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67 変装の外出 支える人の輪

 参考書は朝のうちにディラが古書店の露店へ持ち込み、無事に買い取られた。書き込みの多さが評価されて、思ったよりいい値がついたという。


 チェリは手の中の硬貨を見下ろした。売るつもりで出したわけではないから、この代金の使い道に困ってしまった。三人で話し合った結果、露店で食べ物を買って、問題用紙の買取をしているサジットへの差し入れに使おうということになった。


 問題は、チェリが祭の人混みに出ることだった。


「これをどうぞ。ハリューク様から預かってまいりました」


 ディラが小さな飾りを差し出した。輝く小さな石を連ねて花の形を模した作りで、一見ただの装身具に見えるが、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。


「隠匿のアミュレットというそうです。魔法の効果で視線がこのアミュレットに行って、顔の印象が目立たなくなるそうですが」


「……なんかそれ、悪いことに使えそうじゃない?」


「今は製作禁止だそうです。所持は違法ではないそうですが」


「ガチでまずいやつだった」


 チェリは半眼になった。そういう代物を孫に平然と持たせてくるあたりが、お祖父様だった。とはいえ使わない手はない。チェリは厚手の帽子を深めに被り、その飾りとしてアミュレットを頭につけた。冬の外出だから、帽子は少しも不自然ではなかった。


「どう?」


 振り向くと、ガンマが目を見開いた。


「うおお、なんかすげえ!」


 光を反射しているわけでもないのに、アミュレットは時々キラリと光って見えるらしい。ついそちらに目が行ってしまい顔の方を見ることがないのだという。


「理屈は分かってても、なんか……視線が誘導されて、不快」

 ナハヤは手で眼鏡を押さえて、眉を寄せた。


 二人も帽子を被って軽く変装を済ませる。付き添いのタウラは普段着風の装いだった。武器はどこかに隠し持っているはずだが、外からは分からない。護衛というより、年の離れた姉が三人を連れて歩いているようにしか見えなかった。


 * * *


 祭の通りは賑わっていた。


 食べ物の露店からは湯気と匂いが流れてくる。タウラが慣れた様子で買いに行き、串に刺した肉の炙り焼きと、焼き立ての甘い揚げ菓子の包みを抱えて戻ってきた。冬の冷えた空気の中で、湯気がひときわ白く立ち上っていた。


「はい、落とさないでくださいね」


 タウラは護衛の顔をどこかへ置いてきたかのように、屈託なく笑った。それでいて立ち位置はいつも三人を庇える場所から動かない。


 サジットを探して歩いていると、すれ違った若い男たちの話し声が耳に入った。


「やっぱり相場より高いぞ」


「マジかよ。宿に帰って取ってくる」


 男たちが来た方向へ進むと、果たしてサジットがいた。露店の一角で受験生とおぼしき相手と話し込み、紙の束を受け取って代金を渡している。


「えっ、こんなに?」


「目的の科目が揃っていましたし、オマケですよ」


「あざっす!」


 気前のいい買取が噂になっているのか、サジットの前には何人か列ができていた。並んでいる顔ぶれには見覚えがあった。授与の儀で徽章を受け取っていた受験生たちだ。


「先生、派手にやってんな……」


 ガンマが呆れ半分感心半分の声を漏らした。


 列が途切れた頃合いを見計らって、チェリたちは歩み寄った。帽子を脱いで声をかけると、サジットは目を丸くし、それから差し入れの包みに顔をほころばせた。


「わざわざありがとうございます。いやあ、大収穫です」


 サジットの傍らには買い集めた問題用紙が積み上がっていた。ほくほくという音が聞こえてきそうな顔だった。


「よくこんなに受験生を集められましたね」


「お城で家庭教師をしている時に、出入りしていた学務官の方と面識がありまして。受験生を何人か紹介していただいたんです」


「がくむかん?」


 サジットが視線を向けた先に、一人の男性が立っていた。受験生たちと親しげに言葉を交わしている。年の頃は二十代の後半くらいだろうか。飾り気のない身なりで、受験生たちの輪に自然に溶け込んでいた。


 受験旅行の差配役。平民の受験生が領主の補助で旅費や宿泊費をもらい、中央領まで受験しに行く旅を受験旅行と呼ぶ。その旅を引率して差配するのが「学務官」だった。彼は平民の元受験生で、大学を出た後にハリュークの元で働くことを選んだのだという。


 受験の経験者が同行してくれる。それがどれほど心強いか、旅を終えたばかりのチェリには分かる気がした。試験の心得も、慣れない土地での過ごし方も、同じ道を通った人から聞ける。学務官は今も受験生の一人に何か問われて、笑いながら答えていた。受験生たちの表情に、緊張の色はなかった。


 かつての受験生が、今の受験生を支えている。そういう輪が、お祖父様の政策の中で回っているのだった。


 チェリはまだ湯気の立つ揚げ菓子を一口かじった。


 お祖父様のことを、もっと、ほんの少しだけでも見直してもいいかもしれない。そう思った。


 * * *


 学志祭は成功のうちに幕を閉じた。


 しかし冬はまだ長い。西の領民は竜の訪れと春祭を待ちながら、残りの季節を過ごしていく。


 そしてその前に、合格発表がある。試験からひと月後。あと半月ほどに迫っていた。

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