66 学志祭 徽章の授与
受験生を労うという祭の数日前のことだった。ディラが一枚の書類を手に部屋へやってきた。
「祭の名前が決まったそうですよ。学志祭、というらしいです」
チェリたち三人は書類を覗き込んだ。学びの志を讃える祭。受験を終えた者たちを労うという趣旨が、名前にそのまま込められていた。開催は領主の補助を受けた平民の受験生たちが首都へ帰り着く日に合わせるとある。
「戻って来るのが随分遅いんだな」
ガンマが首をひねった。試験が終わってもう半月近くになる。
「乗り合い馬車の出発のタイミングがあるからだよ。貴族みたいに自前の馬車を持ってるわけじゃないから」
「乗り合い馬車? って、どういう馬車だ」
「不特定多数の客を乗せる、出発時間と寄る所が決まってる馬車」
「詳しいな」
「家出して乗ろうと思ったことがあるからね」
「何があったんだよ……」
ガンマは怖いものを見るような目でナハヤを見た。ナハヤは平然としている。チェリもガンマも、ナハヤの母親の強烈さは知っていた。だからそれ以上は誰も聞かなかった。
「祭ですから、露店も出るみたいです。食べ物だけじゃなくて、本や学用品の中古買取の露店も出るとか」
ディラが書類の続きを示した。
「中古?」
「本は高いですからね。うちの弟も受験の参考書は古本屋で手に入れてました。参考書は書き込みがあるほうが高く売れるとかで、手に入れた時より高く売れたって喜んでましたよ」
ディラはなんだか誇らしそうに言った。弟が、それだけ書き込むほど勉強したということが、誇らしいのだろう。チェリは宿に訪ねてきたフィウクスの顔を思い出していた。
「あ、じゃあわたしたちの使ってた参考書とかも出せるんじゃない?」
「売りたいのか?」
「そうじゃなくて、もう使わないんだし、誰かの役に立てばいいと思って」
「チェリ様が直接売りに行ったら、きっと騒ぎになりますよ」
ディラの言葉に、チェリは露店の前に人だかりができる光景を想像して顔を引きつらせた。
「私が代わりに売りに行きます」
「そうだね。それがいい」
チェリはほっとした。すると、ナハヤが横から口を挟んだ。
「でも、受験に関しての本は全部授業でサジット先生から貰ったものだから、一応先生に売っていいか聞いたほうがいいんじゃない?」
* * *
「というわけで、聞きに来ました」
三人が事情を話すと、サジットは目を輝かせた。
「売るのは別に構いませんが……というか祭では、私も買取をしてもいいということですか……?」
「えーと、個人が売買してはいけないという決まりは、特にないみたいです」
チェリはディラから渡された祭の書類をめくりながら答えた。運営に関わる名前の中に、サリアおばあさまの名前を見つける。商人気質のあの人が、露店の仕組みに噛んでいないはずがなかった。やはり、と納得する。
「当日、祭の運営本部に届出をすれば許可証が出るみたいです。先生は何を買い取るんですか?」
「受験生から今回の入試の問題用紙を買うんです! あなたたちが受けていない学科の試験もありましたからね。答えの書き込みがあれば、解答の傾向も分かる……試験問題は私にとって、お宝です」
サジットはうっとりとしていた。三人は呆れ顔になった。三人の持ち帰った問題用紙は全てサジットに渡している。その時も大喜びだった。
「毎年恒例のお祭になったら、毎年この時期は首都に来なくては!」
サジットは心の底から祭を楽しみにしていた。
* * *
そして、祭の日。
祭は午前の式典から始まった。首都に集った受験生たちに、ハリュークから直々に一人一人へ記念の徽章が渡される授与の儀がある。
呼ばれる順は名の文字順だった。身分による前後はない。渡される徽章にも、一切の違いはなかった。銀色の小さな徽章が、平民にも貴族にも、同じ手から同じように授けられていく。
チェリたち三人も、列の中にいた。
ガンマが呼ばれると、会場から大きな拍手が起きた。ナハヤの時も同じだった。そしてチェリの番になると、拍手に混じってひときわ大きな歓声まで上がった。チェリは顔が熱くなるのをこらえながら徽章を受け取り、足早に列へ戻った。壇上のハリュークは、何事もなかったかのように次の名を呼ばせている。
* * *
式典が終わると、チェリたち三人は祭の運営本部の裏手にある一角へ通された。
幕で仕切られた特別な休憩場所だった。チェリが普通に祭の中にいると騒ぎになる。そう考えた祭の世話役が設けたもので、用がない時はここにいなさいと言われていた。
椅子に腰を下ろして、チェリは幕の向こうの賑わいに耳を澄ませた。祭は、これから本番なのだろう。露店も開き始めているはずだった。回ってみたい。けれど、さっきの歓声を思い出すと足がすくむ。自分が出ていくことで、祭の邪魔になりはしないだろうか。
そんなことを考えていると、幕の向こう、運営本部のほうで何やら騒がしい声が上がった。
しばらくして、様子を見に行っていたガンマが戻ってきた。
「なんか、文句をつけに来た貴族がいたらしいぞ。式典の順番のことで」
「順番?」
「一番最初に呼ばれたのが平民だったのが気に入らなかったみたいだな。うちの子が最初のはずだった、とかなんとか」
ナハヤが少し考えて、ああ、と声を漏らした。
「あの家の子か。貴族を先にする並べ方なら一番に呼ばれてただろうね」
「それで、どうなったの?」
「相手にされてなかった」
ガンマが肩をすくめた。
「ハリュークの孫三人が何も言わずに名前順を受け入れてるのに、何を言ってるんだ、って」
そしてこの祭の主催がハリュークであると伝えると、その貴族は焦った顔をしてすぐに引き下がったということだった。
チェリは受け取ったばかりの徽章を見下ろした。
自分たちは何もしていない。ただ呼ばれた順に受け取っただけだ。けれどそれが、誰かの文句を封じる盾になっていた。
もしかして、お祖父様は最初からこれを見越して、前例を作ろうとしたのだろうか。
考えて、チェリは小さく首を振った。いくらなんでも、考えすぎか、と思った。




