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05 先駆けの魔法使い 佇む卵

 ミルザのことを、チェリは「かわいいおばあちゃん」だと思っていた。


 五人のおばあさまの中でも、一番小柄。何にでも興味を持って、ふわりとした足取りでどこへでも現れる。しゃべると話題はあちこちに飛び、こちらの理解を確かめもせず専門用語を並べるので、何を言っているのか分からなくなることも多い。会話についていけている(ように見える)お祖父様は、やっぱりすごい。


 年齢は――きっとそれなりに重ねているはずだ。でも、精神的には一番若いのかもしれないと、チェリは思っている。


 「ちょっと散歩」と言って村の遺跡を見つけ、勝手に掘り始めて止められたことがある。実験と称して、高密度の魔力球を城内に大量にばらまいたこともあった。高密度の魔力球はエネルギーの塊、いわば爆弾のようなものだ。あれで誰も怪我をしなかったのは奇跡だと、父が苦笑しながら話していた。


 本人にしてみれば、どれも大事な理由があってのことかもしれない。でも、分かりやすい説明は一切してくれないので、はたから見ればただの迷惑行為にしか思えないことも多い。

 筋金入りのトラブルメイカーだけれど、魔法に対する理解力と応用力の高さは本物だった。お祖父様たちの“冒険”では、難所にぶつかったとき、誰よりも先に動いて、誰よりも素早く状況を切り開いていた。


 だから、誰よりも早くチェリの魔力の気配に気づき、そっと見に来て、そして――何も責めなかったのだろう。


 (――やっぱり、すごい人なんだなあ)

 

 魔法球に指先で触れて魔力を調整しているミルザを見ながら、チェリはそんな事を考えていた。

 

 「じゃあ、今からさくっと行ってこよっか」


 こちらを振り返ったミルザがさも当然のようにそう言い出した。

 

 「えっ、今から?」

 

 (でも春祭の後に時間が取れるか分からないし……今から行くのは悪くないかも)

 

 春祭のチェリの出番まではまだあるので、急いで行けばそれまでに帰ってこれるかもしれない。


 「じゃあそこに並んで~」

 

 チェリたちは、尖塔の窓辺に並んで立った。


 ミルザが指を弾くと、浮遊していた魔法球の回転方向が突然変わる。空気の層が一瞬きらりときらめいたように感じられた。全身が薄膜で包まれたような感覚に続いて、足元から重力がすっと抜けていく。


 ふわりと身体が宙に浮く。そして次の瞬間――風景が、一気に流れ出した。


「……ちょっ、空を飛んだら、竜が!!」

チェリは、幼い頃にこの尖塔の窓から空を飛んで、竜に襲われたことを思い出していた。


「きゃああああ!」


 目にも留まらぬ速度で塔から空へと射出され、森の上を真っすぐに滑るように飛んでいく。あまりの速度に景色が色の帯に変わる。鳥すら振り返る暇もない速さだった。


「飛ぶよりも速いから、大丈夫だよ。見えなければ、襲われない」


 ミルザが言うように、それはもはや飛ぶというより“瞬間移動”に近かった。


 チェリたちは身を強張らせたが、なぜか身体には何も負担がなかった。風圧も、揺れも、重力も感じない。ただ、浮かんでいるという感覚だけがあり、いつの間にか城が後ろへ遠ざかる。


「……すごい」


 思わず漏れたナハヤの声は、風にかき消されたが、全員の気持ちを代弁していた。


 ほんの何秒かで、領主の城から森の奥深く――あの竜の卵の眠る場所に、四人はすでに降り立っていた。

 

 ふわりと足が地面に触れた感覚とともに、不可視の術が解かれる。光の粒が舞うように、視界が明るくなる。三人が無事であることを確認し、チェリは息を吐いた。


 「全然、魔力が乱れてない……!」


 チェリは内心、震えるような感動を覚えた。

 この移動速度で、魔力を乱さず、周囲と調和させるなんて――。どれほど高度な感覚と制御技術が必要なのか、想像もつかない。

 普通、姿を不可視化するには魔力の気配を完全に消す。だがそれは魔力感知に長けた者にとっては「違和感」になる。あまりに不自然な無を生むため、逆に目立ってしまうのだ。

 だがミルザの術は魔力を綺麗に拡散させ、風や陽光の揺らぎと完全に調和させていた。

 なんという繊細な魔力コントロールだろう。

 魔力の痕跡も見えないから、そういう意味でも竜に見つかることはないだろう。


 「はーい、到着!」


 ミルザは軽い口調で言いながら、片手をひらひらと振って見せた。

 その姿に、ガンマがぽつりとつぶやいた。


 「……ミルザおばあさま、やっぱり規格外すぎる」


 ナハヤが無言でうなずき、チェリは思わず笑った。

 

 「これかあ」

 

 岩の陰をミルザとチェリが並んでそっとのぞき込むと、あの時のまま、竜の卵があった。まるで時間が止まっていたかのように、静かに、ひんやりとした存在感をたたえている。


 突然ミルザがくるりと身を翻し、卵のそばの木の枝にくくりつけられている薄布――チェリが魔力で印をつけたハンカチをつまみ上げた。


 「これは……チェリの魔力、しっかり染み込んでるねえ」


 苦笑まじりに呟き、手のひらで軽く撫でるように触れると、ハンカチはぱらりと花びらのようにほどけて霧散した。


 続けて、ミルザは地面に両手をかざし、周囲の魔力の流れに集中する。風の通り道、木や草の葉先、岩の温度。そこに人の魔力が滲まぬよう、乱れぬよう、さざ波のようにやさしく整えていく。


 「ふう……これでここが怪しまれることはないはず」


 ミルザが立ち上がり、手を払うと同時に、チェリが問いかけた。


 「……卵、このままにしておくのがいいのかな?」


 「でも、また誰かに見つかるかもしれないし、何より、孵ったらどうなるんだろ」


 ガンマが言いかけたその時だった。


 ぴ、と何かが割れるような音がした。


 次の瞬間、卵の表面がぼんやりと光を帯び、仄かな脈動を始めたかと思うと――まばゆい光を放ち始めた。


 「えっ……!」

 

 チェリたちは咄嗟に両腕で閃光から目をかばう。

 卵の一番近くにいたチェリは目をかばいながら、たまらずしゃがんだ。

 そこをめがけて、岩のすき間から、卵がぽん、と跳ねるように飛び出してきた。


 「チェリっ!」


 ナハヤとガンマの声を聞く間もなく、チェリの腕が自然と伸びていた。


 ぽすん。


 思わず抱きとめてしまったその感触は、冷たくて、重たくて、それでいて、どこか温かい。


 チェリは息をのんだ。


 その卵は、まるで――自分で彼女を選んで飛び込んできたかのようだった。


 ぱきん、と乾いた音が響いた。

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