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62 帰城の歓迎 封書の行方

 城に着いたのは、昼下がりのことだった。


 馬車が門をくぐると、中庭には大勢の人が出迎えに並んでいた。父と母はもちろん、ガンマの両親も、ナハヤの両親も来ている。それぞれの家から城へ駆けつけたのだろう。

 おばあさまたち五人も揃っていた。その後ろには、手の空いた使用人たちまでが顔を並べている。


「お帰りなさい!」


 馬車から降りたチェリたちを、歓声が包んだ。


「ご無事で何よりです」


「よく頑張ったわねえ」


 母が駆け寄ってチェリを抱きしめる。リッテおばあさまが涙ぐみ、サリアおばあさまが土産の馬車を見て目を輝かせていた。


「そ、そんな、大ごとじゃないってば、まだ結果は出てないんだし……」


「チェリちゃんならできてるでしょ〜?」


 母の言葉にチェリは照れて身をよじった。ガンマも頭をかいて笑い、ナハヤは珍しく頬を赤らめている。ただ試験を受けに行って帰ってきただけなのに、まるで凱旋でもしたかのような騒ぎだった。


 人垣の奥から、ゆっくりと一人の男が歩み出てきた。


 ハリュークだった。


 その姿を認めて、ざわめいていた中庭が、わずかに静まる。ハリュークは三人の前に立つと、低い声で言った。


「よく戻った。長旅、大儀であった」


「……ただいま戻りました、お祖父様」


 チェリが頭を下げる。ハリュークは三人を順に見て、小さく頷いた。


「今日はゆっくり休め。明日、ささやかな食事会を開く。出発のときほどではないがな」


 そう言い残して、ハリュークは身を翻した。


 ささやかな、と言うわりに、おばあさまたちの間ではあれこれと食事会の段取りについての会話が始まっている。チェリは心の中で、ため息をついた。出発の晩餐会だって相当なものだったのだ。明日もきっと、盛大になるに違いなかった。


 * * *


 ハリュークは、出迎えを終えるとすぐに執務室へ戻った。

 ほどなくして扉が叩かれ、タウラが入ってきた。手には一通の封書がある。城に着いて早々、彼女はそれを届けに来たのだった。


 ハリュークはタウラの姿を見るなり、側にいた秘書のナテュークを部屋の外へ下がらせた。退出するナテュークに頭を下げたタウラは、部屋の扉が閉まるのを確認して頭を上げる。


「ハリューク様。アリエ殿より、お預かりしてまいりました」


 タウラは封書を机に置いた。


「一応、確認いたしました。魔法的な仕掛けは、ございません」


「そんなものがあっても、どうせ効果はない」


 ハリュークは封書に手を伸ばしながら、ぼそりと呟いた。


 タウラの動きが、一瞬止まった。


「……魔法に対する防御を、常時発動しておられるのですか」


「そうだ」


 短い答えだった。ハリュークはそれ以上、何も言わない。


 防御の魔法を絶え間なく展開し続けるなど、並の術者にできることではない。眠っている間も、気を抜いた瞬間も、途切れさせずに保ち続ける。それを当然のことのように言ってのける男を前に、タウラはただ一礼するにとどめた。


 ハリュークは封を切り、便箋を取り出した。


 部屋に、紙の擦れる音だけが響く。文面を追うハリュークの顔は、しばらく動かなかった。


 やがて、その眉根が、わずかに上がった。それだけだった。驚くでも、怒るでもない。ただ片方の眉が、ほんの少し持ち上がっただけ。


 ハリュークは便箋を畳むと机の上に置いた。


「ナテュークを」


 タウラが扉の外へ声をかけると、先ほど下がったばかりのナテュークがすぐに戻ってきた。


「お呼びでしょうか」


 ハリュークは畳んだ便箋に視線を落としたまま言った。


「チェリを、ここへ。話がある」


 ナテュークは一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、結局は黙って頭を下げた。


「かしこまりました」


 * * *


 その頃チェリたち三人は、城の教室にいた。


 帰城の挨拶もそこそこに、サジットのもとへ入試の報告に来ていたのだ。サジットは三人が書き写してきた問題用紙を食い入るように眺め、書き込まれた解答を聞き取ってはその場で丸をつけたり首を傾げたりしている。


「ここは……ああ、やはりこう来ましたか。傾向は読めていましたね。うふふふ……」


 口元を緩ませて楽しそうにしているサジットを見て、チェリたち三人は苦笑していた。試験の話になると、この人はこうなる。問題用紙を前にした横顔は、いっそ恍惚としていた。


 サジットは三人を質問攻めにして、なかなか離してくれない。チェリが手応えのあった一問を語ると、満足げに何度も頷いた。


 そこへ扉が開いた。


「チェリ。ここにいたのか」


 入ってきたのは父のナテュークだった。部屋を訪ねて姿がなく、ディラに尋ねてここへ回ってきたらしい。その声はいつもよりいくらか硬かった。


「お父様。どうかしたの?」


「お祖父様が、お呼びだ。話がある、と」


 チェリはぴくりと肩を揺らした。封書のことがすぐに頭に浮かぶ。タウラが届けた、あの手紙。お祖父様はもう読んだのだ。


「……分かりました」


 チェリは立ち上がった。サジットが怪訝そうな顔をしたが、何も問わずに見送ってくれる。ガンマとナハヤが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫。行ってくる」


 何を言われるのだろう。アリエはお祖父様に何を書いたのだろう。考えても分からないことばかりだった。それでも行くしかない。チェリは小さく息を整えて執務室へと向かった。

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