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15 新たな教室 初めての教師

 城内の一室が、いつの間にか教室のように改装されていた。


 板張りの床に、天井からは魔法式の照明が等間隔に吊られ、室内を均等に明るく照らしている。壁際には資料や辞書が詰まった本棚が並び、部屋の中央には三つの生徒用の机が横一列に配置されていた。机の正面には一段高く作られた教壇があり、その背後の壁には、黒く塗られた大きな板がどんと据えられている。


 「さすがお祖父様……勉強専用の部屋が、もうできてる」


 部屋に入るなり、感心したように言ったのはガンマだった。


 「この部屋、学校の『教室』だ。本物はもっと机が多いと思うけど」


 ナハヤは周囲を見渡しながら、教壇の方へと歩いていく。


 「これが学校!?」


 チェリは目を輝かせながら、教室の中をぐるりと見回した。


 三人とも、これまではずっと自室で家庭教師から勉強を教わってきたので、“教室”と呼ばれる場所に入るのは初めてだった。いつもと違う雰囲気に胸が高鳴る。


 「これが黒板ってやつ?」


 チェリは目を丸くし、壁に設置された黒く塗られた板を見上げた。そして黒板の脇に据え付けられていた小箱からチョークを取り出す。


 「お、おいチェリ、勝手に……!」


 ナハヤが慌てて止めかけたが、チェリはすでに黒板に文字を書き始めていた。


 「魔法を使った書板もいいけど、これはこれで素朴で……いいね。でもなんで魔力なしのなんだろ?」


 チェリは楽しげにチョークで文字を綴っては、黒板消しで消し、また書いては消してを繰り返していた。

 ナハヤはそんなチェリを呆れた目で見つつ、魔力なしの黒板が備え付けられた理由を考えていた。

 「急いだからじゃない? 大型の魔法書板は準備に時間がかかるし、とりあえず実際の学校で使ってる道具を流用して備え付けたんだと思うよ」

 「魔法書板のほうが便利だもんね。こういう道具でわざわざ消さなくてもいいし」

 チェリはそう言って、黒板に手をかざす仕草をした。

 魔法書板なら文字の上に魔力を込めた手のひらをかざすだけですぐに書いた内容を消すことができる。

 だが、この教室にある黒板もチョークも、魔力とは無縁のごく普通のものだ。

当然、チェリのその仕草で文字が消えることはなかった。

 「もしかしたらこれを使えるのは今日だけかも……」

チェリはそう言いながら黒板消しで書いた絵や文字を消していると、

 「それはちゃんと理由があって、準備していただいたものです」

 後ろから不意に声がした。


 振り向くと、部屋の入口に若い女性が立っていた。

 教師として雇われたサジットだった。


 * * *


 時間は少し戻る。


 サジットは、通用門から中へと案内されていた。

 豪奢な装飾の施された廊下を歩き、応接用と思しき部屋に辿り着く。

 この部屋でしばらく待っていてほしいと、案内の使用人に頭を下げられた。

使用人は丁寧に一礼してから、部屋を出ていってしまった。


 「ど、どこを見ても豪華絢爛……本当に、ここで一年……?」


 一人残されたサジットは高級そうなソファに腰をかけることすら気が引けて、立ったまま部屋の壁を見回していると、扉が開いた。

 中年の紳士と数人の使用人が入ってきた。品のいい身なりの男は、丁寧に一礼すると口を開いた。


 「お初にお目にかかります。私は家宰のジェンマーと申します。本来であれば家長自らがご挨拶すべきところですが、多忙につき、私が代わってご挨拶申し上げます」


 「ひぃ……い、いえっ! そ、そんな、丁寧にしていただかなくてもっ!」


 背筋を伸ばしていたサジットは慌てて深くお辞儀をした。


 「現在、スケジュールの調整中ではございますが、いずれ晩餐会にご招待したいとハリューク様より伺っております」


 「えっ!? 晩餐会っ……!? ハリューク様と!? そ、それは……あのっ……ええと……そのっ……お孫様がたが無事に合格した……いえ、もし合格なさったらということで一向に……構いませんので……!」


 「……承知いたしました。そのようにお伝えいたします」


 顔から火が出るような思いでしどろもどろになるサジットに対し、ジェンマーは淡々と一礼し、そして静かに告げた。


 「では、お部屋へご案内いたします。こちらへどうぞ」


 サジットは案内されるまま、また豪奢な廊下を進んでいく。途中、すれ違う使用人が皆きちんと礼をしてくることにすら圧倒されていた。


 「こちらがサジット様のお部屋です。室内に通話盤がございますので、何かあれば遠慮なくお申し付けください。城内には保安上立ち入りをお控えいただく区域がございますが、それ以外でしたらご自由にお過ごしいただけます。外出もご自由にどうぞ。食事は使用人の食堂で摂って頂いても構いませんし、お望みであれば部屋にお運びいたします。クリーニングが必要な衣服は通話盤でお伝えいただければ翌朝に担当の者が取りに参ります。そして夜までに届けさせます。」


 ジェンマーの早口の説明に、サジットは「はい」という相槌を何度か挟み込むのが精一杯だった。


 扉が開かれると、そこにはこれまで住み込みで暮らしていたどの貴族の屋敷の部屋よりも立派な空間が広がっていた。細工の施された木製の家具、やわらかな絨毯、窓辺には魔法球による照明装置、そして──見たこともないような天蓋付きの豪華なベッド。奥に扉が設けられていることから、トイレや簡易シャワー室も備わっているようだった。

 書斎机には、通話盤が備え付けられていた。これは魔法の力で声を伝える機能を持ち、使用人を呼び出すために使われるものである。本来は家の主人だけが用いるものであり、こうした設備が住み込みの教師の個室に備えられているのは、明らかに特別な扱いと言えるだろう。


 「……今までの部屋でいちばん豪華……」


 そう呟き、ベッドの端にそっと腰を下ろす。柔らかさに沈んだ瞬間、サジットは手をついて頭を抱えた。


 「怖くなってきた……これでお給金までもらえて、最上級の待遇……これは……絶対絶対合格させなければまずいまずい、まずすぎる……!頑張れ私……!!」


 ふう、と大きく息を吐き、彼女は再び立ち上がった。書類の入った鞄を抱え直し、ドアの外へと向かう。


 ──この後、生徒となる三人と顔を合わせる。

 どんな性格かはまだわからないが、扱いにくい子たちでなければいいのだが──。


 不安と緊張を胸に抱えながら、サジットは城内の廊下を歩いていった。

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