69 祝いの言葉 賑わう城
狼煙を見届けた途端、チェリの体からすっかり力が抜けた。緊張の糸が切れて、その場にへたり込みそうになる。
「な? 心配することなかったろ?」
「ガンマは心配しなさすぎだけどね」
ナハヤが横から言った。その声も、どこか安堵で緩んでいた。
おばあさまたちが一斉に押し寄せてくる。
「やったわねえ、チェリちゃん!」
「三人揃ってなんて、鼻が高いわ」
「おめでとう」
「よくやった。大したものだ」
「お祝いをしなくちゃ。ねえ、盛大に!」
口々の祝福に囲まれて、三人は揉みくちゃにされた。
その騒ぎの外で、ハリュークは涼しい顔をしていた。窓辺から離れると、三人の前に立つ。
「合格おめでとう。だが、これは入り口だ。今後も励むように」
それだけだった。淡々とした短い言葉。けれどチェリには、それで十分だった。
ナテュークが部屋に入ってきて、ハリュークに何事か耳打ちをした。仕事絡みで何かあったらしい。ハリュークは頷くと、そのまま部屋を出ていった。
ナテュークは去り際にチェリのそばへ寄った。
「おめでとう。私も狼煙を見たよ」
父はそう言って微笑むと、仕事があるので後で、とハリュークを追って部屋を出ていく。チェリはくすぐったい気持ちで、その背中を見送った。
* * *
昼近くになって、三人は教室に集まった。サジットから使用人を通して言伝があったのだ。
教室に入ると、サジットが待っていた。
「合格、おめでとうございます。私も部屋から狼煙を拝見しました」
サジットは深々と頭を下げた。それから顔を上げて、少し照れたように続けた。
「私の仕事も、これで一区切りです。次の行き先が決まったら、城を出ることになるでしょう」
次の行き先。受験専門の家庭教師であるサジットは、毎年勤め先を変えて教え続けている。この城での仕事は、三人の合格をもって終わったのだった。
「先生、ありがとうございました」
チェリが頭を下げた。ガンマとナハヤも続く。
「私は問題を解かせただけです。解いたのはあなたたちですよ」
サジットは眼鏡の奥の目を細めた。
「大学では、頑張ってください」
その言葉に、チェリの喉の奥が熱くなった。長かった受験の日々が、次々と胸に蘇ってくる。泣きそうだ、と思った瞬間だった。
「うっ……ううっ……先生えぇ……」
隣でガンマが先に泣いた。ぼろぼろと大粒の涙をこぼして、しゃくり上げている。
チェリの涙は引っ込んでしまった。
「ちょっとガンマ、私より先に泣かないでよ」
「だっでよぉ……」
「はいはい」
ナハヤが呆れた声でガンマの背中を叩いた。その目元も、少し赤かった。サジットは三人を眺めて、静かに笑っていた。
* * *
その日は夜まで、城には祝いを言う領民が絶えなかった。
天気が良かったせいだった。首都では少し高い建物に登れば、東から届いた三本の狼煙が見えたのだという。あれは合格の知らせだと噂が駆けめぐり、領民たちが次々と城へ祝いにやってきたのだった。
多くの者は花を持って現れた。それでも束になればかなりの数になる。祝いの品を置いていく者もいた。応対に立つ使用人たちはホールを行き来して、誰もが大変そうだった。
その晩の食事は、合格祝いの宴のようになった。チェリの父母も、ガンマとナハヤの両親も揃っている。食堂のあちこちには、領民が持ってきた花がこれでもかと飾られていた。
* * *
寝る前のことだった。チェリの寝支度を手伝いながら、ディラが茶化すように言った。
「明日あたり、バルコニーから手でも振ったほうがいいんじゃないですか?」
城には、首都の城前広場に向いて作られたバルコニーがある。チェリは勘弁してほしいという顔をした。
「合格しただけでこれなら、卒業して帰ったら凱旋パレードでもしなければいけないのかしら……」
「そうなったら、とびきりのドレスを選んで差し上げます」
「そうじゃなくて!」
チェリは頭を抱えた。ディラは声を立てて笑っている。
合格の通知は、一週間以内には届くらしい。それからは準備に追われることになる。寮に入るのだから、揃えるものも決めることも山ほどあった。明日はその話し合いを、お祖父様や両親とすることになっている。
「きゅいっ!」
ディラの笑い声に反応したのか、シルヴァーンが籠の中から顔を出した。シルヴァーンは以前よりも人の会話に反応するようになっている。
特に楽しそうな話題の時には積極的に会話を聞こうとしているようだとチェリは感じていた。
「シルヴァーン、あなたのことも色々と決めなきゃいけないんでしょうね」
チェリが語りかけると、シルヴァーンは何のことか分からないとばかりに首を傾げる。
「面倒くさい申請とか書類とか、ありそうだし……」
まだまだ、忙しい日々は続きそうだった。




