63 封書の内容 明かされない秘密
執務室に通されると、チェリを連れてきたナテュークは一礼して下がっていった。扉が閉まり、部屋にはハリュークとチェリだけが残された。
机の上には畳まれた便箋が置かれている。アリエからの手紙だった。
「アリエの封書を読んだ」
ハリュークが口を開いた。
「お前の身を危険に晒したことへの詫びと、それから――蒼眼の竜は、もう間もなく壊滅する。そう書いてあった」
チェリは息を呑んだ。教団が壊滅する。アリエが言っていた「教団を潰す」という言葉が本当に動き出しているのだ。
「真偽は分からん。鵜呑みにはできん。こちらでも調べさせる」
ハリュークは便箋に目を落としたまま続けた。チェリは少し迷ってから口を開いた。
「アリエは……教団から抜けたと言っていました。シルヴァーンに噛まれて、目が覚めたみたいに」
その言葉に、ハリュークの視線が動いた。
「なるほど。そういうことか」
低く呟く。何かに得心したような声だった。けれどそれが何を意味するのかチェリには分からない。ハリュークはそれ以上説明しようとしなかった。
「……意味が分かりません」
チェリは思わず言った。
「シルヴァーンに、何かがあるんですか。……いえ」
言いかけて、チェリは言葉を継ぎ直した。胸の奥でずっと引っかかっていたものがある。
「……お祖父様に何かがあるんですか」
ハリュークは、しばらく黙っていた。
「そうだ」
短く認めた。
「だが、教えるのは今ではない」
チェリの中で何かがぐっとせり上がってきた。
「お祖父様は、いつもそうです。いつも肝心なことは何も教えてくれません」
訴える声が、わずかに震えた。
「言っただけで理解できるのなら、いいのだがな」
ハリュークは静かに言った。その顔を見てチェリは動きを止めた。
悲しそうな顔をしていた。
その表情にチェリは覚えがあった。幼い頃、竜に襲われたあの日。駆けつけて自分を庇ったお祖父様がまさにこんな顔をしていた。あの時と同じだった。
何も言えなくなった。問い詰める気持ちが行き場をなくしてしぼんでいく。気まずい沈黙が二人の間に落ちた。
その沈黙を破ったのはハリュークのほうだった。
「呼んだのは、アリエの封書の話だけではない」
話題を変えるようにハリュークは姿勢を戻した。
「明日は食事会だが、その数日後に、もう一つ催しを開く」
「催し……?」
「受験を終えた者たちを労う会だ。パーティ――いや、祭と言ったほうが近いかもしれん。規模としてはな」
チェリの顔が、わずかに引きつった。
「西領地から毎年多くの者が受験に挑んでいる。彼らを労う催しとして、ゆくゆくは毎年の祭りにしてゆこうと思っている」
祭り。その響きにチェリは嫌な予感しかしなかった。そういう場に自分が引っ張り出されないはずがない。また姫様姫様と取り囲まれ、人前に立たされるのだ。想像しただけで気が遠くなりそうだった。
「前々から受験を終えた者たちに何かしてやりたいと思っていた」
ハリュークがそう言うと、チェリは反論の言葉を失った。受験生のため。そう言われてしまえば否定しづらい。試験を終えてきたばかりの自分がそれを無下にできるはずもなかった。
「……お祖父様は、いつも私にかこつけて、イベントを増やすんですから」
チェリは恨めしげに呟いた。ハリュークは何も言わず、ただ口の端をわずかに動かしただけだった。
話が一段落して、チェリは退室しようと立ち上がった。けれどふと足を止める。忘れていたことがあった。
「お祖父様。あの……これを」
チェリは懐から小さな包みを取り出した。こっそりと買っておいた土産だった。包みを解くと手のひらに乗るほどの竜の置物が現れる。白木を彫って作られたものでなめらかな木肌に美しい木目が走っていた。
「中央領にしかない木だそうです。木目が綺麗だから彫り物によく使われるって」
チェリはそれを机に置いた。白い竜は翼を畳んで丸くなっている。どことなくシルヴァーンに似ている気がした。買ったときから、そう思っていた。
「なぜ、私にこれを」
ハリュークが置物を見つめて言った。
「お祖父様に、竜を好きになってほしくて」
チェリは正直に答えた。お祖父様は竜に関わろうとしない。竜と距離を置き続けている。けれどこんな小さな置物の竜くらいなら、そばに置いてくれるかもしれない。そんな気持ちだった。
ハリュークはしばらく置物を眺めていた。それからぽつりと言った。
「竜のほうが、私を嫌うのだがな」
チェリはきょとんとした。竜のほうがお祖父様を嫌う。シルヴァーンがお祖父様を避けるのは確かにそうだ。けれどそれを当のお祖父様がこんなふうに言うとは思わなかった。
その言い方がなんだかおかしかった。チェリは思わず、ふっと笑った。
ハリュークは竜の置物を手に取ると、机の隅にそっと置き直した。




