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34 試験返却 反省点と言い訳

 教室の前まで来ると、中からチェリの声が聞こえた。


「最近重くなってて、籠の持ち手が取れちゃわないか心配なんだよね……」


 サジットが教室に入ると、三人はすでに席についていた。チェリが後ろのテーブル席にシルヴァーンの入った籠を置いて、自分の席に戻るところだった。


 籠の中のシルヴァーンの白銀の鱗が、窓からの光を受けてきらきらと輝いている。以前よりも鱗のきらめきが増しているように感じられた。

 重くなっているということは、体も大きくなっているということだ。背筋が少し寒くなり、サジットは籠からそっと目を逸らした。


 礼儀作法の授業が終わり、ヴァーシャラが帰郷してからというもの、教室の空気はいくらか軽くなっていた。あの老女の厳しい目がなくなったことで、三人の肩の力が抜けているのが分かる。もっとも、サジットとしてはそこに少しだけ危機感もあった。


「今日は先日受けてもらった試験を返却します」


 サジットがそう言って答案用紙を取り出すと、ナハヤが姿勢を正し、ガンマが露骨にうんざりした顔をした。チェリは表情を変えずにサジットの手元を見ている。


 一人ずつ答案を返していく。サジットは試験を作るのが好きだった。問題の配置、難易度の調整、出題範囲の網羅性。そういったものを組み立てていく作業には、授業を行うこととはまた違う楽しさがある。だからこそ、返却の瞬間もまた楽しみにしていた。自分が練り上げた問題に、この三人がどう答えたのか。


「チェリさんが最高点です。ナハヤさんが二番目、ガンマさんが三番目」


 ナハヤが小さく息を吐いた。悔しさを押し殺しているのだろう。彼は答案に目を落とし、自分の間違えた箇所を確認し始めた。こういうところがナハヤの強さだ、とサジットは思う。


 チェリは自分の答案にざっと目を通してから、机の上に伏せた。満足とも不満ともつかない表情だったが、点数自体には関心が薄いのかもしれない。


 問題はガンマだった。


「これ、シルヴァーンのせいなんですよ!」


 ガンマが答案を持ち上げて、不満げに言った。


「試験の途中でシルヴァーンが暴れ出したから、集中できなくて……」


 たしかに、試験中にシルヴァーンが突然騒ぎ出したのは事実だった。チェリが宥めて落ち着かせるまでに少し時間がかかった。その間、ガンマの集中が乱されたことは想像に難くない。


 だが、それとこれとは別の話だ。


「ガンマさん」


 サジットは努めて穏やかに、しかしはっきりと言った。


「入学試験でも同じことを仰るおつもりですか。何か予想外のことが起きて集中できなかった、だから点が取れなかった、と」


 ガンマが口をつぐんだ。


「試験というものは、万全の状態で受けられるとは限りません。周囲で物音がするかもしれない。体調が優れないかもしれない。何が起こるか分からない環境の中で、それでも自分の力を出し切る。それが試験です。状況のせいにしているうちは、どこへ行っても結果は同じです」


 教室が静まりかえった。サジットは少しだけ言い過ぎただろうかと思ったが、言葉を撤回する気にはならなかった。ガンマには力がある。机の上の勉強は嫌いだろうが、頭は決して悪くない。だからこそ、言い訳で自分の可能性を狭めてほしくなかった。


 ガンマはしばらく黙っていたが、やがてぼそりと「……分かりました」と言って、答案を机に置いた。


 チェリが自分の答案をもう一度手に取った。


 試験中に何が起こるか分からない。サジットの言葉を、チェリは別の意味で噛みしめているようだった。偽アリエの件があってから、チェリの中で何かが変わったのだとサジットは感じていた。予測できないことが起こり得るという実感。それは試験に限った話ではない。


「まあ、入学試験中にシルヴァーンが乱入するほどのことは起こらないだろうけど」


 ナハヤが穏やかに口を開いた。ガンマのほうをちらりと見て、薄く笑う。


「体調はしっかり整えておいたほうがいいよ。冬の試験だから、風邪を引きやすい時期だし」


 ガンマが「分かってるって」と返して、少しだけ表情が和らいだ。


 「結果を体調のせいにしないためにもね」

 ナハヤがそうつけ足すと、ガンマが苦い顔をした。


 サジットは三人を見渡した。入学試験まであと半年ほど。この三人なら大丈夫だろうという手応えはある。だが油断はさせたくない。


「では、試験の解説に入ります。間違えたところを中心に確認していきましょう」


 チェリとナハヤがすぐに筆記用具を構えた。ガンマは渋々といった様子で鉛筆を手に取る。


 いつもの授業が始まる。サジットにとって、この時間が何より心地よかった。

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