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06 割れる卵 生まれた子竜

 卵はチェリの腕の中でまばゆく光り、そして――割れた。


 ぱきん、という乾いた音と共に、殻に亀裂が走る。硬質な殻が、まるで内側から押し広げられるようにゆっくりと開いていった。


 「……生まれる……!」


 チェリが低くつぶやくと、他の三人も息をのんだ。


 次の瞬間、薄く透明な光の膜をまとった小さな頭が、ぬるりと殻の隙間から顔を出す。くしゃくしゃの羽根、まだ湿った鱗、閉じたままのまぶた。その姿は、想像よりずっと小さく、か細かった。


 「きゃうっ!」


 チェリの腕にすっぽり収まるほどの子竜が、かすかに鳴いた。


 「……わあ……」


 ガンマが思わず声を漏らす。ナハヤがそっと眼鏡を押し上げた。ミルザはただ黙って見つめている。


 子竜はゆっくりと目を開けた。見る者の位置によって金にも青にも見える、不思議な色の瞳だった。


 「小さい……竜だ」 

 そう口にした瞬間、チェリは自分でも不思議に思った。

 竜なのに、怖くなかった。

 しかし。


 「どうするの、これ……?」


 チェリの問いかけに、全員が黙り込んだ。


 「ひとまず、目立たない姿にする?猫とか、よくいる動物に変えちゃえばいいんじゃないかな」


 「できるの?」

 ガンマが身を乗り出す。


 「できるよ~。偽装魔法。見た目を変えるだけ」


 ミルザが軽く指を鳴らすと、魔法球が回転を速めてふわりと浮かび上がった。次の瞬間、子竜の身体がうっすらと光に包まれる――が、


 「ぎゃっ!」


 子竜が鋭く鳴いたかと思うと、魔力がばしりと弾け、ミルザの魔法を払いのけた。


 「ん……拒否された」


 魔法を弾かれた衝撃で、ミルザが片膝をつく。驚いた三人が駆け寄った。


 「大丈夫?」


 「大丈夫……気が強い子だねえ」


 子竜はチェリの腕の中で、じっとミルザを睨んでいた。


 「……名前、つけるか?」


 ガンマがぽつりと聞くと、チェリはかぶりを振った。


 「つけない。……どうせ、私が育てられるわけもないし。名前をつけたら、情が移っちゃうし」


 言いながら、少しだけ抱きしめる手に力がこもる。


 「なあ、ちょっと触っていい?」


 子竜を触りたくてそわそわしていたガンマがそっと手を伸ばしかける。だがその指先が子竜に触れかけた瞬間――


 「がうっ!」

 「いってえええ!!!」


 ガンマの手が跳ね上がった。右手の甲に小さな赤い歯形が残っている。


 「なんで、噛むっ……こいつ!」

 ガンマは涙目で噛まれた手を押さえた。

 子竜は威嚇するような目でガンマを見ている。


 「ちょっと、ガンマ!何したの!?」

 「何もしてねーよ!」


 チェリが咄嗟に子竜を庇うように抱え直すと、不思議なことに、子竜はぴたりとおとなしくなった。


 「え、なんでお前は噛まれないんだ……?」

 「私のこと親だと思ってるとか?」


 チェリが腕の中の子竜の頭を軽く撫でると、子竜は気持ちよさそうに目をつぶった。


 「ずるくない……?」

 「不可抗力ですー」


 子竜の様子をじっと見つめていたナハヤが眼鏡を押さえながら、ぼそっとつぶやいた。


 「興味深い。竜にも刷り込みが?……そんなの本にあったかな?そういえば竜の育て方って、本に載ってるのかな……」

 「育てる気か!? うん、育てたいけど! ……無理かなあ」


 ガンマがすっかりテンションを持ち直しているのを見て、チェリは苦笑した。

 

 「そりゃあ私だって、この子を育てたいけど……そんなワガママはよくないよね」


 子竜を抱いて俯くチェリの表情の変化を、ミルザは見逃さなかった。


 ミルザがふと立ち上がり、懐から数枚の紙片を取り出す。


 「んー、じゃあ、私もちょっと準備しとこうかな」


 「準備?」


 「まだ内緒」


 ぱちん。


 ミルザが指を鳴らすと、数枚の紙片は魔力を帯びてふわりと浮かび上がり、森の木を越えた高さまで昇ると、そこから一直線に城の方角へ飛んでいった。高く、遠く、風に乗って――まるで何かを知らせるように。


 チェリは、その動きを黙って見つめている。ひとしきり沈黙が落ち着くと、チェリがそっと立ち上がった。


 「……戻ろうか。私、春祭の準備もしなきゃいけないし」


 チェリは肩を落とし、見るからに気が重そうな顔になる。


 「そういえば、チェリの出番っていつものように夕方だっけ?」

 ナハヤが問う。


 「『春の姫』は、星が見える時間になったら祭を見守らないといけないっていう設定なんだってさ。夜遅くまで大変だな、雪解け水の妖精(笑)は」

 「は〜……うざっ!」

 ガンマがからかうように言うと、チェリはうんざりした顔で深く息を吐いた。


 「……てか、あれって、毎年やる意味ある? 誰も見てないでしょ。あれで春が来るとか思ってる人、いるのかなあ」


 そのとき、ナハヤが少し言いにくそうに口を開いた。


 「……あれってさ、実はお祖父様がチェリのために作った役なんだよ。おとぎ話の春の姫、“雪解け水の妖精”の役って、チェリが生まれてから急に春祭に登場したんだってさ。前は春祭にそんな役、なかったって」


 「……え!?」

チェリが素っ頓狂な声を上げた。

 「うそ。ほんとに?」


 「ほんと。だから……あれ、完全にお祖父様の、祭にかこつけた孫娘自慢みたいな……」

 「いやああああああ!!」


 ナハヤの指摘に、チェリは恥ずかしさのあまりにしゃがみ込んだ。その動きで腕から落ちそうになった子竜が手足をばたつかせる。


 「それ、もっと早く言ってよ!!」


 チェリは絶望的な顔で両手を広げる。子竜が驚いて小さく鳴いた。


 「なんで本人が知らないんだと思ったけど、こうなるから誰も言わなかったんだな……」

 ガンマが納得したような顔で呟く。


 「そりゃ言わない方がいいと思うでしょ。さすがに。これは……恥ずかしすぎる」

 ナハヤが肩をすくめた。


 三人の間に微妙な沈黙が流れる。

 チェリはしゃがんだままぷるぷると震えていたが、やがて何かを諦めたように、立ち上がって何度か大きく深呼吸をした。


 「お祖父様……どうしてくれよう……」


 チェリは怒りでどうにか羞恥心を抑え込んだようだった。

 怒りに震えたチェリが物騒なことを口走り始めたので、ナハヤとガンマは必死でなだめている。

 子竜はチェリの腕の中でくるりと丸まって、小さなあくびをした。


 その様子を見ていたミルザが、ふと何か思いついたように、目をぱちくりと瞬かせる。


 「……『春の姫』かあ」


 そうつぶやいて、右手を軽く掲げる。

 その手先で、魔法球がひとつ静かに回転を始めた。先ほどの飛行魔法の時よりも、はるかにゆるやかな動き。それでも球体の中心に淡い光が宿り、周囲の空気がわずかに揺れた。


 「あ、そうだ。これも何かに……」


 ミルザは地面に散らばっていた卵の殻の破片も拾い集めた。いくつもの破片はミルザの手から魔法球の中に静かに吸い込まれていった。

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