04 三人の秘密 四人の秘密
尖塔の最上階の開いた窓辺、チェリはひらひらと手のひらに収まるくらいの紙片を外に向けて飛ばしていた。
魔力を込めた二枚の紙のかけらは、空気を滑るように飛び、塔の窓から外へと消えていく。
しばらくして、階段を駆け上がる二人の足音が響いた。
「よっ!何かあったのか?」
「まったく……気軽に呼び出すんだから」
ガンマとナハヤがほぼ同時に顔を出した。チェリは窓辺に立ったまま、ふたりに向き直る。
「来てくれてありがと。……ちょっと、話したいことがある」
部屋の真ん中に置かれた古い長机に、三人が囲むように座った。ガンマが口火を切る。
「やっぱり、“卵”のことだよな?」
「……うん。お祖父様に、バレてるかもしれない」
静かな一言に、空気がぴんと張り詰める。
「はーっ……」
ガンマがぽりぽりと頬をかいた。
「さすがお祖父様だな」
「こんなに速く感づくなんて、さすがすぎる」
二人とも深く感心している。
チェリはそんなこと感心しなくていいからとばかりに続けて言った。
「どうなるのかな、あの卵。回収されて、研究所に送られるとか……?」
「自然に帰せって言われるかもな。そもそも、竜を連れ帰って飼う…とかは禁止されてるんだっけ」
ガンマがそう言うと、ナハヤが本を開きながら口を挟む。
「だって、人を襲うこともある危険な種だからね」
「空を飛ぶと襲ってくるもんな」
ガンマは、わざとらしくチェリの方を見ながら言った。
チェリは、うっとうしいという顔でガンマを睨み返した。
「魔力も強いし、体も大きくなるし、暴れ出したら止められないから、普通は飼うとかは無理だよ。でも」
一呼吸だけ置いて、ナハヤは続けた。
「学術目的や保護の飼育なら、例外はあったって記録にある。怪我をした竜が元気になるまで保護する、とかね。ただ、ぼくたちには竜の世話なんかはさせてもらえないと思うけど。子供だし」
チェリは黙ったまま、腕を組んだ。
「じゃあ、やっぱり、卵は誰かに引き渡されて、おしまいってこと?」
「うーん……チェリはお祖父様のお気に入りだし、頼めば何とかなるんじゃないか?」
ガンマの軽口に、チェリは顔をしかめる。
「お気に入りって、そこまでじゃないってば」
「いや、誰が見たってそうだろ。お祖父様の血族で唯一の女の子だし、なんてったって領主の城に住むことを許されてるのは特別扱いじゃん」
ナハヤも無言でうなずく。
ハリュークの子供は十四人、孫は四十八人もいるが、チェリ以外は全員男子。血族で唯一の女子であるチェリは、生まれたその時からハリュークに優遇されているとしか思えない逸話がいくつも残っている。あの英雄も孫娘に牙を抜かれてしまったかと言われているくらいだ。
ガンマがちらりとナハヤを見て、肩をすくめる。
「うちの親も、チェリと遊ぶのはいいけど絶対怪我はさせるなってうるさいからな。特にナハヤの親は――」
言いかけたガンマの言葉を、ナハヤが急いで遮った。
「……それはいいから」
「あー、悪い悪い。でも、まあ、そういうことだよ。みんなめっちゃチェリのこと気にしてんの」
チェリは複雑な表情で二人を見た。チェリとの仲がぎこちない他の従兄弟たちは親から何か言い含められているに違いない。
少なくとも、ナハヤとガンマはそんなことを気にせずに付き合ってくれているように感じられるのはすごくありがたいな、とチェリは思った。
「でも、お祖父様にお願いしても、結局大人が介入して、保護するなり自然に返すなりすることになると思うよ」
ナハヤは窓の外、卵を見つけた森の方角の方を見つめながら、ぽつりとこぼした。
そのとき、軽やかな足音が階段の奥から近づいてきた。三人がはっとして振り向くと、ふわりとした影が現れる。
「やっ!ひさし……さっきぶり!」
魔法に長けたおばあさま、ミルザだった。
風に揺れる髪を撫でるように、彼女の周りには小さな魔力球がふわふわと漂っている。
「紙、飛ばしてたね。気になって見に来た」
ミルザは飄々とした口調で言いながら、部屋の様子をぐるりと眺めた。
「三人でなんか企んでるのかと思ったけど……」
チェリはやや身をこわばらせる。
「べ、別に、そういうんじゃ……!」
ミルザはふうん、とだけ言い、窓の外をのぞき込む。
卵を見つけた森の方角を見つめているので、チェリたちには緊張が走っている。
「……あれでしょ?」
ミルザは、ごく自然な調子で指をさした。あの森の、卵のある方角だ。
三人は一瞬、呼吸を忘れたように固まった。
「……な、なにが?」
チェリが慌てて取り繕うように問い返す。
ガンマも首を傾げて見せ、ナハヤは本を手に持ち直すふりをした。
けれど、ミルザは動じなかった。
「竜の卵」
その一言は、真っ直ぐだった。
冗談めかした調子もなければ、責めるような響きもない。ただ、事実を述べただけの声音。
「……っ!」
チェリは、言葉を失った。
ごまかしようのない的確さに、視線を伏せるしかない。
ミルザはそんなチェリの表情を見て、少しだけ眉を上げた。
「やっぱり」
何も言えなくなった三人だったが ガンマが最初に口を開く。
「怒る? それとも、黙ってお祖父様に報告する……?」
「しないよ、別に」
ミルザはさらりと言った。
「……でも、お祖父様は――」
「たぶん、竜の卵だとは気付いてないと思うよ」
「えっ」
「まー、私は見なくても分かっちゃったけどね」
ふふんとミルザが誇らしげに胸を張る。
チェリたち三人はそれを見て、この人は大人げないな〜という視線を送った。
「今は春祭で忙しいから、それが終わったら確かめに行くだろうね。その時にバレるかな」
ミルザはそう言ってから、一瞬考え込むような顔をしてぽつりと呟く。
「ハリューは、どうしてか竜にだけは手を出さなかったんだよねえ……」
その言葉に、三人は目を見開いた。
「え……そうなの?」
確かに、あのときも竜を威圧して追い払っただけで、それ以上の手出しはしなかった。
チェリはあのハリュークの苦い表情を思い出していた。
あんな顔をしていたのは、竜に関わりたくなかったからなのだろうか。
「ダンジョン攻略とか、魔物禍には率先して介入してたし、政治も、人助けも、できることはみんなやってたけど……竜にだけは手を出さなかった。他人がやってる竜の研究をやめさせるとかはしないけどね」
ミルザは窓辺に腰を下ろしている。風がその淡い髪を揺らすたび、ミルザの周りに浮かんでいる魔力球がきらりと光る。
「理由は聞いたことないけど、何か竜に対して信念があるみたいだった。竜には絶対に関わらないように決めているみたいな……もし竜の卵を見つけたとしたら、手元から離そうとするんじゃないかなあ……」
しばらくは窓の外を見つめて昔を思い出すように語っていたミルザだが、突然三人の方に向き直った。
「まあ、別に私はそんな信念を持ってるわけじゃないからね」
ミルザはくつくつと笑った。
「だから、手伝えることがあったら手伝ってもいいよ。ハリューから隠したいなら、隠してあげてもいい」
秘密が四人のものになった瞬間だった。




