44 中央領へ到着 試験前
十日間の馬車の旅を経て、一行は中央領の首都に到着した。
西領地の首都とは何もかもが違っていた。街の規模がまるで違う。大通りは幅広く、石畳が綺麗に敷かれ、行き交う人の数も桁違いだった。建物は高く、色とりどりの看板が並び、あちこちから食べ物の匂いが漂ってくる。チェリは馬車の窓から目を離せなかった。
「でかいな……」
ガンマも窓に張りついている。ナハヤは落ち着いた顔をしていたが、目だけは興味深そうに街並みを追っていた。
宿は大学からほど近い場所に取られていた。馬車が宿の前に止まると、入口に見覚えのある二つの人影が立っていた。
「チェリーーー!」
ハリュナルだった。金髪を風になびかせ、満面の笑みで両腕を広げている。その隣でナツァークが額を押さえていた。
「ナル兄! ナツ兄!」
チェリが馬車から降りると、ハリュナルが猛然と駆け寄ってきた。
タウラが反射的に身構える、が。
「ハリュナル様!?」
すぐに気付いて、困った顔で剣から手を離した。
「よく来たな! 長旅だっただろう! 疲れてないか! 飯は食べたか!」
「ナル兄、一度に聞かないで」
ナツァークが後から歩いてきて、静かに頷いた。
「お疲れ様。無事に着いてよかった」
「ナツ兄も元気そうで良かった」
ナハヤとガンマもハリュナルとナツァークに挨拶した。ハリュナルは二人の頭もわしわしと撫で回し、ガンマが「やめろって」と抵抗していた。
荷物を宿に運び入れる段になって、ハリュナルがシルヴァーンの籠に気づいた。
「この荷物、やけに大事そうに運んでるな。何が入って——」
蓋が持ち上がり、シルヴァーンが顔を出した。
ハリュナルが固まった。ナツァークも目を見開いている。
「なんでシルヴァーンがいるんだ!?」
「……色々あったの」
チェリが事情を説明すると、ハリュナルは腕を組んで唸った。
「城から一晩、いや半晩……であの街まで飛んできたのか。すごいな、こいつ」
「試験中はどうするんだ? 会場には連れていけないだろう」とナツァークが言った。
「俺たちが預かろうか?」
ハリュナルがそう言って、シルヴァーンを抱き上げようと両手を伸ばした。シルヴァーンはハリュナルの手が近づいた瞬間、じたばたと暴れ始めた。翼をばたつかせ、必死にチェリの方へ逃げようとしている。
「おい、おとなしくしろって——痛い! 爪! 爪を立てるな!」
ハリュナルが慌てて手を引いた。シルヴァーンはチェリの隣に飛び戻り、警戒するようにハリュナルを睨んでいる。
「……懐いていないし、無理だろう」
ナツァークが冷静に言った。それからシルヴァーンとチェリを見比べて、ふっと笑った。
「チェリみたいだな」
「どういう意味?」
「兄上に抱きつかれるのを全力で拒否するところが」
ハリュナルが振り返った。
「チェリはこいつみたいに逃げない!」
そう言って、チェリに抱きつこうと両腕を広げた。チェリはさっと身をかわした。
「逃げた!」
ガンマが声を上げて笑った。ナハヤも肩を揺らしている。ハリュナルだけが「チェリ……」と悲しそうな顔をしていた。ナツァークが「ほら」と言って肩をすくめた。
ひとしきり騒いだ後、ハリュナルが少し残念そうな顔で言った。
「実はな、入試の試験監督補助をやりたかったんだ。学生の中から募集されてたから、すぐに手を挙げたんだが……」
ハリュナルは一層、肩を落とす。
「身内が受験してるからダメだって断られた」
「当たり前だろう」
ナツァークが即座に突っ込んだ。チェリも同じことを思っていた。
「当日は寮にいて、お前たちの合格を祈ってるよ」
ハリュナルはそう言って、今度はおとなしくチェリの頭をぽんと撫でた。チェリは今度は逃げなかった。
* * *
兄たちが寮に戻った後、チェリたちは宿の部屋で勉強を始めた。
サジットが持たせてくれた問題集があった。過去の入試問題をまとめたもので、サジットの分析に基づいて重要度の高い問題が選ばれている。表紙にはサジットの几帳面な字で「入学試験対策問題集」と書かれていた。
試験は三日後だ。
チェリは問題集を開いて、一問ずつ解き始めた。隣の机ではナハヤが黙々と問題を解いている。ガンマは渋い顔をしていたが、鉛筆を握って答案に向かっていた。
部屋は静かだった。鉛筆の走る音と、時折ページをめくる音だけが聞こえる。シルヴァーンは籠の中で丸くなって眠っていた。
問題集の最後のページまでたどり着いた時、チェリは手を止めた。
最後のページの下の余白に、サジットの字で一行だけ書かれていた。
——頑張ってください。
それだけだった。飾りのない、短い言葉だった。
チェリの胸が温かくなった。城の教室で、サジットが黒板の前に立っていた日々のことを思い出した。試験を作るのが好きだと嬉しそうに話していたこと。ガンマの言い訳を真っ直ぐに叱ったこと。答案を返す時の、期待と不安の混じった表情。
チェリは問題集を閉じて、そっと胸に当てた。
試験に受かりたい。
いや、必ず受かるんだ。




