ep14:未知との遭遇
※この物語は、1DKという名の宇宙船と愛機アルカディア号〈レガシィアウトバック〉を駆り。
大銀河を生き抜く、一人の女性の等身大スペースオペラである
目標地点、高原の野営地(キャンプ場)に到着。
だが、我が艦の兵站は危機的状況にある。80万の建造費により、テントという名の「前線基地」を構築する予算は完全に消失した。
「……問題ない。アルカディア号自体が、最強の居住ポッドだ」
ラゲッジルームから、母船(203号室)で使い古された小鍋、ヤカン、毛布を運び出す。
そこで致命的なミスが発覚した。椅子という名の「司令官席」を積み忘れたのだ。
「……フフ、計算通りだ。重力(地面)をより近くに感じるための、あえてのレジャーシート直座りよ」
百均のシートに腰を下ろし、私は高オクタン燃料(金麦)のプルタブを引き抜いた。
カシュッ!
「……美味い。……環境が変わるだけで、燃料の燃焼効率が上がっている」
その時だ。
「……ターゲット接近」
隣のサイトで、完璧なスノーピーク装備を構築していたソロキャン女子が、こちらを覗き込んでいるではないか。
「あの……。椅子、忘れちゃったんですか?」
「!!」
私の脳内演算機が激しく火花を散らす。
(落ち着け、私。これは他星系文明からの親善通信だ。椅子を忘れてレジャーシートに直座りし、カセットコンロで小鍋を温めているこの姿は、あえての『ブッシュクラフト・ミニマリズム』であると論理的に説明しろ!)
「……あ、……あう……」
口から出たのは、バグを起こした通信機のような音だった。
相手の女子は、心配そうに自分の予備の椅子を指差している。
「よかったら、一個貸しましょうか? 余ってるんで」
(否! 断じて否である! 独立独歩を旨とする203号艦長が、他艦隊からの物資支援を安易に受けるわけにはいかない! 礼儀正しく、かつ威厳を持って断るのだ!)
「……い、いえ……これは……その……」
「……?」
「……ぐ、グラウンディング(接地)の、……一環ですので、……大丈夫です……(超小声)」
「えっ? グラ……?」
「……地球の、磁場を……直接、……感じたいので……はい……」
女子は「あ、……意識高い系の人なのかな……」という、なんとも言えない微妙な苦笑いを浮かべ、「あ、そうですか、頑張ってください……」と、自分の銀河へ去っていった。
(……死にたい。今すぐこの場からハイパースペースへ逃げ出したい)
グラウンディング。自分でも何を言っているのか分からない。
気を取り直して夕食の準備だ
メインディッシュは、私の秘密兵器。
「ヒゲ屋謹製カレーの素」だ。
観測者諸君、銀河のどこへ行こうと、キャンプの最適解はカレーであると相場が決まっている。
小鍋にカレーの素と水を加え、カセットコンロで加熱。
母船から持ち込んだ冷や飯に、熱々のルーを注ぎ込む。
「……あ、あの……」
再び、隣のサイトのソロキャン女子が通信(話しかけ)を送ってきた。
今度は椅子の件ではない。風に乗って漂った「ヒゲ屋カレー」の香ばしいスパイスの香りが、彼女の嗅覚センサーに触れたらしい。
「カレー、すっごく良い匂いですね!」
(来た。二度目の接触。今度こそ……今度こそ、隣接星系の住人として適切な社交儀礼を果たすのだ。笑顔だ。笑顔で『ありがとうございます、こだわりのスパイスなんですよ』と返すんだ!)
私の喉が、極限の緊張で収縮する。
(「ありがとうございます」と「あ、どうも」が脳内で正面衝突し、奇怪な圧縮データとして射出された)
「あ、あ、……あすっ!」
「……えっ?」
「……あす……っ」
(あす。あすって何だ?明日か?私は今、彼女に明日を提示したのか?それとも『あざっす』の最短進化形か?違う、私はただ『ありがとうございます』と言いたかっただけなんだ……!)
女子は「あ、……あはは、お疲れ様です!」と、今度は少し引き気味の笑顔で去っていった。
(……死のう。今すぐこのレジャーシートを丸めて、地中深くのマントルまで潜り込みたい)
私は震える手で、小鍋からカレーを掬い上げた。
「あす」……。その二文字が脳内でリフレインし、せっかくのヒゲ屋のスパイスの香りを「羞恥」という名の雑味で塗りつぶしていく。
「……実食」
…………。
……あす(味)。
もはや味など分からない。私はただ、自分の言語中枢の崩壊を呪いながら、冷えかけた飯を胃袋に放り込むしかなかった。
……辛い。カレーは辛くないが、自分のコミュ障っぷりが辛い。
私は二本目の燃料を、ヤケクソ気味に胃袋へ流し込んだ。
▼今回の作戦費用報告(補足)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【精神的損害】 : 計測不能 (羞恥心のオーバーフロー)
【対人スキル経験値】: -50 (むしろ退化した可能性あり)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【作戦評価(修正)】
ファーストコンタクトは完全な失敗に終わる。
「グラウンディング」「あす!」という謎の専門用語を生成した自分を、後で土に埋めて殴ることを決定。
夜の帳が降りるまで、アルカディア号の中に隠遁する。
あすっ!




