74 子竜との繋がり その関係の名は
「違う、というのは、シルヴァーンと私には魔力が結びついていない、ということですか?」
チェリの声が硬くなった。もしそうなら、昼間の証言は何だったのか。申請を通すために、都合のいいことを言ってくれたということになる。お祖父様に頼まれて、この人が嘘をついたのだとしたら。
そこまで考えて、チェリは自分の考えに息が詰まりそうになった。
「私は嘘だったと告白するために、あなたを呼んだのではありません」
ヴァーシャラが呆れたように言った。
「結びつきは確かにあります。私は見たものしか申しません。作り話をするくらいなら、初めから断っていますよ」
チェリの肩から力が抜けた。
「……すみません」
「違うと言ったのは、私の言い方が正確ではなかったという意味です。……困ったことに、私は自分が見たものを、そのまま言葉にすることができません」
ヴァーシャラは膝の上で手を組んだ。
「私が相と呼んでいるものも、方便にすぎないのですよ。実のところ、はっきりとした形が見えるわけではない。ただ、見てしまうと分かってしまう。そういうものです。他人に伝えるには、何かしら言葉を当てはめるしかありません。だからその時々で言い方が変わる。人によっては、いい加減なことを言っていると思うでしょうね」
チェリは黙って頷いた。分かるとは言えなかったが、言葉にできないものがあるということは分かった。
「それで、あの子のことです」
ヴァーシャラは目を伏せた。昼間に見たものを、もう一度手繰り寄せているようだった。
「あなたとの結びつきが最も強い。それは間違いありません。他とは比べものになりませんでした。……ですが、あなただけではなかった」
「わたし、だけじゃない?」
「ええ。あの二人の従兄弟。それから、あなたのそばにいるあのメイド」
ガンマとナハヤ、そしてディラ。チェリの頭に三人の顔が浮かんだ。
「それから、あの騒がしい五人とも」
「おばあさま方と?」
「どうせ構い倒しているんでしょう」
ヴァーシャラは肩をすくめた。
「そして、ハリュークとも」
チェリは思わず身を乗り出した。
「お祖父様と? でも、シルヴァーンはお祖父様を避けるんですよ。近づきもしないのに」
「避けることと、繋がっていないことは別です」
ヴァーシャラはあっさりと言った。
「他にも、まだたくさんありましたよ。私の知らない者たちです。あの城で働く人たちかしら」
使用人たち。チェリは思い当たった。厨房で体重を測ってもらい、餌をもらい、部屋を掃除され、籠を運ばれ。この子は城じゅうの人の手を借りて育ってきたのだ。
「それに、もっとうっすらとしたものが他にもありました。私も知っているあの感じは……ハリュナル坊やとナツァーク坊やかしら」
ハリュナルとナツァーク。チェリは息を呑んだ。
「どうして、そんなに」
「共通しているのは、あの子に好意を向けた者だということ。それから、時間をかけて関わってきた者だということです」
ヴァーシャラは指を一本立てた。
「何度も顔を合わせ、一緒に日を重ねて、少しずつ築いてきた。そういう関わりが繋がりとして見えた。だからあの子は、私のことなど何とも思っていませんよ。今日初めて会ったのですからね」
チェリは籠の中のシルヴァーンを思い浮かべた。
ガンマの頭に何度も頭突きをして、ナハヤの膝で丸くなって、ディラに餌をもらい体重を測られ、ナツ兄とボール遊びをして、ナル兄には見向きもせず、お祖父様の前では逃げ出して。
あの子の周りには、いつも誰かがいた。
そうやって少しずつ結ばれてきたものがあるのだとしたら、それはまるで――。
「あの子は、あなたたちを」
ヴァーシャラが顔を上げた。
「仲間……いえ。家族だと思っているようです」
チェリの喉が詰まった。
まさに、同じ言葉を思い浮かべていた。
「そう、ですか」
それだけ言うのが精一杯だった。目の奥が熱くなって、チェリは慌てて俯く。
「泣くようなことではないでしょう」
「泣いてません」
「そうですか」
ヴァーシャラはそれ以上何も言わなかった。
しばらくして、チェリはようやく顔を上げた。
「先生。教えてくださって、ありがとうございました」
「申請には要らない話です。ですが、あなたは知っておくべきでしょう」
ヴァーシャラは寝台に手をついて、小さく息を吐いた。
「あの子を連れていくということは、そういうものを抱えていくということですからね」
* * *
翌日、中央領から書類が届いた。
合格を正式に知らせる通知と、入学に関する一式だった。手続きの期限、必要な書類、寮の案内。狼煙で結果を知ってから半月近く経っていたが、こうして紙になったものを手にすると、また違う実感があった。チェリは自分の名が記された通知を、しばらく黙って眺めていた。
その日から、城は慌ただしくなった。
書類の記入、印の手配、寮へ送る荷の選別。決めることは次から次に出てくる。おばあさまたちはそれぞれの伝手に宛てて手紙を書き、ネイディーアは持ち物の一覧を作り、エルナダは早々にチェリの衣装を仕立て直すと言い出した。サリアは商会へ使いを走らせ、必要なものを揃えさせている。
ヴァーシャラは数日のあいだ客人としてもてなされた。おばあさまたちが放さなかったのだ。体調が戻ってからも、茶会と称して連日引き止められ、ようやく解放されたときには本人が疲れた顔をしていた。
「二度と倒れるものですか」
発つ日の朝、ヴァーシャラはそう言い残して南へ向かった。チェリたち三人は門の前で深く頭を下げて見送った。
準備は滞りなく進んでいった。竜の申請だけが、まだ結論を見ないままだった。
* * *
城の一室で、サジットは荷物をまとめていた。
書物と紙束が大半を占めている。運び出すのは自分の荷だけだが、それでも積み上がると相当な量になった。次の勤め先はまだ決まっていない。とりあえずは首都の安宿にでも移って、それから考えるつもりだった。
扉が叩かれた。
「サジット先生。失礼いたします」
ディラだった。いつもの気安さがない。城の使用人としての顔で、扉の前に立っている。
「旦那様がお呼びです。執務室までお越しくださいませ」
サジットの手が止まった。
「領主様が、私に……?」
「はい。今すぐにとのことでございます」
思い当たることがなかった。三人は無事に合格し、自分の仕事は終わっている。給金の話であれば、いつも通り事務方から支払われるはずだった。
サジットは紙束を置いて立ち上がった。眼鏡を押し上げ、上着の襟元を整える。それから一つ、乾いた喉を鳴らした。




