ミクトショック!
「さ……寒い!」
パトロール中にミクトがそう言うので「春だぜ?」と返した。顔を見ると赤い。
「アッツ!」
首に触れて思わず叫んだ。かなりの高熱だ。
ユキが回復魔法をかけたが、すぐには収まりそうにない。
「飛行魔法で飛ぶか、数メートルしか移動できない瞬間移動を繰り返すか……」
ミクトをどうやって運ぶか考えていると「ここから宿舎まで近いし、俺が担いで行くよ」とトイロが言った。
「安全に運べるようにしますね」
ユキが保護魔法をかけると、ミクトの全身は繭のようなものに包まれた。
「トイロは帰って来なくていいぞ! そのままミクトの様子を見ていて。としお課長には連絡しておく」
「じゃあ俺の業務は終了だな! 後はよろしくマコト、ユキ」
ミクトを担いで移動するトイロを見て、ガランでユキが倒れた時の事を思い出した。あの時もこんな状況だった。ミクトが発熱するのはガランではよくある事だったが……。
俺とユキはパトロールを再開した。春は陽気のせいでゴーストがふらふらと出てくる。催眠魔法を使うゴーストもいるので要注意だ。運転中の場合、居眠りが事故に繋がる恐れがある。
パトロールは、たすきを掛けて歩くだけ。途中で飲食や買い物も自由だから休日の散歩と変わらない。
「マコトさん、転移ショックって覚えています? 地球に来た時に言われたと思うんですけど」
「1年も経ってから出るものかなあ?」
「ですよね……何にせよ、さっきかけた魔法が効いているといいんですが」
「転移と言えば、俺たちが何故地球に来たかって話。今まで色々理由を考えたけどさ、魔王を倒すとどこかに転移する魔法が仕組まれていたとか、魔王軍の生き残りの中に転移魔法を使う魔物がいたとか」
「結局、納得のいく理由には行き着きませんでしたね」
「4人で魔王を倒したすぐ後に転移とか、もうちょっと勝利の美酒に酔いたかったぜ。誰かが俺たちを転移させながら記憶を消したというのはどうだろう?」
「知られてはいけない秘密を私たちが知ってしまったからでしょうね、その場合」
「一体どんな恐ろしい秘密が! ……冗談は置いといて近いことはあるかもね」
大通りにはたくさんの車が走っている。信号に従って止まったり動いたりする色や形が違う乗り物は、意思を持っているように見える。
「なぜ記憶を消したか……きっと私たちのためでしょう。知らない方が安全だと、そんな理由だと思います」
「魔法はいつか解けるんだよな。その時分かるんだろうけど。最近少し思い出しかけているのかなと感じることがある」
「私もです」
「ユキもか。俺たちのために記憶が消されているとしたら、無理に思い出さず自然に任せているのがいいのかな」
「そうですね……」
「でもさあ、モヤモヤするんだよな。俺の人生だろ? って。誰かに操られている感じは嫌だな、手の内で転がされているようなのは」
「ええ、記憶は自分をつくってきたものであり人生の一部ですから」
ビルの電子看板にニュースが流れている。
──璞市の六波羅市長、長期に渡る市長職を今期満了で退いた。退任式は昨日璞市役所講堂にて行われ大勢の関係者が……
「あ、あれ昨日出席した式の事だ。派手で不思議な人だったな」
「課長、淋しそうでしたね」
「俺もちょっと淋しい」
──市民のために能力を使い、多くの人々に愛され親しまれてきた市長は……
「……マコトさん、六波羅市長って転移魔法が使えましたよね?」
「ああ。庁舎を転移していたよな……まさか?」
「他にも転移魔法を使う人はいるかもしれません。でもあんな、圧倒的な魔力を持つ人はあまりいないんじゃないかと思います」
「俺たちの転移に市長が関わっているかもしれないということだな」
「はい」
トイロから指輪を通して通信があった。ちょっと来てほしいと。ミクトの身に何かあったのか聞くと「そうじゃないんだけど」と言う。休憩の名目で宿舎に戻ることにした。
歩道を歩いていた鳩に向かって叫ぶ。
「ヘイ! 鳩タクシー。我らを乗っけて行き給え」
「マコトさんの詠唱、いつも適当ですね」
「まあな」
巨大化した鳩にユキと乗り、宿舎に向かって飛んだ。
宿舎の庭で犬が走り回っている。独特の顔つきの犬だ。顔の模様は歌舞伎の隈取りに似ている。鳩から飛び降りると飛びかかってきた。俺もユキもひっくり返されて顔中を舐め回された。
「おいっ! 何で犬が……」
「そのハスキー犬は田中さん家の子なんだ、後で返しに行く」
トイロが窓から顔を出した。
「だから何で田中さん家の犬が」
犬に揉みくちゃにされながらトイロの話を聞いた。
「ミクトがうわ言で召喚したんだ」
「はあ? この犬を?」
「犬だけじゃない、水龍は来るわ火竜は来るわ2頭で睨み合いになるわ、チィドは騒ぐわ。さっき『ミクトは病気だから呼び出したのは間違いだ、帰れ』と言ったところなんだ」
「なるほど……それにしても犬って」
「猫もいるぞ」
ミクトの部屋に入ると、管理人さん家の白い猫がミクトのベッドで丸くなっていた。
「犬と猫だけじゃないな」
俺は出窓の向こうにいる鳥たちを見て言った。黄色いクチバシのずんぐりした鳥が10羽ほどいる。
「ミクトさんが回復しないと大変なことになりますね。……私、先日四神と一緒に戦った後に『干渉』という精神魔法が使えるようになったようなので、それを使ってみようと思います」
「何その魔法」とトイロが聞くので説明した。
「人の精神に入り込める一部の魔法使いだけに『許された』魔法だ。神に選ばれたと言うべきか。発動した者は近々その魔法を使うことになると言われている……と、魔法大全に書いてあった」
「では、しばらくミクトさんの記憶の中に入ります。可能かどうか分かりませんが、情報を共有したいと思います」
「どうすりゃいいの?」
「手を」
ユキはベッドにサイドボードを近づけると、右手をミクトの額に手を当て、左手をサイドボードに乗せた。俺とトイロはユキの手の上に手を重ねた。




