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59 会わせたい人 久しぶりの対面

「失礼いたします」


 扉が開き、入ってきたのは美しい令嬢だった。長く艶やかな黒髪をまっすぐに垂らし、切れ長の目をしている。整いすぎているせいか、どこか近寄りがたい鋭さのある美人だった。


「おお、よく来たね」


 学長が満面の笑みで迎え入れる。


「大叔父様、わたくしに会わせたい方とは……あら?」


 令嬢は言いかけて、チェリのほうへ顔を向けた。視線がぶつかる。チェリはその顔に見覚えがある気がして記憶を辿った。どこかで会っている。だが、いつ、どこでだったか。


「ナル兄の婚約者のセティーシェさんだよ」


 ナハヤがすかさず、チェリとガンマに耳打ちした。すぐに名前が出てきたナハヤに二人は驚く。


「さすがナハヤ……」


 ガンマが感心した声を漏らす。チェリもそれでようやく思い出した。ずっと幼い頃、城のパーティで、長兄の婚約者として紹介された人だ。あのときよりずっと大人びているが、確かにこの人だった。


「以前、西領主のお城にお招きいただいた時にお会いしましたわね。ご無沙汰しておりました」


 セティの顔がぱっと明るくなった。鋭い印象が、笑むと一気にやわらぐ。


「もう身内も同然なのですから、セティと呼んでくださいな。なんなら、お姉様と呼んでくださっても構いませんよ」


 ナハヤとガンマが、揃って困ったように身じろぎした。二人とも姉がいないので、どう受け止めればいいのか戸惑っているらしい。


 チェリは少し迷ってから、おずおずと口にした。


「……では、セティ姉様」


 その瞬間、セティの目がぱっと見開かれた。


「まあ……っ」


 頬を押さえ、声を弾ませる。


「嬉しい。可愛い義妹ができたみたい。いいえ、もう義妹ですわね」


 あまりの喜びように、チェリのほうがたじろいだ。鋭い美人がこんなにも素直に表情を崩すとは思わなかった。


「セティはな、この大学に通っておるのだよ」


 学長が嬉しそうに口を挟んだ。


「私の姪孫でね。私の兄弟が、シュアヌの――北の領主だ。セティはその孫にあたる」


 北の領主一族の令嬢。それがハリュナルの婚約者だということはチェリも知っていた。北との縁談で結ばれた相手。兄の婚約者が大学に通っているという話は聞いたことがある気はするが、学長の血縁だとは思いもよらなかった。


「ハリュナルが院を卒業して、わたくしも卒業したら、結婚いたしますの」


 セティはそう言って、それから、ふと唇を尖らせた。


「それにしても大叔父様も人が悪いわ。会わせたい人がいるとだけ言って、誰なのか教えてくださらないんですもの。仰ってくだされば、もっと早く参りましたのに」


「驚かせたくてね」


 学長は悪びれもせず笑った。


「学長は、北のご出身なんですね」


 チェリが尋ねた。中央領にある大学だからといって、中央領の出身者が学長を務めるとは限らないらしい。


「うむ。昔は中央の出でなければ、こういう役には就けなかったのだがな。時代は変わった。今は出身がどこであろうと、力があれば道は開ける」


 学長は白い髭を撫でた。


「ハリューク殿のおかげかもしれんな。あの御方が、ずいぶんと風通しを良くしてくださった」


 またお祖父様か。チェリは思わずそういう顔をしてしまった。どこへ行っても何の話をしても結局はお祖父様の名前にたどり着く。


「そういえば」


 セティが部屋を見回した。


「ハリュナルは一緒ではないのかしら。あの人、あれだけあなたを可愛がっているのだから、中央に来ているなら、引っ付いて離れないのではなくて?」


「……ナル兄は、今日は寮のほうに」


 チェリが答えると、セティはくすくすと笑った。


「あの人ったら、いつもあなたの話ばかりなのよ。チェリさんが幼い頃よく着ていたドレスは何色だったか、なんてことまで知っていますの」


 チェリの頬が、かっと熱くなった。


「ナル兄、相変わらずだなあ」

 ガンマが呆れたように言う。


「理解のある婚約者で良かったね」

 ナハヤが、しみじみと付け加えた。セティはまた笑った。


「いつまでこちらにいらっしゃるのかしら?」


「明日には帰ります」


「あんな騒ぎがあって、試験は大変だったでしょう。……でも軽く合格してしまうのではなくて?」


 セティはチェリの優秀さについて、ハリュナルから折に触れて聞いているようだった。さも当然というふうに言うので、チェリはかえって返答に困った


「どう、でしょう……」


 曖昧に頷く。準備はしてきたつもりだったが、合否が出るまでは何とも言えなかった。


「春に大学でまたお会いしましょうね。可愛い義妹ができて、本当に嬉しいわ」


 セティの言葉は、お世辞には聞こえなかった。心からそう思っているのが伝わってきて、チェリはくすぐったかった。


 学長は、その間ずっとにこにこと話を聞いていた。それから、扉の傍に控えていたタウラに気づいて、声をかける。


「そこの君も、遠慮せずどうだね。茶も菓子もある」


「いえ、わたくしは護衛ですので」


 タウラは恐縮して断ったが、学長はなおも勧めてくる。チェリが小さく頷いて許可を出すと、タウラはようやく、申し訳なさそうに紅茶を受け取った。


「大叔父様は時々、わたくしを学長室に呼んでは、こうしてお茶やお菓子を勧めてくるんです」


 セティが、ため息まじりに言った。


「そういう公私混同を、平気でなさる方なのよ」


 その一言で、チェリは腑に落ちた。ハリュナルとナツァークが学長を「軽率な人だ」と評していたのは、こういうことだったのだ。きっとハリュナルも、セティと一緒にこうして学長室へ呼ばれ、同じように茶を飲まされているのだろう。もしかしたらナツァークも巻き込まれているのかもしれない。


 その光景を思い浮かべると、チェリは少しだけ可笑しくなった。

 

 その後も談笑はしばらく続いた。


 辞去する頃には、学長から「ハリューク殿への土産だ」と、日持ちのする菓子の包みと紅茶の茶葉をどっさり持たされた。


「大叔父様、そんなにたくさんお持たせしては、ご迷惑でしょう!」


 セティが申し訳なさそうにチェリたちに頭を下げた。チェリは慌てて、とんでもないと首を振った。

 

 本来なら荷物持ちはタウラの役目だが、とても一人の手には余る量で、結局はチェリたちも手分けして抱えることになった。そうして一同は、宿へと戻った。


 明日はいよいよ、馬車で西へと発つ。

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