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28 竜と人の運命 新たな授業

 朝食の席は、いつも通り賑やかだった。


 長いテーブルを囲むように、お祖父様とおばあさまたち、チェリの父と母、そしてナハヤとガンマが座っている。おばあさまたちが朝から話し声を響かせ、ガンマが豪快に食べ、ナハヤが静かにそれを眺めている、いつもの朝だった。


 食事が一段落したところで、チェリはガンマの方を向いた。


 「ちょっと、話があるから来て」


 「え、何?どうした?」


 チェリは戸惑うガンマを強引に一番近くの談話室まで引っ張っていった。チェリのただならぬ雰囲気を感じて、ナハヤもついてきた。 

  

 「ガンマ、どこかおかしいところはない!?大丈夫?」


 少し強い口調だった。ガンマはきょとんとした顔をした。


 「え、何の話?」


 「シルヴァーンに噛まれてから、なんかこう、変になったとかそういうのは……!」


 チェリはガンマの手に視線を落とした。シルヴァーンの噛んだ傷跡が残っていないか、気になってしまう。


 「変って、何が?」


 「だから、考え方とか、感じ方とか……」


 「別に?いつも通りだと思うけど……」


 「ガンマは知り合ってからずっとこんなだよ」

 ナハヤが冷静に言った。


 「なんだよ、ずっとおかしいってことか!?」


 「そこまでは言ってないよ」


 「そこまでって、結局おかしいって思ってないか?」


 「そういう意味じゃないってば!」


 二人が言い合いを始めると、チェリはその様子を眺めながら、ガンマが普段通りであることにひとまず胸を撫で下ろした。


 

 * * *


 今日も授業が始まった。


 昨夜のことを、チェリはまだうまく整理できておらず、授業は上の空だった。


 アリエが去った後、ハリュークと二人でしばらく話をした。アリエが再び侵入してきたことは、城の皆には内緒にする。チェリはそれを承諾する代わりに、一つだけ知りたいことがあると持ちかけた。


 「お祖父様は、どうして竜と距離を置こうとするんですか」


 ハリュークはしばらく黙っていた。それから、短く答えた。


 「竜はその人の持つ運命を狂わせる力があるからだ」


 それ以上は何も言わなかった。


 チェリはサジットの話を聞きながら、その言葉を何度も頭の中で繰り返していた。


 (竜が、運命を狂わせる)


 アリエはシルヴァーンに噛まれた時に何かが変わったと言っていた。信仰そのものが揺らぐほどの気づきがあったと。チェリ自身も、幼い頃に竜に襲われてから何かが変わってしまったような感覚がある。あの時に死にかけたから、そのせいで自分が変わったのだと思っていた。でも、もしかしたらその出来事ではなく、竜そのものに原因があったのかもしれない。


 (だとしたら、お祖父様はどうしてそれを知っているんだろう)


 ハリュークは竜を退けた経験がある。あの人自身も、何かを経験したのだろうか。

 チェリはあの日のハリュークの苦々しい顔を思い出した。あの竜との接触で何かが起きたのか。


 (それに、ガンマは)


 シルヴァーンに何度も噛まれていた。アリエのように、何かが変わってしまっているかもしれない。だから確かめずにはいられなかった。ガンマはいつも通りに見えたが、本当に大丈夫なのだろうか。


 ガンマはシルヴァーンにちょっかいをよく出しているが、アリエのように竜に対して変な信仰心が芽生えているような様子はない。興味のあるものにやたらとちょっかいを出すのはいかにもガンマがやりそうなことなので、性格が変わったわけではなさそうだ。


 ならばハリュークが昨晩言った「運命を狂わせる」とはどういうことだろうか。

 三人とも随分早く大学入学を目指すことになったのは運命が狂ったと言えないこともないけれど……


 「チェリさん」


 サジットの声で、チェリははっと顔を上げた。


 「……すみません」


 「いえ。少し疲れていますか」


 サジットは咎めるでもなく、静かにそう言った。チェリは答えに詰まった。疲れているというより、昨晩のことを考えすぎて授業に集中できていない。


 サジットはしばらくチェリの顔を見ていたが、やがて「提案があります」と言った。


 「この先の授業の予定に、礼儀作法が入っています。社交界に出る前に一通り身につけておくべきことを教える、というものです。本来であれば入学直前に学べば問題ないのですが……それを前倒しにできないか、確認してみようかと思っているんですが」


 サジットは誘拐未遂事件の影響を重く見ている。彼女にとっても衝撃的な事件だったが、子供たちへの影響のほうが深刻ではないかと考えていた。

 この教室は事件を起こしたアリエと関係の深い場所なので、子供たちは落ち着いた気持ちでここにいることができないのではと、悩んだ上での言葉だった。


 「礼儀作法……?」


 チェリは思わず聞き返した。ナハヤとガンマも顔を見合わせている。


 「あら?存じませんでしたか」


 「全然」


 「俺も」とガンマが言った。ナハヤも静かに首を振った。


 「そうでしたか……大学への入学が早まることになったので、本来の年齢よりも早く学ぶことになったようです」


 「礼儀作法って、具体的にどんなことをするんですか」


 ナハヤが尋ねると、サジットは「立ち居振る舞いから始まって、社交の場での会話術、食事の作法なども含まれます」と答えた。


 「基本的な礼儀作法は幼い頃に一通りは学んでいると思いますが、より洗練された作法について学ぶことになります」


 「……めんどくさそうなやつだ」

 

 ガンマがぽつりと言った。チェリも同じ気持ちだった。


 「確かに、やらなきゃいけないことだとは思ってたけど……」


 チェリは兄たちが家庭教師から礼儀作法を学んでいたのを見たことがある。何やらとても厳しそうな授業で、あの兄たちがだいぶ参っていたような気がする。

 その時の兄たちが十代の後半頃だったので、自分たちはまだそんなことを考えなくていいと、どこかで思っていたのだ。


 「この教室とは違う場所で、今と違う勉強をして、少しでも気分が変わると良いと思ったのですが……」


 サジットはそう言って、三人の顔を見渡した。


 「嫌ですか」


 三人はしばらく沈黙した。


 「……嫌というより」とチェリが言った。「まだそういう話じゃないと思ってた」


 「大学に行けば、嫌でもそういう場に出ることになりますから。どうしますか?」


 チェリは返す言葉がなかった。ガンマも珍しく黙っている。ナハヤだけが、静かに頷いた。


 「分かりました。前倒しができないかの確認をお願いします」

 ガンマはあからさまに嫌な顔をした。

 チェリのほうも兄たちの参った様子を思い出してしまって、あまり良い顔をしていなかった。


 「遅かれ早かれなんだし、二人とも観念したほうがいいと思うけどな……」

ナハヤはため息をついた。

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