64 自己採点と合格 籠のアミュレット
チェリが教室に戻ると、ガンマとナハヤが待ちかねたように声をかけてきた。
「で、どうだったんだ」
チェリはハリュークから聞いた話を二人に伝えた。アリエの封書のことは伏せて、もう一つの用件――受験を終えた者たちを労う祭をお祖父様が開くつもりだということを。
「祭……?」
ガンマはきょとんとした。
「もしこれで落ちてたら、とんだ恥じゃない」
チェリが眉根を寄せて言った。
「サジット先生は合格してるって言ってたよ」
ナハヤがこともなげに言う。チェリは目を丸くして聞き返した。
「なんで分かるの?」
「先生によると、だけどね」
ナハヤがサジットから聞いた話を語った。
それぞれの受験科目の答案には作り手ごとの癖があるのだという。問題の組み立て方、出題の傾向。サジットはそうしたパターンを自分なりに番号で振り分けて頭に入れていて、試験問題を見ただけで今回はどの傾向の出題か言い当てられるらしい。誰が作ったのかまでは分からないが、傾向ごとに「これは一番、これは二番」と管理しているのだという。
「で、今回はちゃんと平均点を抑えにきている作り手が多かったらしくて。例年そういう年の合格ラインがどのあたりに来るかは先生は把握してる。それと僕らの手応えを照らせば、まず受かってるだろう、って」
「……とんでもない大学試験問題マニアだな」
ガンマが呆れたように呟いた。チェリも同感だった。けれど不思議と、嫌な気はしなかった。
「先生は、試験のことになると謎の信頼感があるよね」
「だな。みんな合格してるらしいんなら、もう信じるしかない」
三人は顔を見合わせて肩をすくめた。サジットがそう言うなら、きっとそうなのだろう。実際の試験問題を思い出してみると、あの人の試験についての見立ては恐ろしいほど正確だった。
合格していると思えば、多少は気が楽になる。けれど、とチェリは思う。受かっているかいないかに関係なく、祭に引っ張り出されるのもまた確実なのだ。特設の舞台のようなものに立たされて、姫様姫様と囲まれる自分の姿がありありと目に浮かんだ。それはやはり気が重かった。
* * *
サジットとの答え合わせを終え、執務室にも呼ばれ、すべてが片付いた頃にはもう日が傾いていた。チェリは疲れた足を引きずって自分の部屋へと戻った。
扉を開けるとディラがいた。ベッドの横に大きな籠を据え付けている。
「あれ、その籠……」
チェリは目をみはった。旅で使っていたものとは違う。それよりさらに一回り大きな見覚えのない籠だった。
「新しいものですよ。シルヴァーンももうずいぶん大きくなりましたから」
ディラが手を止めて振り向いた。
「道中で脱皮なさったことをタウラ様がご報告されたそうで。それを聞いたハリューク様が手配してくださったんです」
「……またお祖父様か」
チェリは小さく呟いた。竜には関わろうとしないくせに、こういう手回しだけは、いつの間にか済ませている。その律儀さが、なんだか彼らしかった。
ディラは籠に向き直り、何かを取り付けている最中だった。チェリが近づいて覗き込むと、それは魔法封じのアミュレットだった。ハリュナルが買ってくれたものだ。旅の籠から外して新しい籠の持ち手へ付け替えているところらしい。
シルヴァーンは少し離れてその様子をじっと見ていた。ディラの手元を不思議そうに目で追っている。
「本当は、首にかけるのがいちばんいいらしいんですけどね」
ディラが付け替えの手を動かしながら言った。
チェリはふとアミュレットに手を伸ばした。ディラから受け取り、手のひらに乗せる。小さな石のついた、簡素な作りだった。これをシルヴァーンの首にかけられたら籠に頼らずとも魔法を抑えられる。
チェリはそれをシルヴァーンの首に近づけた。
「あ、チェリ様。それは……」
ディラが慌てて止めようとした。
「ハリュナル様がつけようとなさったときもシルヴァーンはそれはもう嫌がって。逃げ回ってしまって結局つけられなかったんです」
「でも、一回やってみる」
チェリは構わず、シルヴァーンの首元にアミュレットを回した。シルヴァーンは身じろぎ一つしない。むしろチェリの手に自分から首を擦り寄せてくる。チェリはそのままするりとアミュレットをかけてやった。
ディラがぽかんと口を開けた。
「……あら。やっぱりハリュナル様は、嫌われていらっしゃるのかしら」
「私が好かれてるって、考えないの?」
チェリが笑うと、ディラも噴き出した。
「ああ、確かに。そういえば、さっき私がアミュレットを手にしたときもシルヴァーンは少し警戒していましたし。やっぱりチェリ様は特別なんですね」
二人は顔を見合わせて笑い合った。シルヴァーンは首にかかったアミュレットを気にする様子もなく、籠の中で落ち着いている。
* * *
その晩の夕食はいつもどおりのものだった。
とはいえチェリたち三人に加え、おばあさまたち、それぞれの両親まで揃っているのだから、普段よりはずっと賑やかだった。おばあさまたちはいつにも増して楽しそうだった。明日の食事会のことや土産の話や留守の間の出来事を口々に語り合っている。チェリは料理を口に運びながらその賑わいを心地よく聞いていた。
長い旅だった。城を出て、試験を受けて、いろいろなことがあって、こうして帰ってきた。当たり前の食卓が今夜はやけに温かく感じられた。
その夜、チェリは早めに床についた。
久しぶりの自分のベッドだった。柔らかな寝具に身を沈めると、旅の疲れが一気にほどけていく。チェリは深い眠りに落ちた。
シルヴァーンのほうがもっと安心していたのかもしれない。チェリよりさらに早く、籠の中ですやすやと寝息を立てていた。




