表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/50

43 馬車の中 不安と慰め

 買い物から馬車に戻る前にチェリは、タウラに小声で言った。


 「さっきの手紙のこと、誰にも言わないで」


 タウラは一瞬迷ったような顔をしたが、「分かりました」と答えた。


 馬車が再び走り出した。チェリは座席に深く座り、窓の外を見ていた。見ているというより、目を向けているだけだった。手紙の内容が頭の中をぐるぐると回っている。


 偽アリエはチェリたちの近くにいる。見ている。それも、シルヴァーンの部屋の窓を開けた後に、チェリたち一行を追いかけて、追いついている。


 安心してください、と書いてあった。だが、安心などできるはずがない。あの人物が味方なのか敵なのか、チェリにはまだ分からない。教団とは手を切ったと言っていた。でも、それが本当かどうかも分からない。


 チェリは鞄の中の封筒にそっと触れて、手を離した。


 タウラも様子がおかしかった。いつもなら姿勢よく座って周囲に目を配っているのだが、今日はどこか落ち着きがない。視線が泳ぎ、時折チェリの方をちらりと見ては目を逸らしている。


 チェリには口止めされたが、タウラの雇い主はハリュークである。チェリの身に何か不穏なことが起きたのなら、報告しないわけにはいかない。買い物から戻る道すがら、タウラはこっそりと護衛の騎士の一人に手紙を託していた。誰かから手紙を渡されたこと、その時のチェリの様子を、ハリューク宛にしたためたものだった。


 当然の行動だった。だが、チェリを裏切るようで気が咎めた。タウラの様子がおかしいのはこのためである。


 馬車の中は、どことなく暗かった。


 ガンマはチェリとタウラを交互に見て、眉をひそめていた。買い物に出る前は普通だった二人が、戻ってきたら揃って黙り込んでいる。何があったのかは分からないが、この空気は居心地が悪い。


 ディラも同じことを感じていたらしい。チェリの隣に座ったまま、何か声をかけようとしては引っ込めている。


 ナハヤだけは、いつも通りだった。本を開いて読んでいる。チェリとタウラの様子には気づいているだろうが、無理に聞き出そうとも、明るく振る舞おうともしなかった。放っておくのが一番だと分かっているのだろう。


 しばらく沈黙が続いた後、ガンマが我慢しきれなくなったように口を開いた。


 「なあ、中央領の飯ってどんな感じなんだ? やっぱり西領地とは違うのか?」


 唐突な話題だった。ディラがすかさず乗った。


 「中央は色々な地方の料理が食べられるそうですよ。南領地の果物を使った料理が有名だとか」


 「果物の料理? デザートじゃなくて?」


 「果物を肉と一緒に煮込むんだそうです。甘味と酸味のある味付けで」


 「へえ、美味いのかな」


 ガンマとディラが懸命に話を繋いでいた。チェリは相槌を打とうとしたが、うまく声が出なかった。タウラも黙ったままだった。


 ナハヤは本から目を上げず、ページをめくった。


 その時、座席の隅に置かれた籠の蓋が、もそもそと動いた。


 シルヴァーンが蓋を押し上げて、籠から頭を出した。青い眼が、馬車の中を見回す。いつもと違う空気を感じ取ったのか、きゅい、と小さく鳴いた。


 するりと籠から抜け出したシルヴァーンは、座席の上をよちよちと歩いてチェリの隣まで来た。そして、チェリの顔に頭をぐりぐりと押しつけ始めた。


 「っ……シルヴァーン、くすぐったい」


 シルヴァーンは構わず、チェリの頬に額をこすりつけている。ぐり、ぐり、と力を込めて。


 「もしかして、撫でてるつもりなんでしょうか」


 ディラが不思議そうに言った。


 チェリは思わず笑ってしまった。小さな笑いだったが、それまでの重い空気にひびが入った。


 「俺も撫でてくれよ!」


 ガンマが身を乗り出してシルヴァーンに顔を近づけた。


 シルヴァーンはガンマの顔をじっと見た。それから、勢いよく頭突きした。


 ごん、と鈍い音がした。


 「痛ってー!」


 ガンマが額を押さえて仰け反った。ディラが「大丈夫ですか」と慌て、ナハヤが本から顔を上げて「何やってるの」と呆れた声を出した。タウラも思わず目を丸くしている。


 シルヴァーンは何事もなかったかのようにチェリの隣に戻り、またチェリの顔にぐりぐりと頭を押しつけた。


 「……ガンマには厳しいね、相変わらず」


 チェリがそう言うと、ガンマは額をさすりながら「ひでえよ」とぼやいた。


 馬車の中に、ようやく笑い声が戻った。


 明日は中央領に入る。その翌日には、大学のある中央領の首都に着く。旅の終わりはもう近かった。


 チェリは隣でぐりぐりと頭を押しつけてくるシルヴァーンの背中を、そっと撫でた。冷たかった指先が、少しだけ温かくなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ