登庁
「阿羅漢さん、お早うございます」
「お早うございます」
少し早めの登庁でいつも会う広報の稲荷さんとは、長年同じような挨拶を交わしている。彼女は勤務歴20年を超えると思うが、いつまでもマスコットのような可愛らしさを保っている不思議な人だ。
「背広に桜の花びらがついていますよ」
「ありがとうございます。今年の桜は開花が早かったですね」
「いよいよ今日から始まりますね『でるでる課』! 人事部の部長だった阿羅漢さんが自ら課長になることを志願したということですが、今のお気持ちは?」
稲荷さんがインタビュー口調で空気マイクを向けてきた。
「ええ、引き締まる思いです。とにかく頑張ります」
「健闘を祈らせていただきます」
笑い合い「それでは」と自然に分かれた。
入庁式が行われる予定の講堂へ入ると、受付を済ませた新入職員たちが早くも登庁していた。今年の採用は400人ほど。集まっているのは半分ほどか。
「オープン」
鑑定魔法を発動させる。
能力者がちらほらいる。力がある戦士向き、回復が使えるヒーラー向き、風魔法や水魔法を使える者もいる。皆、ささやかな魔法量だ。日常生活のストックとして多少の安心が得られる程度だろう。
学校や企業で行われる能力測定は、魔法が使えるかどうかが分かれば良いという大まかなものなので、どの程度能力があるのかは把握できない。能力者と非能力者の差を広げすぎないようにあえてそうしているようだ。能力の多少は持っている本人だけが自覚するのみとなる。
しかし鑑定魔法で見ると一目瞭然だ。誰がどのぐらい能力があり、伸びる可能性を秘めているか分かってしまう。危険な能力だ。公表すれば私の身が危ないだろう。
この能力がこの歳になって発動したのには意味があると感じている。自分で身を守れないあの幼い頃ではなく、思春期の誰かに自慢したい頃でもなく。成人していても欲に負けて能力を利用すれば、人の道に外れることもあるだろう。人生を知った今だから与えられたのだ。
能力を持ちすぎた者も同様に危険な存在だろう。彼らも能力に相応しい器が出来上がるまで発現しないなど抑制がかかるのかもしれない。世のジャンパーたちの人柄が優れていて能力と釣り合っているのを見ると、そうとしか思えないのだ。
雲水兄さんも長く能力発現しなかった。真面目で思いやりがあり人格者だが今の兄さんは……やめておこう、今日は彼らが登庁してくる目出度い日だ。
1人飛び抜けた能力を示す者を見つけた。あの白菊のような青年だ。驚くほどの魔法量と幅広い魔法能力を持ち潜在能力は未知数……慈眼是親、間違いない。
続けてもう1人現れた。召喚魔法が使える彼は化身美空斗。魔法量、成長スピードも他に見たことがない。2人とも以前見た通りの驚くべきスペックだ。
あと5分というところで、獅崎十色がやってきた。恐るべき力と瞬発力に加えて魔法も使えるのか。特殊技能の数も多く並の戦士ではない。
獅崎が慈眼の方に歩いていく。突然、獅崎の能力値がグンと上がった。慈眼の方もだ。
……何という事だ、側にいるだけでブーストがかかるようだ。しかもお互いに。
ここに化身が加わったらどうなるのだろう。
声を掛けてみることにした。
「化身さんですね、お早うございます。『でるでる課』課長の阿羅漢です。うちの課の2名があちらにいらっしゃるようです。ほら、あの銀髪の方と赤いくせ毛の大きな方」
「お早うございます! 同じ課の人たちが? 挨拶してきます」
上手く誘導できた。獅崎と慈眼に近づく化身……どうなる?
私は子供のように胸をわくわくさせて見守った。
何と……また上がった! 3人ともまた一段階能力アップしている!
しばらくすると、さらに驚く事になった。
3人の能力がまた、さらに上がったのだ。
もしかしてと、講堂の出入り口を見ると星月夜即真が入ってくるところだった。
こんなに離れているのに影響していると言うのか。
雲水兄さんが市長あいさつのために講堂へやって来ていて「4人の能力はどうだい?」と聞いた時、私は興奮の頂点にあった。
「す……凄いです! 凄いなんてもんじゃありません。1人だけより2人、2人より3人、3人より4人です! 全員揃うことで能力の掛け算が発動し、とんでもない高レベルの能力値を叩き出しています! とにかく……ぶっちぎりです!」
新入職員らには聞こえないように伝えるのが大変だった。
「ぶっちぎり……なるほど。表現はあれだが伝わった」
兄さんはそう言うと壇上へ上がっていった。
入庁式が終わり、配属された部署へ移動するようアナウンスがあると、緊張から放たれた新入職員らで講内は一気にざわめいた。
「新設の課にあいさつに行くよ」
兄さんが肩を叩いた。
固まって雑談をしている4人の元へ行き、一緒に課室に向かうことにする。
「眠かったなあ」
「俺、目を開けたまま寝てた」
「4人だけの課なんだね」
「新しくできたんだそうですね」
屈託なく話す彼らを複雑な思いで見た。ガランで共に暮らした仲間であることを覚えているのは慈眼是親だけ。その事を知っているのは私だけだ。
兄さんは彼らに何か言うだろうか。さすがに今日いきなり転移や討伐の話はしないだろうと思うが。
いや、説得などしないと言った兄さんだ。命令で言うことをきかせるつもりなのだろうか。獅崎十色は乗り気だったし、意外に最近の若者は受け入れるのか? ……いやいや。
講堂を出て階段で3階に上がり廊下を歩いて行くと『でるでる課』と書かれた真新しいプレートが見えた。ドアにも張り紙があり「阿羅漢課長 職員4名 でるでる課はこちら」と書かれている。
「ここですね」
ドアを開けて中に入った。
室内がうっすら色づいているように思った。光の加減だろうか。
「お待ちしていました!」
すらりと背の高い女性が立っていた。広報の人らしい。
「早速ですが記念撮影をしたいと思いますので、こちらに並んでいただけますか?」
並んだパイプ椅子に座るように促された。
「阿羅漢課長を中心に左右に2人ずつ、後ろに六波羅市長で」
「では皆さん、一度深呼吸をし目を閉じていただけますか?」
写真を撮るのに? と思いながら言われた通りにした。
「まだ目を開けないでくださいね」
何かサプライズでもあるのだろうと思った。
突然身動きできないほどの圧迫感を感じた。激しいスピードで私の周りの空間が移動していく。目を開けると天も地もない、限りなく続く真っ暗な空間に放り出されていた。ここはどこだ。何が起こっているんだ。何も聞こえず、身体はずっと動かない。




