42 子竜との旅 渡された手紙
シルヴァーンが来た翌朝、馬車の出発前にディラは街に出て大きめの籠を手に入れてきた。
「これからいくつもの宿に泊まりますから、竜と一緒というのは隠した方がよいと思います」
もっともな判断だった。宿に荷物として運び入れれば、中身を気にする者はいないだろう。
ということでシルヴァーンは買ってきた新しい籠に入れられることになった。蓋付きの籠なので、中身は見えない。
馬車が再び街道を進み始めた。シルヴァーンは籠の中で丸くなり、馬車の揺れに身を任せている。チェリが隣の座席にいるからか、昨日の騒ぎが嘘のように穏やかだった。
旅は続いた。
街道沿いの街を一つ、また一つと通り過ぎていく。どの街でもハリュークの名前は効いた。宿の主人が飛び出してきて歓迎し、最上の部屋を用意し、食事と酒を振る舞ってくれた。
ハリュークが街道を整備したことで、西領地の首都から中央領までの馬車での所要日数は二日ほど短くなったという。人と物の流通が早くなり、街道沿いの街はどこも潤っていた。宿の主人たちは口々にハリュークへの感謝を語り、中にはハリュークとの思い出を嬉しそうに話してくれる者もいた。ハリュークは中央への往復でこれらの宿をよく利用しているらしく、主人たちとは旧知の間柄のようだった。
チェリは苦笑するしかなかった。寄る街寄る街で祖父の威光を浴び続けるという予感は、見事に的中していた。
シルヴァーンを隠すのには難儀した。宿に着くたびに籠を荷物として運び入れるのだが、シルヴァーンが不意に鳴き声を上げることがあった。そのたびにディラが咄嗟に咳払いをしたり、タウラが大きな声で話しかけたりして誤魔化した。時には「籠にはお嬢様の愛猫が入っている」と言いくるめたこともあった。
街で買い物に出ることもあったが、チェリがいなくなるとシルヴァーンが不安がるので、チェリかディラが馬車に残ってシルヴァーンを見守ることにしていた。
ディラがいればそのうちチェリが戻ってくるということを理解しているのか、シルヴァーンはディラと一緒ならおとなしく馬車にとどまっていた。
* * *
中央領に入る手前の、ある街でのことだった。
チェリはタウラと二人で買い物に出ていた。街道沿いの市場は活気があり、冬だというのに色とりどりの品物が並んでいる。防寒用の手袋を持ってくるのを忘れたので買おうとしていた時だった。
「あの」
小さな声がした。
見下ろすと、子供が一人立っていた。十歳にもならないくらいの男の子で、チェリの顔をじっと見上げている。その手に、封筒が一通握られていた。
タウラが即座に一歩前に出た。チェリと子供の間に体を入れ、周囲に素早く目を走らせる。
「どうしたの?」
チェリはタウラの肩越しに声をかけた。
「手紙を渡すように、って言われた」
子供はそれだけ言って、封筒を差し出した。
「チェリ様、触らないでください」
タウラが低い声で制した。目が鋭くなっている。
「大丈夫」
チェリはタウラを制して、子供の手から封筒を受け取った。
封筒の表には、一つの名前が書かれていた。
「アリエ」
チェリの指先が、わずかに冷たくなった。
子供はもう走り去っていた。タウラが追おうとしたが、チェリが「いい」と止めた。あの子供は何も知らないだろう。頼まれただけだ。
チェリは震える手で封筒を開けた。中には便箋が一枚だけ入っていた。筆跡は丁寧で、落ち着いた字だった。
――私が鍵を開けました。狙われていますが、安心してください。何かあっても動かないように――
それだけだった。署名はなかったが、封筒に書かれた名前がすべてを語っていた。
チェリは便箋を封筒に戻した。手の震えが止まらないのは寒さのせいだけではなかった。
「チェリ様、何が書いてあったのですか」
タウラが警戒を解かないまま聞いた。
チェリは少し考えてから、できるだけ平静な声で答えた。
「シルヴァーンの、熱烈なファンがいるの」
タウラは眉をひそめた。その説明では何のことか分からないという顔だったが、チェリの表情を見て、今はこれ以上聞くべきではないと判断したのだろう。それ以上は問わなかった。
チェリは封筒を鞄の奥にしまった。市場の喧騒が、急に遠くなったように感じた。
出発の日の夜にチェリの部屋の窓を開けてシルヴァーンを逃がした偽アリエは、確実にチェリたちの近くにいる。




