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36 秋の自習 新しい発見

 秋になっていた。


 朝晩の空気が冷たくなり、窓から見える木々の葉がところどころ色づき始めている。夏の終わりに城の裏の森にやってきた騒がしい小亜竜も、いつの間にかいなくなっていた。


 チェリが教室に入ると、ナハヤはすでに席についていた。ガンマはまだ来ていない。


 「おはよう」


 「おはよう。ガンマは?」


 「さっき廊下ですれ違ったけど、厨房に寄ってから来るって」


 チェリはシルヴァーンの籠を後ろのテーブルに置いた。最近また重くなった。籠の持ち手がいよいよ心もとない。


 ガンマが果物を片手に教室に入ってきた。「厨房のおっちゃんにもらった」と言いながら席につく。そこにディラが現れた。


 「皆さん、おはようございます。サジット先生なんですが、今朝から熱を出されまして。今日の授業はお休みになります」


 「先生、大丈夫ですか?」とナハヤが聞いた。


 「お医者様に診ていただいて、数日で良くなるだろうとのことです。先生からの伝言で、自習にしてください、竜生学の資料を読んでおくように、とのことでした」


 ディラはそう言って、三人分の竜生学の資料を差し出した。それぞれの部屋から持ってきてくれたらしい。


 「ありがとう、ディラ」


 チェリが受け取ると、ディラは「何かありましたらお呼びください」と言って教室を出ていった。


 「自習か」


 ガンマが果物をかじりながら言った。嬉しそうな声だった。


 「サボらないでよ」


 「サボらないって。読むよ、ちゃんと」


 チェリは資料を開いた。サジットが大学から取り寄せてまとめてくれたもので、竜の生態や習性について幅広く書かれている。授業の合間に少しずつ読み進めてはいたが、まだ全部は目を通していなかった。


 ページをめくりながら、チェリはあることを探していた。


 以前、厨房でシルヴァーンの体重測定をした時のことだ。年配の料理人が、春の渡りで来る竜は鱗の色によっておおよその大きさが決まっていると言っていた。白銀や金色は小ぶりなものが多く、茶色や灰色は大きいものが多い、と。


 チェリはその話を聞いた時に気づいたことがあった。渡りの時期以外に見かける竜は、色と大きさにそういった傾向がない。チェリ自身の記憶でも、渡り以外の竜は色も大きさもまちまちだった。渡りに来る竜とそうでない竜では、何かが違うのではないか。


 サジット先生がまとめてくれた竜生学の資料のことがすっかり頭から抜けていた。もしかしたら、ここにその違いのことが書かれているのではないか。


 資料を丁寧に読み進めていく。竜の食性、飛行の特徴、繁殖期の行動、縄張りの範囲。渡りの時期や経路についての記述もあった。鱗の色と体の大きさの関連について書かれた箇所もある。だがそれは竜全般についての記述であり、渡りの竜に限った傾向については触れられていなかった。ましてや、渡りの竜とそうでない竜で色と大きさの関連に違いがある、という指摘はどこにもなかった。


 チェリは資料から顔を上げた。


 (書いてない)


 このことが、もしまだ誰にも指摘されていないのだとしたら。


 (これが新発見だったら、嬉しいな)


 ただ、とすぐに思い直す。この気づきはチェリ一人のものではない。料理人が教えてくれたことだし、厨房の皆がシルヴァーンの体重測定に付き合ってくれているからこそ、出てきた意見だ。


 もし本当に新しい発見だったなら、城のみんなの名前も出さないといけない。チェリだけの功績にするわけにはいかない。そう考えていた時だった。


 きゅい。


 後ろのテーブルから、小さな鳴き声が聞こえた。


 きゅい、きゅいきゅい。


 シルヴァーンの声だった。いつもの甘えた声とは違う、どこか切羽詰まったような鳴き方だった。


 チェリが振り返ると、籠の中でシルヴァーンがしきりに体をくねらせていた。白銀の鱗の隙間から、薄い膜のようなものが浮き上がっている。


 「シルヴァーン?」


 チェリが駆け寄ると、シルヴァーンの鱗がぱらぱらと剥がれ始めた。籠の底に白銀の薄片が散らばっていく。


 「チェリ、それ——」


 ナハヤが立ち上がった。ガンマも果物を置いて籠を覗き込む。


 「脱皮だ」


 ナハヤが言った。竜生学の資料に、子竜は成長に伴って脱皮をするという記述があった。ナハヤはそれを覚えていたのだろう。


 シルヴァーンはきゅいきゅいと鳴きながら、体を籠の縁にこすりつけていた。古い鱗を剥がそうとしているらしい。チェリはそっと手を伸ばして、シルヴァーンの背中に触れた。浮き上がった鱗の端がちくりと指に触れる。


 「痛くないの……?」


 シルヴァーンはチェリの手に頭をすり寄せた。痛いというよりは、むず痒いのかもしれない。


 ぱらり、ぱらりと古い鱗が剥がれていく。その下から現れたのは、以前よりも一段と輝きを増した白銀の鱗だった。光の加減で、ほのかに虹色の光沢が浮かんでいる。


 「きれい……」


 チェリが思わず声を漏らした。ガンマも「すげえ」と呟いている。ナハヤは黙って見つめていたが、その目は真剣だった。


 しばらくすると、シルヴァーンの鳴き声が落ち着いてきた。体をくねらせる動きも穏やかになり、やがて静かになった。籠の底には古い鱗が山のように散らばっている。


 脱皮を終えたシルヴァーンが、チェリの手のひらに顎を乗せた。疲れたのだろう、青い眼が半分閉じかけている。


 「お疲れさま」


 チェリがそっと頭を撫でると、シルヴァーンは小さく鳴いて目を閉じた。


 「……これ、先生に報告した方がいいんじゃないか」


 ガンマが籠の底に散らばった鱗を見ながら言った。


 「うん。サジット先生が元気になったら、見せよう」


 チェリは剥がれた鱗を一枚つまみ上げた。薄くて軽い。光に透かすと、かすかに青みがかって見えた。


 ナハヤが静かに言った。


 「記録しておいた方がいい。日付と、脱皮前後の様子。鱗の枚数は数えきれないだろうけど、色の変化くらいは書いておこう」


 「さすがナハヤ」


 チェリは頷いて、資料の余白に鉛筆で書き込み始めた。秋の日。シルヴァーン、初めての脱皮。新しい鱗は以前より輝きが増している。虹色の光沢あり。

 新旧の鱗の大きさにも差があるので、そのことも書き込んだ。


 「落ちてる鱗は集めて取っておいたほうがいいよね」

 

 チェリは籠の中で眠り始めたシルヴァーンを起こさないように、籠の中に散らばった古い鱗を拾い集めた。


 シルヴァーンの寝息に合わせるように、新しい鱗が秋の柔らかな光を受けて静かに輝いていた。

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