけどな」
サリアは何も言い返せずに口を閉じた。リッテがその足でどれだけ自分たちの前に立って剣を振るってきたかを知っている。最後の一人へ目を向けた。
「エルナダ」
「私は……」
エルナダが困った顔で頬に手を当てた。
「私も行きたいのですけれど。中央でお屋敷を借りるとなると調度から揃えなければなりませんでしょう。あちらの流行も分かりませんし、まず職人を何人か連れていって、それから……」
「もういいわ」
「まだ話は終わっていませんけど」
「言わなくていいの。あなたが動くと隊列ができるんだったわね」
リッテが声を上げて笑った。ネイディーアが咳払いをする。
「サリアなら旅慣れています。商いで各地を回ってきましたし、中央にも顔が利く。屋敷を借りるのも人を雇うのも、あなたが一番早い」
「それは……そうだけど」
「それに」
ミルザが天井を見たまま口を挟んだ。
「あんた、暇でしょ」
「暇じゃないわよ!」
サリアが卓を叩いた。
「私にも仕事があるの。商いっていうのはね、座っていれば金が入ってくるものじゃないの。人と会って、話をして、頭を下げて」
「では報酬を出しましょう」
ネイディーアが遮った。サリアの動きが止まる。
「……報酬」
「四人で相応の額を用意します」
「相応って、どのくらい」
サリアが椅子に座り直した。先ほどまでの勢いはどこかへ行っている。ネイディーアが数字を口にすると、サリアは腕を組んで天井を仰ぎ、しばらく何かを計算していた。
「……足りないわ」
「では、こうしましょう」
そこからの話は早かった。四人が額を上げ、サリアが渋り、リッテが呆れ、エルナダが自分の負担分を増やすと申し出て、ネイディーアがそれを止める。ミルザは最後まで天井を見ていた。
「……仕方ないわね」
やがてサリアが息を吐いた。
「まあ、そろそろ中央領には行く必要があると思っていたし」
四人の視線が集まった。サリアは扇を開いて口元を隠す。
「何よ。商人が中央に用があって、おかしいことがある?」
「いえ」
ネイディーアが目を細めた。それ以上は誰も尋ねなかった。
サリアは扇を閉じると、円卓の向かいに顔を向けた。
「ところでミルザ。あれはできたの?」
ミルザがようやく天井から視線を下ろして、頷いた。
* * *
三人が第三広間に呼ばれたのは、その日の夕方だった。
卓の上に小さな布包みが三つ並んでいる。おばあさまたちは五人とも揃っていて、ネイディーアが手前の一つをチェリのほうへ滑らせた。
「お守りを作ったの。持っていきなさい」
チェリが包みを開くと、掌に収まるほどの飾りが出てきた。
細い革紐に、円く磨かれた小さな板が何枚か連なっている。銀色に見えるが金物ではない。光を傾けると縁のあたりにかすかな虹色が走った。
「これ」
チェリは声を落とした。ガンマとナハヤも自分の包みを開いている。三つとも同じ形だった。
「シルヴァーンの鱗だ」
「よく分かったね」
ミルザが笑った。
「毎日見てるもの」
「脱皮の時のやつか」
ガンマが革紐をつまんで持ち上げた。
「切って磨いて、紐を通した」
「穴を開けて、割れないの」
「割れないよ」
「これ、何かかかってる」
ナハヤが飾りを目の高さに上げて眺める。
「割れないように魔法をかけた」
ミルザが答えた。
「鱗は薄いからね。落としたら終わりじゃ意味がない」
チェリも自分のものを指で挟んで軽く曲げてみた。しなりもしない。剥がれ落ちた鱗を拾い集めた時は、指の力だけで折れそうなほど薄いものだった。
エルナダが身を乗り出して、ガンマの飾りの結び目を直している。リッテは腕を組んで三人を眺めていた。
「首から下げてもいいし、鞄に付けてもいい」
ネイディーアが言った。
「ただし、失くさないこと。それだけは守りなさい」
「はい」
「身を守るものですから」
チェリは飾りを握り込んだ。
割れないようにという話は聞いた。それだけなら、失くすなという念の押し方が強すぎる。身を守るものだと言うからには、他にも何か仕込まれているのだろう。危険を退けるものか、傷を防ぐものか。ミルザの魔法がどこまでできるのかをチェリは知らない。
尋ねてもはぐらかされるに決まっていた。おばあさまたちは、いつもこうやって先回りをする。
卓の脇の籠から、シルヴァーンが首を伸ばしている。自分の鱗が三つ並んでいることには気づいていないらしい。
「ありがとうございます」
チェリが頭を下げると、ガンマとナハヤも慌てて倣った。
サリアが扇の陰で何か言いかけて、やめた。ミルザは黙っている。エルナダは嬉しそうに三人を見比べていた。
「では、行きなさい」
ネイディーアが手を振った。三人が広間を出ていく足音が遠ざかると、サリアがようやく口を開いた。
「本当にいいの?あれを説明しなかったけど」
「あの子たちなら、分かるでしょ」
ミルザはそう言いながら椅子に沈み込んだ。




