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10 竜への命名 挑戦へ

「……とはいえ、竜の飼育の建前としては“学術目的”ということになる」


 静まり返った執務室の中で、ハリュークはそう告げた。すでに春祭は終わり、祭囃子も張り子の竜も遠くへ舞い去っている。


 「学術、ですか?」


 チェリが目を瞬かせた。


 「飼育の申請が必要だ。春の姫という肩書は何の役にも立たん。あくまでその竜は〈竜生学〉の研究の為に飼育されるのだ」


 「竜生学……」


 チェリがその言葉を繰り返すと、ナハヤが小さく頷いた。


 「中央領の大学にある学科だよ。竜の生態、習性、魔力との関係性、文化史的な意義まで幅広く扱ってる」


 「学科って……え、ちょっと待って、それって大学ってこと? 大学に通えってこと?」


 「そうだ」

 ハリュークは即答した。


 「来年から。飛び級でだ。お前なら可能なはずだ」


 「飛び級ぅ……!?」


 チェリは呆然とつぶやいた。自分はまだ十一歳。通常なら十五歳での入学だ。あと四年あるはずの勉強量が、たった一年に詰め込まれようとしていた。


 「必要な書物、試験の資料、教師などはすべて用意しよう。入学試験に必要なことは何でも教えさせる。お前に竜を飼う資格があることを、証明してみせろ」


 ハリュークの視線は鋭かったが、それは怒りではなく、試すようなまなざしだった。


 「……やってみる」

 チェリは力強く言った。

 「育てたい。だから、勉強もする。証明してみせる」


 「俺もやる!」

 隣でガンマが元気よく手を上げた。

 「チェリだけずるいし、俺も竜のこと知りたいし、あいつとも仲良くなりたい!」


 「……僕も」

 ナハヤが眼鏡の奥で静かに微笑んだ。

 「どうせ図書室に入り浸ってるし、ついでに勉強してみるよ。三人でやれば、きっとできる」


 「ちょっと、勝手に決めないでよ」


 チェリは口を尖らせながらも、どこか嬉しそうだった。


「けど、まあ……助かるわ。ライバルがいた方がやる気出るし」


 チェリが肩をすくめると、ナハヤとガンマも笑った。三人の間に、これから始まる日々への覚悟と、ほんの少しの高揚感が生まれていた。


 その空気を確認するように、ハリュークは一つ頷くと、執務机から立ち上がった。


「では、準備を整えさせよう。お前たちの勉強も、竜の世話も。全ては明日からだ」


 踵を返し、重々しい足取りで扉へと向かう。手をかけたところで、ふと何かを思い出したように立ち止まった。


 「――その……名前は、決めたのか?」


 その背中越しの問いに、チェリは少し驚いて目を見開いた。そして、自分の腕の中で静かに息をする小さな命を見つめ、短く答えた。


 「……シルヴァーン」


 ハリュークは、わずかに振り返りもせずに言った。


 「遠き冬風(シルヴァーン)か。……いい名だ」


 マナの風がやってくる直前に強く吹く、まだ冷たい冬の冷気を残した風を、西領地では「遠き冬風(シルヴァーン)」と呼んでいる。 

 春祭の前日に見つけた卵から生まれた竜の名前としてぴったりだろうとチェリは考えた。


 名を聞いた祖父は少し微笑み、振り返ることなく静かに部屋を後にした。


 「名前つけないって言ってたのに」

 と、ガンマが目を丸くする。


 「……育てられるといいなって、思った時には……もう、名前を考えてた」

 チェリは照れくさそうに笑った。

 「結局育てることになったんだから。名前……考えてて良かった」


 その言葉に、部屋の誰もが静かに頷いた。


 竜を飼うというのは、責任だ。命を背負うこと。未来を育てること。

 その重さを、チェリは確かに感じていた。

 この瞬間から、彼女の日常は変わる。

 勉強漬けの毎日。魔力の鍛錬、試験の準備、そして子竜との暮らし。


 風の名を持つ竜とともに――

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