24 蒼眼の竜 不審な影
「今日は授業の前に皆さんからいただいたリクエストにお応えして、竜の生態についても触れていきましょう」
アリエが黒板に『竜の身体的特徴と魔力』と書くと、三人の顔がぱっと明るくなった。
竜の鱗の構造、魔力を蓄える器官、竜が成長するにつれて魔力がどう変化するか。アリエの説明は丁寧で、チェリは夢中でノートを取った。シルヴァーンを観察していて気になっていたことが、少しずつ繋がっていく感覚がある。
(やっぱり竜生学の先生だ。ちゃんと知ってる)
チェリの引っかかりが少し薄れた。ガンマも身を乗り出して聞いている。ナハヤは静かに、だが真剣な目でノートを取っていた。
ところが、授業が中盤に差し掛かった頃から、話の方向が変わり始めた。
「竜の魔力は各地でさまざまな形で認識されてきました。特に東領地では、竜の魔力が土地そのものに影響を与えると古くから信じられています」
チェリはノートを取りながら頷いた。東領地の話は初めて聞く。
「東領地では竜を嵐の使いとして畏れるだけでなく、その魔力を通じて神意を読み取ろうとする文化が根付いています。竜の行動、渡りの方向、鳴き声の種類……それらすべてに意味があると考えられてきた」
アリエの話はそのまま東領地の竜信仰の歴史へと流れていった。
チェリはノートを取り続けたが、ガンマがあくびを噛み殺しているのが視界の端に見えた。ナハヤは表情を変えずにいるが、ノートを取る手が少し遅くなっている。
「そうした信仰の中でも、特に注目すべきものがあります」
アリエの声に、わずかに熱がこもった。
「『蒼眼の竜』という考え方をご存知ですか。青い眼を持つ竜は、他の竜とは異なる特別な魔力を持つとされています。東領地を中心に、この考え方を信仰の核に置く人々がいます」
チェリは鉛筆を走らせながら、アリエをちらりと見た。
さっきまでと、話し方が違う。穏やかなのは変わらないが、言葉の一つひとつに力がこもっている。事実を説明しているというより、信じていることを語っているような。
「蒼眼の竜の魔力は、他の竜とは質そのものが異なると言われています。その力は――」
「先生」
ナハヤが静かに手を挙げた。
「はい」
「それは竜生学の話ですか。それとも、信仰の話ですか」
教室がしんと静まった。
アリエは一瞬だけ間を置いて、それから穏やかに微笑んだ。
「鋭い指摘ですね。竜生学と信仰は、切り離せない部分もあるんです。竜の魔力の性質を理解するためには、人々がそれをどう認識してきたかも重要な資料になりますから」
ナハヤは何も言わなかった。ただ、静かにノートを閉じた。
* * *
夜、城の談話室は落ち着いた灯りに包まれていた。
チェリはソファに座り、膝の上にシルヴァーンを乗せていた。シルヴァーンは丸まっているが、目は開いている。
向かいにはハリュナルとナツァークが座っていた。滞在中の兄たちが声をかけてきたのだ。夜のお茶でも、と。
「アリエ先生の授業、何か変だと思う」
チェリが率直に言うと、ハリュナルが眉を上げた。
「変、というのは?」
「最初は竜の生態とか教えてくれたんだけど、途中から東領地の竜信仰の話ばかりになって。『蒼眼の竜』って呼ばれる竜を特別視する考え方の話まで出てきた」
「東領地の話に偏っているのか」
ナツァークが静かに言った。
「うん。東領地にすごく詳しい感じがして」
ハリュナルとナツァークが目を見合わせた。
「アリエ先生は南領地の出身だと聞いたんだ」とハリュナルが言った。
「書類にもそう書いてあった。身元の保証人も南領地の人間だ」
「南領地の人が、東領地の竜信仰にそこまで詳しいのって……」
「普通ではないな」
ナツァークが静かに続けた。
「竜生学を専攻していたなら、各地の信仰について学ぶことはある。だが、授業の中心が東領地の話になるほど詳しいというのは……」
「竜生学として学んだだけじゃない、ってこと?」
チェリがそう言うと、ナツァークは答えなかった。眉間に皺を寄せている。
「お祖父様に話した方がいいかな」
「明日、私から話す」とハリュナルが言った。
「今日のところは休みなさい、チェリ」
チェリはシルヴァーンを抱いたまま立ち上がった。シルヴァーンはチェリの腕の中で身じろぎして、談話室の扉の方をじっと見た。
「……また何か感じてる?」
シルヴァーンは答えない。ただ、耳をぴんと立てている。
「おやすみ、兄様たち」
「部屋まで送ろう」
「ええー、子供扱いしないでよ」
「……城に出る幽霊の話、知らないのか?ちょうど今くらいの時間になると……」
「ええ、ちょっと! そんな話、今しないでよ!やだ!」
「素直に送られた方がいいと思うぞ」
チェリと兄たちは廊下に出た。
夜の城は静かだった。三人の足音だけが広い廊下に響く。
「うう……一人で寝れなくなったら兄様のせいだからね……」
「その時は私が守ってやろう!幽霊が出なくなる方法は知っているからな!」
「だったら最初からそれを教えといてよ!」
そんな話をしながら歩いていると、すぐにチェリの部屋まで着いた。
「じゃあ、おやすみなさい、ナル兄様、ナツ兄様」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
チェリは兄たちに挨拶をすると、部屋の扉を開けて中に入った。
ハリュナルとナツァークの足音が遠ざかっていく。
灯りをつけようと魔法具に手を伸ばした瞬間、チェリは気づいた。
窓際に、人影があった。
背筋が冷えた。足が止まる。
腕の中のシルヴァーンが、低く唸った。さっきまでの眠そうな様子が消えて、全身の鱗が逆立っている。唸り声はどんどん低くなり、やがてチェリの耳には聞こえないほどの振動になった。
チェリはシルヴァーンをきつく抱きしめたまま、人影から目を離せなかった。




