70 竜の飼育申請 前例なき事例
翌日、一同は議事の間に集まった。
チェリたち三人と、その両親。おばあさまたち五人。そしてサジットの姿もあった。竜生学の資料を大学から取り寄せてまとめた経緯から、竜のことなら多少の心得があるだろうと、ハリュークに同席を求められたのだった。
長い卓を囲んで、めいめいが席に着く。上座にはハリューク、その傍らに秘書のナテュークが控えた。
チェリの席の傍らには、大きな籠が置いてある。シルヴァーンも連れてこられていた。籠の中から、きゅう、と小さな鳴き声がする。シルヴァーンについての話もするとのことで連れてこられていた。
開口一番、ハリュークが言った。
「大学入学の手続きは分かっている。一族から何人も入学している。そちらは問題ない。合格通知を待つまでもない」
一同を見回して、続ける。
「問題は、竜にまつわる申請だ」
ナテュークが書類を手に、後を引き取った。
「実のところ、竜を飼育した前例はほぼありません。怪我をした竜を数日ほど保護したという緊急の事例があるくらいで。前例のないことについて申請するというのも、おかしな話ではあるのですが」
書類のうえに視線を落とし、声を落とす。
「ただ、この国では竜への敵対行為が違法とされています」
その一言で、部屋の空気が少し引き締まった。
竜と敵対することは、時に凶器になる。空を飛び、竜を怒らせ、そのまま街へ突っ込ませれば、被害は計り知れない。だからこそ竜を刺激する行いは固く戒められている。竜を研究する場合でも、できるだけ竜を刺激しないよう努める必要があった。
チェリの背筋を、ひやりとしたものが走った。空を飛んで竜に襲われた、幼い日のこと。あれが一つ間違えていれば、自分もその凶器の一部になっていたのかもしれない。
「そこで」
ナテュークが顔を上げた。
「飼育が敵対行為に当たるのかどうか。これは解釈の問題ということになります」
「シルヴァーンの気持ち次第なの?」
チェリが尋ねると、ナテュークは苦笑した。
「そういうことではないよ、チェリ」
「でもお父様…」
チェリは考えながら口を開いた。
「シルヴァーンは、わたしから引き離したら寂しがるでしょう。だったら、飼育をしないほうが、竜への敵対行為になったりしない?」
「それは一理あるね」
ナハヤが頷いた。
「引き離すことのほうが、シルヴァーンにとっては辛いはずだ。飼うか飼わないかじゃなくて、シルヴァーンがどうしたいか、で考えるべきなんじゃない?」
「ほっとくとチェリを探して暴れ回るしな」
ガンマが腕を組んだ。
「そっちのほうが、よっぽど街の被害がでかいぞ」
チェリはガンマを軽く睨んだが、言っていることは間違っていなかった。
議論の向きが、少しずつ定まっていく。飼育という枠で捉えるから、敵対かどうかという話になる。そうではなく、シルヴァーンが自らの意志でチェリのそばにいる。その意志を尊重して随伴を認める。そういう立て付けであれば、敵対行為にはあたらない。むしろ引き離すことこそ、竜の意に反する行いになる。
「筋は通っている」
ハリュークが、初めて口を挟んだ。
「竜の意志を尊重した随伴。保護の延長として申請するなら、道はあるだろう」
けれど、と言葉を継ぐ。
「問題は、その竜の意志をどう示すかだ。シルヴァーンは口をきかん。そばにいたがる、離れると暴れる。それだけでは、証としては弱い」
部屋が静まった。確かにその通りだった。シルヴァーンの気持ちを、誰がどう証明できるというのか。
「魔法でなんとかならないものかしら?」
サリアがミルザに視線を向けた。おばあさまたちの中で、魔法に最も通じているのはミルザだった。
ミルザは頬杖をついたまま、気だるげに首を振った。
「あなたでも?」
サリアの問いにミルザは頷いた。
「魔力を見ることはできるけど、心を覗くのとは違う。竜が何を考えているかまでは読めない。魔力というのは、誰の魔力か、あるかないか、強いか弱いか、それだけ」
ミルザはシルヴァーンの籠のほうへ目をやった。
「そもそも、この子がチェリに懐いているのは、魔力を見れば分かる。全力で魔力を向けているからね。だがそれが本人の意志によるものかどうかは……断言できるものじゃ、ない」
魔力感知でも、竜の意志の中身までは証明できない。チェリは肩を落とした。一番頼りになりそうなミルザおばあさまが駄目なら、もう打つ手がない気がした。
「心を読む魔法はないし……いや、あったとしてもあれは竜だから多分、心の形が人とは違う。心を読んだとしても、すぐには解読できない……」
ミルザはぶつぶつと独り言を言って考え込んでいる。投げやりに見えて、ミルザなりに解決策はないかと探っているようだった。好きなものを前にすると、この人はこうなる。
やがて、ミルザは小さく息を吐いて顔を上げた。
「駄目だね。少なくとも、今日明日でどうにかなる話じゃない」
ハリュークは少しの間、黙り込んでいた。それから、低く呟いた。
「……仕方ない。彼女を呼ぶか」
「彼女?」
チェリは首をかしげた。
「いったい誰のこと?お祖父様」
おばあさまたちの何人かが、はっとしたように顔を見合わせている。心当たりがあるらしい。けれどチェリには、まるで見当がつかなかった。
「竜に通じるかどうかは分からんがな」
ハリュークは窓の外へ視線を投げて、それきり名前を口にしなかった。




