73 天授による証言 存在する奥の手
ヴァーシャラが目を開けたのはそれからしばらく経ってからだった。
長椅子の周りをおばあさまたちが取り囲んでいる。チェリは少し離れたところで両手を握りしめて立っていた。
「……騒がしいわね」
目を開けて最初に出たのがその一言だった。おばあさまたちが一斉に安堵の息を漏らす。
「突然倒れたのよ! 心臓が止まるかと思ったわ!」
「大声を出さないで。頭に響きます」
「そのくらい言わせなさいよ、もう」
身を起こそうとして額に手を当てる。まだ眩暈が残っているらしい。リッテが背中に手を回して支えた。
「先生、ごめんなさい。わたしのシルヴァーンが……」
「馬鹿をお言いなさい」
ヴァーシャラは即座に切って捨てた。
「私が勝手に覗き込んだのです。あなたのせいではありません。あの子にも謝らせるつもりもありませんよ」
その物言いに、チェリはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
ヴァーシャラは深く息を吐き、それから静かに言った。
「見えましたよ。あの子の相が」
部屋が静まった。
「あの子の魔力はチェリに結びついています。それはもう、はっきりと。引き離せばあの子のほうが壊れてしまうでしょうね」
チェリの胸がじんと熱くなった。
「ただ」
言葉が切れた。ヴァーシャラは眉間に指を当ててしばらく黙り込む。
「……いえ。人の相とはあまりに違いすぎた。それだけです」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
ハリュークが黙って立っている。誰も続きを問おうとはしなかった。
* * *
「ヴァーシャラの天授は国に認められている」
ハリュークが口を開いた。
「本人の申し立てが公的な証言として通った例もある。これを根拠にできるという保証はないが、参考以上にはなるだろう」
チェリは頷いた。少なくとも、申請に添える材料が一つできたことになる。
「あとは……」
ハリュークが顎に手をやった。
「あまり気は進まないが、他にもやりようがある」
「どうするんですか?」
チェリが身を乗り出した。
「わたしにできることなら、なんでもやります」
「俺も俺も!」
ガンマが勢いよく手を挙げる。その横で、ナハヤがぼそりと言った。
「安請け合いはやめたほうがいいと思うけどな」
ハリュークが、ほう、という顔をした。チェリとガンマを順に見る。
「……ならば、婚約してもらおうか」
「はぁぁぁぁ!?」
二人の口から、揃って妙な声が出た。
「南の領主と東の領主に、口添えをしてもらえるかもしれん」
ハリュークはきっぱりと言った。南と東からは、それぞれ領主の縁者との縁談の打診が来ているのだという。本人たちには伝えていなかっただけで、話自体は前からあったらしい。北は既にハリュナルが婚約しているから、そちらの口添えも見込める。
「無理無理無理!」
「俺、まだ十二だぞ!?」
チェリとガンマは揃って両手を振った。
「なんでもすると言ったではないか」
「言いましたけど! 言いましたけど、そういう意味じゃなくて!」
ナハヤがほら見たことか、という顔で二人を眺めている。助け舟を出す気はないらしい。
「ダメー!」
突然、おばあさまたちの声が炸裂した。
「ダメったらダメ!」
「ダメよ、絶対に!」
「反対する」
「私が許しません!」
「そうよ!許さないわ!」
五人が長椅子の周りから一斉に立ち上がった。倒れたヴァーシャラの看病はどこへやら、全員がハリュークのほうへ詰め寄っていく。
「二人を犠牲にするくらいなら、私の個人的な伝手を使います」
「私だって人脈くらいあるわ。商会の顔が利くところがいくつも」
「弟子が何人か偉くなってるかもしれない。当たってみる」
「亡命した身なれど、こちらで縁は作ってきたつもりです」
「知り合いの騎士に聞いてみる。役所に顔が利くやつがいたはずだ」
口々にまくし立てる五人を前に、ハリュークは黙って聞いている。
「……あの孫息子にやるのは反対だわ」
長椅子の上から、ヴァーシャラまでが口を挟んだ。
「私の伝手も使いましょう。南の領主には貸しがありますからね」
部屋は一気に騒がしくなった。誰がどこに掛け合うか、どの筋が早いか。おばあさまたちの話し合いは、もう縁談のことなど忘れて先へ進んでいる。
ハリュークは深いため息をついた。
「最初からそうしてくれれば良かったのだがな」
* * *
その晩、ヴァーシャラは城に泊まることになった。おばあさまたちが押し切ったのだ。倒れた客人をこのまま帰せるものかと五人がかりで詰め寄られ、さすがのヴァーシャラも折れるほかなかった。
夜になって、チェリはヴァーシャラに呼ばれた。
部屋着に着替えたヴァーシャラは、寝台の縁に腰かけていた。結い上げていた白髪は下ろされ、昼間より幾分か小さく見える。それでも背筋は伸びたままだった。
「お加減はいかがですか」
「悪くありません。座りなさい」
チェリは差し出された椅子に腰を下ろした。
「昼間のことです」
ヴァーシャラは前置きもなく切り出した。
「あの子の魔力はあなたに結びついている。私はそう言いましたね。あれは少しばかり違います」
チェリはその言葉に息を呑んだ。




