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18 春から夏へ 教室の日々

 気づけば、窓から差し込む光の色が変わっていた。

 春のやわらかな白さから、夏の手前の、少し鋭さを帯びた金色へ。朝の教室に射し込む光が長くなり、黒板の端まで届くようになった頃、三人の手はようやく鉛筆に慣れてきた。


最初の頃は一時間も書き続ければ手が赤くなり、ガンマにいたっては「剣を握り続けても平気なのに、なんで鉛筆でこんなに疲れるんだ」と本気で不満を漏らしていた。それが今では、授業が終わっても誰も手をさすらなくなっている。


 「ナハヤの字、きれいだね」


 ある日の授業中、隣の席を覗き込んだチェリがそう言った。


 ナハヤのノートには、均等な大きさで整然と並んだ文字が連なっていた。力の加減が一定で、どの文字も迷いなく書かれている。


 「丁寧に書く癖があるだけだよ」


 ナハヤは淡々と答えたが、サジットは黒板から振り返って頷いた。


 「ナハヤさんの字は本当に読みやすいですよ。試験官が読むことを意識した字です。今まで教えた生徒の中で一番綺麗です」


 「じゃあ俺は?」

 ガンマが自分のノートを掲げた。大きくて勢いのある字が並んでいる。


 「……今まで見た中で一番元気な字ですね」


 「それ、褒めてる?」


 「成長してます。今まさに成長している所ですね」


 ガンマはノートを下ろして「微妙だ……」と呟いた。チェリは小さく吹き出した。


 「チェリさんは丁寧さはあるのですが、もう少し速く書けるようになると安心です。試験は時間との勝負でもありますから」


 「はい……」


 チェリは自分のノートに視線を落とした。一文字一文字は整っているが、確かに遅い。丁寧にしようとするあまり、手が止まりがちになる癖がなかなか抜けない。


 三者三様の課題を抱えながら、それでも春の頃に比べれば、三人とも確実に前に進んでいた。


 ガンマは数学で意外な粘り強さを見せている。苦手な科目が多いが、量をこなすことで少しずつ成績を伸ばしている。

 ナハヤは文法と論述が得意で、魔法理論も優秀。数学だけ点数の伸びが悪いが、ガンマに負けたくないと集中的に頑張っている。

 チェリはオールラウンダーでどの科目も優秀。得意科目と呼べるのは歴史で、細かい年号や人名もすらすらと答える。そして魔法の実技が頭一つ抜け出している。


 サジットから見れば、三人はそれぞれ得意分野が違い、伸び方にも違いがあるので、教えていて面白い生徒たちだった。


 * * *


 おばあさまたちの授業後の襲来は、その後も続いた。


 最初の頃こそサジットは五人が教室に現れるたびに背筋を伸ばして深くお辞儀をしていたが、三度目の訪問あたりから、だいぶ慣れてきた。


 「先生、甘柑の砂糖漬け、今日は新しい味も持ってきたわよ」


 「……ありがとうございます、サリア様」


 受け取る手つきも、最初よりずっと自然になっている。


 三人も慣れたもので、おばあさまたちが来ると自然と菓子に手を伸ばし、思い思いに話し始める。ミルザが魔法球を浮かべて遊び始めたり、リッテが昔の武勇伝を語り始めたり、エルナダが歌い始めたりする。ネイディーアだけは「お勉強の邪魔をしてはいけません」と窘めるが、自分も焼き菓子を手にしている。


 サジットはそういう時間を、少し離れたところから眺めながら、自分の分の菓子をつまむようになっていた。


 悪くない、と思っていた。


 ただ一つ、気になっていることがあった。

 サジットは最近、空き時間に竜生学の教科書を開くようになっていた。

 専門の教師がなかなか見つからないと家宰から聞いていたせいだ。自分が代わりに教えられないものかと思ったのだが――。


 ある日の授業後、サジットは少し言いにくそうに口を開いた。

 「あの……竜生学の専門の先生がなかなか見つからないと伺っていて。私が代わりに教えられないかと思って、この一週間ほど教科書を読んでいたんですが」


 サジットは苦笑いをしながら続けた。

 「……無理でした。にわか仕込みでお教えできるものではないなと」

 「先生、西領地でも東部の出身でしたっけ。竜があまり身近じゃない地域ですよね」とナハヤが言った。

  

 「ええ、そうなんです。申し訳なくて」


 「大学に入ってから学べばいいんじゃないですか」とチェリが言った。

「見つからないっていうのは聞いてるし、無理に今やらなくても」


 「それに俺、シルヴァーン見てれば結構分かるし」とガンマが続ける。


 「何が分かるのよ?」

 

 「……皆さんに慰められるとは思いませんでした」


 サジットは力が抜けたように笑った。


 そこへ、廊下から聞き慣れた足音が複数近づいてきた。

 三人とサジットは顔を見合わせた。

 「……来た」

 チェリがぽつりと言った瞬間、扉が開いた。

 「お勉強お疲れ様~!今日はリッテが焼いたパウンドケーキよ~!」

 「私は焼いていない。メイドに作ってもらっただけだ」

 「レシピを提供したなら作ったも同じでは?」

 「代表責任者ということで、作ったことになるんじゃない?」

 賑やかな声とともに、五人のおばあさまたちが椅子を抱えたメイドを引き連れて入ってきた。今日はメイドがティーワゴンも運び入れている。

 サジットはすでに背筋を伸ばしていたが、以前ほど顔が引きつってはいない。

 「先生、今日はご一緒にどうぞ」

 エルナダに空いた椅子に座るように勧められ、サジットは「ありがとうございます」と一礼して腰掛けた。


 切り分けたパウンドケーキとお茶を勧められ、気づけばサジットもこの光景の中に自然に溶け込んでいたのだった。

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