75 制服の採寸 竜の寸法
朝からチェリは自室の真ん中に立たされていた。
「動かないでくださいね」
エルナダの声は柔らかいが有無を言わせない。ディラが紐を広げて肩から肩へ渡し数を読み上げる。エルナダがそれを書き留めていく。腕を上げろ下ろせと言われるままにしていると自分が荷物か何かになった気分になってくる。
「寸法は大学へ送ります。制服は向こうで仕立ててくださるそうですから」
「向こうで作るんですか」
「ええ。皆が同じ生地で作られた同じ服を着るんです」
エルナダの手が止まった。書付をもう一度読み返している。
「……焦茶」
「え?」
チェリが顔を向けるとエルナダは書付をこちらへ傾けて見せた。
「制服の色は焦茶ですって。刺繍も入れてはいけないと書いてありますね」
エルナダの睫毛が伏せられた。落胆というものをこれほど品よく表せる人をチェリは他に知らない。
入学にあたって届けられた書類のうち、制服についての書付には理由まで丁寧に記されている。宝石や広い袖は書き物や実習の妨げになる。学びの場に相応しくない。以上の理由で制服を定めるというそれだけの話だ。もっともな理屈だと思う。
「では……」
エルナダの顔が上がった。伏せられていた睫毛の下から光るものが覗いている。
「学舎の外へ出る時のお召し物を考えなければいけませんね」
「エルナダおばあさま……」
「制服では買い物にも行けないでしょう。ねえチェリさん、お色はどうしましょうか。春夏秋冬季節ごとに、たくさん必要よね」
止める言葉を探しているうちにエルナダはもう制服とは別の服の話を始めていた。ディラが紐を巻き取りながら笑いを噛み殺している。
「エルナダ様、あまり多くお作りになっても着られなくなりますよ。一年で袖が足りなくなりますから」
「まあ。また来年に新しいものを作れるじゃないの。楽しみだわ」
ディラが黙った。止めるつもりで言ったのだと分かるだけに気の毒だった。
エルナダおばあさまの着道楽には際限がない。
「……制服も作り直すの?」
「そうなると思います。背が伸びる時期ですから」
自分の寸法が来年には嘘になると聞かされると妙な心地がした。数字にして残しておいても意味を持つのは今だけということになる。
* * *
午後は議事の間に移った。卓の上には申請の書類が広げられている。ナテュークが端を揃えながら唸っていた。
向かいにチェリとナハヤとガンマが並び壁際にはディラとタウラが控えている。シルヴァーンの籠はタウラが運んできて卓の脇に置かれていた。
「特徴を書く欄があります」
「シルヴァーンの?」
ガンマがナテュークに聞いた。
「はい。ただこの書式は稀少な有用魔獣類の保護の届出を流用したものでして……何をどこまで書けばよいのか前例がありません」
竜を飼うという届けを出した者がこれまでいないのだから当然と言えば当然だった。タウラが運び入れた籠から当の本人が首を伸ばしている。書類の匂いを嗅いで満足したのか卓の縁に顎を乗せた。
「特徴……体長と体重は要るな」
ガンマが言うと同時にナハヤが手元の帳面を開いた。竜の記録をつけた帳面だ。孵化してからの丈がそこには並んでいる。脱皮の日付も鱗の大きさも書き留めてある。
「これでいい?」
「……助かります。よくこれだけ」
ナテュークが目を丸くして帳面を覗き込んだ。ナハヤは何でもないという顔をしている。
今の寸法を測るという段になるとシルヴァーンはまるで協力しなかった。紐を当てようとすれば身をよじり尾を掴めば振り払う。ガンマが胴を押さえにかかって鼻先で顎を跳ね上げられた。
「痛ェ!」
「ガンマ、押さえつけるからでしょう」
チェリが呼ぶとシルヴァーンはようやく大人しくなった。首に下がったアミュレットが動きに合わせて揺れる。体重は厨房の秤を運ばせて量った。数を聞いたナテュークの筆が一瞬止まった。
「……去年の記録の倍以上ですね」
「まだ増えます」
「増えるでしょうね」
書いた数字が届く頃には古くなっている。それはチェリの寸法も同じだった。
* * *
書類の終わりに近いところでナテュークの筆が止まった。
「世話をする者の名を書く欄がありますね。竜の面倒を誰が見るのかということでしょう」
ナテュークは顔を上げて、思い当たる二人に目を合わせた。
「ディラとタウラでよろしいですか」
二人ともその場にいて頷いている。それだけの話のはずだった。
寮には身の回りの世話をする者を連れていってよいことになっている。学生の部屋の隣に使用人の部屋が付いていて、そこに入る。
護衛は詰所に置くのが通例だが常に付ける場合は使用人として寮に入ることになる。入学の書類にはそう書かれていた。竜の世話をする者と寮に連れていく者が同じ名前になるのは自然な成り行きだった。
「……ディラは弟がいるからいいとして」
チェリが呟くとディラが眉を上げた。
「よろしいのですか、そんな理由で」
「よくない?」
「チェリ様がよろしければ、そのように」
ディラが即答した。タウラのほうは書類を覗き込んで待機部屋の位置がどうと呟いている。護衛は講義室には入れないらしい。主人と離れる時間があると聞いてタウラの眉が寄った。
二人には二人の暮らしがある。それを自分の都合で四年動かすのだと思うと胸の奥が落ち着かなくなる。頼めば聞いてもらえる。その頼みやすさこそがチェリには重かった。
「……嫌になったら言ってね」
チェリが二人を見て言うとディラの手が止まった。
「チェリ様。それは私の仕事を軽く見ておられるということですか」
思いがけず硬い声だった。ディラは紐を卓に置いてまっすぐにチェリを見ている。
「私はチェリ様に仕えることを誇りにしております。四年でも五年でも同じことです。嫌になったら辞めるような、軽い覚悟ではございません」
「……そうじゃなくて」
「存じております。ですが、そういう意味と受け取れることを軽々しく仰るのは感心いたしません」
言葉に詰まった。ディラの目が逸れないまま、隣でタウラが軽く息を吐いた。
「チェリ様。私も人々を守るリッテ様に憧れて騎士となりました。その孫であるチェリ様の剣となり戦えるのは、私にとっては存外の喜びです」
タウラが胸に手を当てた。
「……私にもそこに誇りがあります」
チェリは何も言えなくなった。相手の都合を思いやったつもりでいたのに、それは二人が選んで積み上げてきたものを勝手に軽くする言い方だった。
「……ごめんなさい。失礼なことを言いました」
チェリは背筋を伸ばして二人を見た。
「二人にお願いします。中央に来てください」
ディラが目を丸くしてから深く頭を下げた。タウラは頭を下げるより先に笑っていた。
「かしこまりました」
「お任せください」
ナテュークはそんな娘の姿をしばらく見つめていた。それから父の手が動いて、欄に二つの名が並んだ。




