ユキと人間ユキ
「ユキさーん」という声がする。
私は庭にいて草を触り、よく跳ねる虫が草むらから飛び出してくるのを見て楽しんでいた。わざわざ呼んでくれるというのはきっとおやつをくれるに違いない。
行かなくては、と思っているのに思いがけず虫がたくさん出てきてピョンピョンと跳ね回るのが面白く、つい気を取られてしまった。
「ユキさん、家にお入りなさいな」
マッマは扉を開けて私を呼びに来た。
なぜか、私より先に「はい」と返事をした者がいる。隣に住んでいる人間だ。
人間は白っぽい髪でメガネをかけているオスだ。
「お邪魔します」と言って庭に入ってきた。
マッマが「あら、お隣に住んでいる方ね」と言うと人間は不思議そうな顔をした。
「ええと確か慈眼さん……下のお名前は何でしたっけ」
「ユキチカ。ユキと呼ばれています」
「あら、うちの猫と同じ名前だわ」
そんなやり取りの後、人間のユキが照れくさそうに「勘違いしました、すみません」と言って出て行こうとするのを、マッマが引き止めた。
「お茶を飲んで行ってください」
「今用意するので寛いでいてくださいね」
マッマが台所に行っている間、人間のユキは真剣な顔でテレビを見ていた。
そして、お茶を持ってきたマッマにその内容を熱心に話した。
「さっき、とても便利そうな商品が紹介されて、今なら同じ物が付いてくるって言うんです。番組を見ていた人だけ半分の値段にしてくれるそうです」
「フフフ……ユキさんて面白い方ですね。あんなの2つも要らないですよ、実際は安物ですから」
「そうなんですか」
「たまにいい物もありますけどね。このお菓子とか。どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
「通販と言えば、カタログギフトを貰ったんです。どの商品がいいと思います?」
「へえ……色々あるんですね」
「お肉かお米にしようかと思っているんですけど、こっちの茶器セットも……」
おやつを食べて眠くなった私は、人間ユキの膝に乗ってみた。思った通り居心地が良い。時々適当に撫でてくれるのも良い。
それ以来、人間ユキはたまに遊びに来るようになった。目当ては私だと言う。遊びの棒振りも上手いしブラッシングも慣れているので、私も彼が来るのが楽しみだった。
ある日、人間ユキの仲間が何か叫んでいるのを聞いた。人間ではない生き物に向けた声だ。「我はミクト」と名乗っているので名前はミクトというらしい。反応するかどうか迷い、人間ユキの仲間だからちょっと様子を見に行こうかなと思った。
声に応えると何故か知らない部屋のベッドの上にいた。ベッドに寝ているのは声の主ミクトのようだ。頬が赤く触ると熱い。苦しそうに呻いている。
私には、ほんの少しだけど怪我や病気を治す力がある。それを知って呼んだのだと思い、ミクトの側に座って治癒の波動を送った。マッマの膝やパッパのお腹もこれで大抵良くなる。ミクトにも効くと良いけど。
少しうたた寝をして目を覚ますと人間が増えていた。ミクトの他に3人。人間ユキもいた。
ユキが寝ているミクトの額に片手を当て、もう片手を台に乗せると、仲間がその上に手を乗せた。全員目を閉じ、ユキが見えない誰かに話しかけるようにつぶやいた。
何か起こりそうな気がする。せっかく呼ばれたのだから参加するべきだと思い、私はそっと近寄って、重なった手の一番上に自分の前足を置いた。
周りが暗くなり、また明るくなって気づくと知らない部屋だった。
部屋の中にいる子供はどうやらミクトの昔の姿らしい。4人は話をしながら子供になったり大人になったりしている。話の内容から、昔あったことが繰り返されていて皆でなぞっているのだと分かった。
ミクトのマッマが死んだのか。私も、人間のマッマたちに引き取られる前に同じ目にあったから気持ちが分かる。あまりの驚きと悲しみにバラバラになってしまいそうだった。私は鳴きすぎて喉が枯れたけど、ミクトは喋れなくなったのか。
トイロというあの大きなオスも小さな子供の頃があったんだな。この頃からたくさん食べそうな感じだ。
マコトも人間ユキも苦労したようだ。誰かに助けられたみたいで良かった。見ているうちに、4人が自分と近い仲間のように思えてきた。
ミクトの難しそうな今の悩みについて私はよく分からないけれど、仲間がいて良かったなと思う。ああやって固まったり側にいるだけで安心するんだ。きっとすぐ治るだろう。
私は重なった手から前足を離し、ミクトの側に戻った。
頬を舐めるとしょっぱかったがさっきのように熱くはない。匂いは……オスのようだがメスの匂いもする。どちらの匂いもするのはマッマと同じだ。
私は隣の人間たちが気になって、度々家を抜け出し様子を見に行った。植え込みの隙間をくぐって隣に行き、前の住人が取り付けた専用の通路を通って中に入る。
早朝、トイロが寝ている枕元には捕まえた虫を置いておくのだけど、トイロはいつもうっかり逃がしてしまうようだ。なのでこの間は庭にいた蛙を持っていった。喜ぶ顔を見ようと顔に乗せて起こしたら、大きな声で叫ばれてしまった。
ミクトは元気になっていた。ミクト部屋のベッドは心地よかったのでよく昼寝させてもらっている。鳥が見える出窓もお気に入りポイントだ。たまに知らない大きな動物が床にいることがある。
マコトはキッチンにいることが多い。エプロンはマッマのだ。「ニャー?」と聞いたら「料理魔法を研究しているんだ」と言った。「下ごしらえとか時短できるし後片付けも簡単だ……ってユキさんに言ってもね」と私を見るので「ニャン」と答えた。
人間ユキはまた遊びに来ていて、マッマの話に随分と驚いていた。
「私の友人も両親のひとりがキラ人です」と言った。何度も「キラ人」という言葉が出てきた。
次に来た時、ミクトが一緒だった。
マッマがミクトの父親を知っているという話になり、ユキもミクトもまた驚いた。
話は弾んで長いこと終わりそうにない。
私は人間ユキの膝に乗ってうとうとすることにした。




