化身美空斗の混沌
ミクトの横にいる白い猫が何事かと目を丸くした。
一瞬暗くなり、明るくなったと思ったら俺たち3人はリビングにいた。側に幼いミクトが立っている。
これがミクトの記憶の中……。ガランでの記憶ではない?
床に倒れているのは母親だろう。すでに息絶えているようだ。
ミクトはどのぐらいこうしていたのだろうか。
俺は、この世で一番辛いことは幼い子供が母親を亡くすことだと思っている。世界のほとんどが失われるのに等しい。まるで自分の事のように胸が締めつけられた。
「ミクトさん」
ユキが声を掛けると、ミクトがこちらを向いた。
「どうした?」
俺もそっと声を掛けてみた。返事がないのはショックで声が出ないからなのだろうか。
小さなミクトを抱き上げて背中を擦った。
「ママは……」
「大丈夫、病院に運ぶから安心して」
「治る?」
「ああ、きっと治るよ」
ユキが魔法で、死亡した母親を見えなくした。
「あっ、ママだ」
そんなはずは……と思っていたらトイロがミクトの母親になっていた。
「もう治ったよ。心配かけてごめんな」
トイロは戸惑いながら、変化に合わせて役割を演じようとしているようだ。
ミクトは母親になったトイロの腕に渡り、やっと顔色が戻った。
「僕、知ってるよ。ママは死んじゃったんだ。でもこうして来てくれて嬉しい。ありがとうお兄ちゃんたち」
「そうか、俺、せっかくママになったんだから今のうちに甘えなよ」
「うん」
不思議な世界だ。夢のような描きかけの絵のような。状況がどんどん変わっていく。これが記憶──もしかすると心というものなのか。
ミクトは母親の死を受け入れたのだろう。俺たちを通して立ち直る未来が見えたのかもしれない。
「トイロお兄ちゃんは、トラックにぶつかって痛かったでしょう?」
トイロの腕から下りたミクトがそう言うと、トイロの姿が子供に変化した。
「トイロは今いくつ?」と聞くと「5歳」だと言う。
「どうしてトラックなんかにぶつかったの?」とミクトが聞く。
「父さんが帰ってこないから迎えに行こうと思ったんだ。それで大通りを歩いていたらぶつかっちゃった」
「痛かった?」
「忘れちゃった。誰かが助けてくれたんだ」
俺はユキに、どうしてトイロの子供時代の事をミクトが知っているのか聞いた。
「ここでは持っている記憶は一時的に共有され、消失部分は補完し合っているのだと思います」
ふーん、と分かったような返事をしたが実はよく分かってはいない。
「とすると、俺のあんな事やこんな事も」
「本当に秘密にしたいと思っていれば、いくら仲間でも知る事はできないでしょう」
「そうか、安心した」と言うとユキは「でもマコトさん、秘密は少なそうですね」と意味ありげに笑った。
「それでトイロはいつも1人だったの? 僕と同じだね。でもちゃんと大人になれたよね」
「うん。あのまま死ななくてよかった」
トイロとミクトの話を聞いていた俺の身体が変化した。やや脂肪を蓄えた体型にラフな服装。手には結婚指輪があり靴下にサンダルを履いている中年女性。俺が抱いているおばさんのイメージだ。
おばさんの俺は言った。
「トイロくんはいつでも家に来ていいのよ。ご飯もあるし、うちの子たちと遊べるし。子供は遠慮しなくていいんだから」
おばさんとしての俺はこんな事を考えていて、ちゃんと伝えられるんだなと感心した。
トイロは「うん!」と笑顔で俺を見上げている。でかくて生意気なトイロもこうして見ると可愛いものだ。何か食べさせてやりたい気分だ。大盛りの炒飯など。
「マコトお兄ちゃんも、子供の頃は悲しかったんだね」
ミクトにそう言われ、突然思い出した。
幼い頃、魔王軍に両親を奪われたことを。両親を亡くして世界が真っ黒になった時の気持ちを。今まで忘れていた記憶が一気に押し寄せた。誰かが記憶消去の魔法をかけていたとしたら、それは間違いなく愛情だ。子供の俺には辛すぎる。大人になった今の俺だから耐えられるのだ。
俺はボロボロと泣いた。
俺の身体は変化して今6歳だ。だけど大人になった俺もちゃんといる。
涙を、小さなユキが拭いてくれた。
「僕も今6歳だよ」とユキが言う。
ユキは昔から頭が良さそうな顔をしていたんだなと思った。
「6歳のユキは何をしていたの?」
「ずっと1人だったから、自分で何でもやらないといけなかった。僕は子供なのに」
「それは虐待だね」
「だよね」
「変な世界だね」と言うとユキが大人に戻り、魔法大全を開いて読み上げた。
「これは精神魔法による記憶の再構築が見せる世界である。精神魔法医となる者は細心の注意を払い患者の記憶に立ち入り、込み入った情報を整理するに留まり長居をしてはならない。また……」
ユキの周りに人の顔が何人か浮かんだ。1人は見たことのない人だ。
「入れ墨の人のこと、大事に思っているんだね」
「はい。亡くなった方ですがずっと私の恩人です」
「白髪の人は六波羅市長かな」
ぼんやり見える風貌からそう思った。
「あっ……」
言葉が途切れたままだがどうしたんだろう。
「あの時のお祖母ちゃんは……」
ユキの顔が見る見る赤くなっていく。何だか知らないがこんなユキを見るのは面白い。
場面が変わり、暗く寒い場所に出た。目が慣れると森の中にいることが分かった。
幼いミクトが歩いている。
「誰も僕に気づかない」とミクトは言う。斎場から出て行方不明になった時の事だろう。
「後で皆、大慌てだったよ。警察の捜査も入ったんだ」
ミクトについて知っていることはこの程度だった。森で行方不明になったが動物たちに温められていて奇跡的に助かったなんて、まさに未来のテイマーぽいじゃないか。きっとこの時に能力発現したんだろう。
「寒かったね」
「俺らがいるから」
俺たちはミクトを囲んで座った。
ミクトが感じている寒さなのか、凍えそうだ。焚き火とホットティーを出した。
カップを受け取ったミクトはもう子供の姿ではなかった。陰りのある表情が妙に艶っぽく見えた。
「もし僕が女の子になったらどうする?」
これが本題か、と思った。ミクトの悩みはこの森深くに閉じ込められていたようだ。女の子に? なりたいということなのだろうか。
「どうするって……今でも俺の中では昔からミクトは半分女の子っていうイメージだけど。トイロが強すぎたんで同じように考えてはいけないと思って」と伝えた。
「そうだな、びっくりはするけど変わらないかな。ミクトはミクトだし」
「ミクトさんは天使のような存在だと思っています」
ミクトの表情が和らいだ。
「というのはさ、僕の中には性転換する遺伝子があるんだ。僕が中性的に見えるのはそのせいかもしれない。実は僕の父親は僕が生まれる前までは男だったけど、今は多分女だと思う」
……ちょっと待て。話の筋を飲み込むのに時間がかかりそうだ。
「お父さんだから男のはずだろう」と、トイロ。
「最近はそうでもないんだよ」と答えて混乱する俺。
俺たちは初めてミクトの出生について、ミクトの口から聞くことになった。
ミクトの母親は地球の日本人、父親はオリジンのキラというところの生まれらしい。ガランにキラ人の友人がいて、その人を通じて父親がキラ人であった事を偶然知ったと言う。
「キラ人は男の体で生まれてくるけど、成長と共に半数が女になるんだ。父さんは男の時に母さんと結婚し、僕が生まれた。その後女体化したんだ。それが原因で離婚したんだと思う。家族写真は僕と母さんと女の人が写っていた」
「じゃあミクトもじょ……性別が変わったりする?」
少し動揺してしまった。
「両親共キラ人でないとキラの特性は受け継がれないんだって」
「なんだ、そうか」
「でも、その根拠が分からないんだ。キラ人とガラン人だけでも少ないのに、他星人との結婚ってほとんど聞いたことがないから。キラ人の存在だって知られていないぐらいだし。数少ない例を見ただけの推測かもしれないでしょう? だから僕も女になる可能性はあると思うんだ」
「それはミクトさんの意に沿わない事なのですか?」とユキ。
「絶対嫌だというほどじゃないけど、できたら今のままがいいなと思う。自分では決められないから嫌がっても仕方ないんだけど」
「今の自分と変わってしまうのは怖いですよね」
「そう! そうなんだ。この身体がどうなるのか、変わるとしたら今日なのか明日なのかと毎日思う。一番気になっていたのは、3人にどう思われるかだったんだ。でも、皆気にしないみたいだから安心した」
「そりゃ怖いものだよな。力や魔法だって変わるかもしれないし。自分がもし……と考えたら悩むの分かるよ。俺は単純に、ミクトが女の子になるのもいいなあ、なんてちょっと思ったりしてゴメン」
「ううん、皆ありがとう」
トイロが女体化した姿をうっかり想像し「ミクトで良かった」と思ってしまった自分も反省した。
ミクトを見ると、さっきの艶っぽさは消えていた。元気で明るいいつまでも少年のようなミクト。中性的というより男と女を両方兼ね備えているようにも感じる。
森だった風景が変化して明るい空が広がった……と思ったら、ミクトの部屋に変わった。記憶の世界から戻ってきたらしい。
白い猫もそのままいる。ミクトの熱は下がったようだ。
結局全員で早上がりしたので、宿舎のキッチンで昼食をつくることにした。
炊いたご飯を冷まし、チャーシューとネギを刻み、卵を次々と鍋に割り入れる。
「何つくってんの?」と、トイロが中華鍋を覗き込んだ。
「大盛り卵チャーハンがつくりたくなって」
「やった! 俺の好物」
「俺の中のおばさんがトイロにチャーハンをつくれと言ったんだ」
「プリンも好物!」
「それはたまり丸の所で買ってこい……ところで何でクッションを抱きしめてるんだ?」
「俺さあ、結婚したくなった」
「はあ?」
「小さいミクト抱いてたら子供っていいかもと思って」
「何言ってんだ、相手もいないのに。ってかトイロがまだ子供だろうが」
「俺はお父さんになるんだ!」
「さっきお母さんやってただろ。その想い出で我慢しろって」
ミクトがキッチンに入ってきて水を汲み飲んでいる。汗をかいて喉が乾いたらしい。
「もういいの?」
「うん、大丈夫! お腹空いた」
「ミクト、もし女になったら結婚しよう」
トイロがとち狂った。
「嫌だ」と即答されている。
「どうして」
「僕は非婚主義だし、万一結婚するにしても女の子がいい」
「女同士で?」
どうしたらそういう発想になるんだ。
「僕の父さんがそうだったし。結果論だけど」
ミクトも特殊な例で答えるんじゃない。
俺は中華鍋を振りながら脳内でツッコミまくった。
「わーっ! 何で犬がいるの」
勢いよく走ってきたハスキーにミクトが襲われている。
「何この子、トイロみたいにデカいよ。わっ!」
「シャーーッ!」
猫が2階から下りてきたらしい。犬と鉢合わせして怒っている。
「いいなあ、犬がいて猫がいる……これで妻と子がいたら」
「寝言言ってないで猫も隣に返して来い、ハスキーは田中さん家に」
「残念だけど返してくる。ポチおいで!」
「絶対名前違うだろ」
「大騒ぎですね」
ユキが手を洗っている。手伝ってくれるつもりらしい。
「忙しい一日だったなあ。泣いたり笑ったり、チャーハンつくりたくなったり」
「フフ」
「記憶のほとんどは日本での事だったね」
「ええ」
「トイロとユキは日本人、俺はガラン人、ミクトは日本人だけどオリジン星のキラにもルーツがあった。答え合わせをしたようにスッキリしたよ」
「地球はオリジンの移住先だから、元は同じですけどね」
「俺よりユキの方がよほど異星人らしいんだけど、地球人視点で」
「そうですか? 確かにマコトさんには日本人的なものを感じますね」
「俺の中に日本のルーツがあったりして」
「まだこれから復活する記憶がたくさんありそうですから、あり得ますね」
「楽しみなような、怖いような」
「俺らもいつか家庭を持ったりするのかな。数年後には妻と子がいたりして」
「かもしれませんね」
ユキはどんな家庭を築くんだろうなあと思った。
その前に出会いとか恋愛とかあって、楽しいんだろうな。
今も十分楽しいけど。




