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48 侵入者 竜の魔法

 試験二日目。


 大学の構内には昨日より明らかに多くの警備員が配置されていた。建物の入口には武装した兵が立ち、受験生の出入りを厳しく確認している。昨日の爆発事件を受けて、入試期間中は受験生以外の立ち入りが禁止されていた。


 ハリュナルは寮の部屋で一日中ピリピリしていた。


 「あのトラブルのせいでチェリたちのコンディションがめちゃくちゃになってたらどうする。入試に落ちたら……」


 「落ち着いてください、兄上」


 「落ち着けるか! 昨日あんなことがあって平常心で試験なんか受けられるわけが——」


 「チェリは意外と大丈夫そうでしたが」


 ナツァークの言葉に、ハリュナルが動きを止めた。


 「……そうか?」


 「昨日、試験の後に会った時。ナハヤとガンマは正直に動揺していましたが、チェリはかなり冷静でした」


 ハリュナルは少し考えてから「チェリは強い子だからな」と言ったが、ナツァークの表情は晴れなかった。


 あまりに冷静すぎる。爆発という異常事態の直後に、あの落ち着きは何だったのか。まるで、何かが起こることを事前に知っていたかのような。


 ナツァークはハリュナルのそばに寄り、小声で耳打ちした。


 ハリュナルの目が少しだけ鋭くなった。静かに頷いて、出掛ける準備をした。


 * * *


 宿では、ディラとシルヴァーンが留守番をしていた。


 タウラはチェリたちと試験会場に行っている。廊下や隣の部屋には護衛の騎士が控えていて、何かあれば呼ぶことになっていた。


 ディラはチェリたちの帰りを待ちながら、部屋の中で縫い物をしていた。シルヴァーンは籠の中にいたが、今日はやたらとそわそわしている。何度も籠から頭を出しては周囲を見回し、きゅいきゅいと落ち着きなく鳴いていた。


 「どうしたの、シルヴァーン。チェリ様がいなくて寂しいの?」


 ディラが声をかけたが、シルヴァーンの様子はいつもの寂しがり方とは違っていた。何かに警戒しているような、張り詰めた空気がある。


 突然、シルヴァーンが籠から飛び出した。


 窓の方に顔を向け、全身の鱗を逆立てた。青い眼が鋭く光る。


 次の瞬間、シルヴァーンの前に小さな魔法陣が浮かんだ。空中に描かれた光の紋様が回転し、そこから火の塊が放たれた。


 轟音とともに窓が吹き飛んだ。


 「シルヴァーン!?」


 ディラが悲鳴を上げた。部屋に冷たい風が吹き込んでくる。窓枠が焦げ、ガラスの破片が床に散らばっていた。


 「どうしました!?」


 隣の部屋から護衛騎士が飛び込んできた。剣を抜き、部屋の中を確認する。


 「ど、どうしましょう……シルヴァーンが窓を……」


 ディラは混乱していた。シルヴァーンはまだ窓の方を向いて、威嚇するように低く唸っている。


 「いや、むしろ助かりました」


 入口からナツァークが部屋に入ってきた。息が上がっている。走ってきたのだろう。


 ナツァークは壊れた窓の外を覗いた。窓の下の通りでは、ハリュナルが一人の男を地面に押さえつけていた。


 「この不届き者め!おとなしくしろ!」


 ハリュナルの怒声が下から聞こえてくる。男はもがいていたが、ハリュナルの力には抗えないようだった。


 普段からテンションの高い兄が、いつにも増して気が立っている。


 昨日の爆発事件で平常心を失っているのはチェリたちではなく兄の方ではないか、とナツァークはため息をついた。


 「窓の外から何者かが侵入しようとしていたんです」


 ナツァークがディラに説明した。

 ハリュナルとナツァークは試験会場には入れなかったので、念の為に宿の周辺を見回っていたらしい。不審な人物が宿の屋根にいるのを見つけて駆けつけたところ、シルヴァーンの火魔法が先に飛んできたのだという。


 「シルヴァーンが先に気づいて攻撃した、ということですね」


 ナツァークは窓の焦げ跡を見て、それからシルヴァーンを見た。シルヴァーンは威嚇をやめ、何事もなかったかのように籠に戻ろうとしていた。


 「ところで、シルヴァーンはいつから魔法が使えるように?」


 ディラは呆然としたまま、ようやく声を絞り出した。


 「……存じません」


 それだけで精一杯だった。


 * * *


 試験を終えて宿に戻ったチェリたちは、壊れた窓と、侵入者の話と、シルヴァーンが火魔法を使ったという報告を聞いて、しばらくの間ぽかんとしていた。


 「……えっと、つまり」


 チェリが整理するように言った。


 「シルヴァーンが火魔法で侵入者を撃退した」


 「はい。侵入者はハリュナル様とナツァーク様が騎士団へ引き渡しに行かれました……」


 ディラの顔色はまだ悪かった。


 事件の後、ディラは宿の主人にシルヴァーンのことは伏せて事情を説明していた。窓の外に侵入者を見つけたので自分が火魔法を放った、ということにしたらしい。


 話を聞いた主人の顔は引き攣っていたが、ハリュークの孫三人に怪我がないことに安堵した様子だったという。窓の修理費用については、城から文官を呼んで改めて詰めることになった。


 それらの対応に追われて、ディラは疲れ切っていた。


「ほんと、私が火魔法を使えてよかったですよ……」


 そうつぶやくディラの顔を見ながら、チェリは侵入者の目的について考えていた。


 (もしかして、昨日の爆発の奴ら……いや、奴らはシルヴァーンを狙っていた?)


 チェリの頭の中で、点と点が繋がっていった。昨日の爆発で倒れていた人物は大学の関係者ではなかった。偽アリエが現場にいた。そして今日、宿にシルヴァーンを狙って侵入者が来た。教団の工作員が、複数動いている可能性がある。


 「それにしても……」


 チェリは壊れた窓を見てから、シルヴァーンのほうに目を向けた。


 「火魔法が使えるようになったんだね」


 シルヴァーンはチェリを見上げて鳴いた。


 「きゅ〜」


 シルヴァーンの前に、小さな魔法陣がうっすらと浮かび始めた。


 「ここでは使っちゃダメ!」


 チェリが慌てて声を上げると、魔法陣は消えた。シルヴァーンはきょとんとした顔でチェリを見ている。


 チェリはため息をついた。シルヴァーンが魔法を使えるようになったのは成長の証だろう。だが、制御ができていない。いつどこで発動するか分からないのは危険すぎる。


 「魔法封じが必要かもしれない……」


 魔法を封じる魔道具は一般的なものなので、手に入れるのはさほど難しくはない。


 チェリが呟くと、ナハヤが頷いた。


 「じゃあナル兄に頼んでみれば?」


 「俺たちはまだ試験があるしな」


 ガンマが言った。


 そうだ、とチェリは思い出した。明日が最終日だ。あと一日。


 宿の主人が窓の壊れた部屋の代わりに別の部屋を用意してくれていた。荷物はすでにディラが移してくれている。


 新しい部屋に入ると、シルヴァーンは籠の中で丸くなり、すでに眠り始めていた。火魔法を使った疲れなのか、すっかりおとなしくなっている。その白銀の鱗が、夕暮れの光の中で静かに輝いていた。


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