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47 試験の後 暗躍者の影

 その日の試験は三科目。最後の科目の終了が告げられた時、チェリは静かに鉛筆を置いた。


 爆発音の後も試験は続行されたが、部屋の空気が完全に元に戻ることはなかった。それでも三人とも最後まで答案に向かい続けた。できることはやった、とチェリは思った。


 答案が回収され、試験監督の教授が退室の指示を出した。受験生たちが席を立ち始める。


 「ねえ」


 後ろの席から声がかけられた。席を間違えていた女子だった。


 「お疲れ様。爆発、びっくりしたね」


 「うん、本当に。何だったんだろう」


 「分からないけど……建物が揺れるほどだったよね。最後の科目、集中できた?」


 「なんとか」


 女子は荷物をまとめながら、ふと思い出したように言った。


 「そういえば、名前聞いてなかったね。私はキャエラ」


 「私はチェリ」


 チェリはそれだけ名乗った。キャエラは特に気にする様子もなく「チェリね」と繰り返した。


 「合格してたら同級生だね。楽しみにしてる」


 「うん、私も」


 キャエラは笑って手を振り、部屋を出ていった。チェリの出自には最後まで気づいていないようだった。周囲の受験生たちがチェリを遠巻きに見ている中で、キャエラの気安さはやはり心地よかった。


 チェリはナハヤとガンマと合流し、試験室を出た。


 「どうだった?」


 「手応えはあった。でもあの爆発の後は集中しにくかったな」


 ナハヤが正直に言った。ガンマは「俺は意外と平気だった」と言ってから、少し間を置いて「……嘘。めちゃくちゃ焦った」と付け足した。


 「まさか試験中に、シルヴァーンが暴れるよりも驚くことがあるなんてね」


 ナハヤが言うと、ガンマが「あれは比べるもんじゃないだろ」と苦笑した。


 建物の外に出ると、ハリュナルとナツァークが待っていた。

 彼らの傍らにいたタウラが真っ先に駆け寄ってきた。


「あの……聞こえたと思いますが、構内で爆発事件がありまして。試験は大丈夫でしたか?」


 タウラが心配そうな顔でチェリに尋ねた。


「うん、中断したけど、試験は続行だって言われて、三科目ちゃんとあったよ」


「いやそうではなく、チェリ様たちの調子が崩れなかったかという……うん、大丈夫そうですね」


「これくらいで調子崩してたら何もできねーよ!大丈夫!」 

 ガンマが笑った。


 それにしても。

 兄たちの様子がおかしかった。いつもならすぐチェリに駆け寄ってきそうなものだが、二人とも苦々しい顔で立ち尽くしている。

 ハリュナルの服は所々汚れており、ナツァークもなんだか落ち着きがない。


 「ナル兄、どうしたの。その姿は」


 「それは……」


 ハリュナルはチェリたちの顔を見て、少し迷ってから口を開いた。


 「寮の窓から、偽アリエが見えた」


 三人の表情が変わった。


 「大学の構内を歩いていた。試験会場の建物に向かっていたから、追いかけた」


 「追いかけた?」


 「窓から飛び降りた」


 「四階からです」


 ナツァークが補足した。その声には疲労と呆れが混ざっていた。


 「追いかけたが、見失った。その先で爆発が起きた」


 ハリュナルの表情が険しくなった。


 「爆発の現場に倒れていた人がいた。だが、偽アリエではなかった。大学の関係者でもないようだ」


 「偽アリエがその人を襲った……?」


 ナハヤが聞いた。


 「分からない。仲間割れか、あるいは単に爆弾が暴発したか。現場は大学の警備が来て封鎖された。俺たちはそれ以上近づけなかった」


 ナツァークが続けた。


 「大学側には事情を説明しました。今は調査中だそうです」


 偽アリエについてはあの事件後すぐに大学に報告しており、中央領内でも逃走犯として手配されているはずだとナツァークは言う。


 チェリは黙って聞いていた。頭の中では偽アリエについて別のことを考えていた。


 仲間割れでも、失敗でもない。偽アリエが、テロを止めたのではないか。


 手紙に書いてあった言葉が蘇る。狙われていますが、安心してください。何かあっても動かないように。あれは忠告だった。そして偽アリエは、忠告だけでなく、実際に動いていた。


 チェリは偽アリエのことをハリュナルに話すべきか迷った。教団から脱退して逃げていること。旅の途中で手紙を渡してきたこと。シルヴァーンの部屋の窓を開けたのが偽アリエだということ。


 だが、今は試験の最中だ。明日も明後日も試験がある。ここでこの話を始めれば、全員の集中が乱れる。


 試験が終わってからにしよう。チェリはそう決めた。


 「とりあえず、今日は宿に戻ろう。明日も試験だし」


 チェリが言うと、ハリュナルは少し心配そうな顔をしたが、頷いた。


 「ああ。送っていく」


 宿に着くと、ディラが心配そうな顔で出迎えた。


 「チェリ様! 大学で爆発があったって聞いたんですが、大丈夫でしたか?」


 「大丈夫。建物の中にいたから」


 「本当に……良かった……」


 ディラは胸を押さえて息をついた。


 部屋に入ると、シルヴァーンが籠の中で丸くなっていた。チェリが近づくと顔を上げて、きゅいと鳴いた。いつも通りだった。爆発も、偽アリエも、何も知らない顔をしている。


 チェリはシルヴァーンの頭を撫でながら、明日の試験のことを考えた。あと二日。集中しなければ。

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