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マキナの遺したもの

※リアルタイムの話ではありません。過去話です。

前話「百合と雲水」の続きです。

 オキザリス・ガラン支部はガラン北部にあった。初めて訪れる場所だ。

 深い森を背に槍を立てたように並んだ柵、石とレンガで建てられた小城のような建物がいくつも並び、歴史を経て味わいになっている。

 マキナの宿舎が近くにあった事を思い出し「一度でも訪れていたら運命は変わっていたのか」などと考えた。

 住居に混じってレストランや店屋、宿屋なども見られ賑やかな様子だ。端にある事務所のような一画に5弁花のマークがあり、名前は出ていないが秘密結社オキザリスだと分かった。


 ナンバーと名前を言い合って中に入る。室内は本部と同じぐらいの広さで、天井にはクラシカルで落ち着いた大型シャンデリアがあった。おそらくホテルを改装したものだろう。


 10人ほどの支部のメンバーが、初めて訪れた私たちに驚き大いに歓迎してくれた。

 

「あなたが六波羅雲水さん、ガランからジャンプした人ね!」

「未来予知ができるただ1人の能力者というのはこちらの方ですか?」

「橘って、橘銀河……我々のボスのお嬢さんだよね」

「日本茶、紅茶、コーヒーどれがお好み?」

 

 10代から70代までの個性豊かな面々に、私たちはしばし質問責攻めにあった。初めてオキザリス本部にジャンプした時に感じた賑やかさだ。


 雑談や活動についての話が一段落し、マキナの件を切り出した。

 

「私の古い友人で、マキナ・エルデリアという名の魔法使いの行方を探しています。所属は北の部隊。目の色は琥珀、長いおさげの明るくて可愛らしい人でした。彼女以外全員男の討伐隊で隊長をしていました。私より3つ歳上だから今40歳のはず」


 皆、顔を見合わせて知らないという素振りだ。

「ここが出来たのが数年前、新しいスタッフばかりで地元の人間が少ないんです」

 管理棟と共有している討伐隊名簿を調べてくれたが、当時のデータは失われていたようだった。

 

「力になれなくてごめんなさい」

「いえ、ありがとう。皆さんの顔が見られただけでも来た甲斐がありました」


 

 支部を後にして百合と神殿を目指して徒歩で移動していると、誰かが走ってきて声を掛けた。

「あの……! さっきの話ですが」


 振り返ると百合と同じぐらいの歳の少女が息を弾ませていた。

 

「マキナ・エルデリアは私の母です」

「さっき支部にいらした方ね」と百合。

「そうです。プライベートな話もあるので出てきました」

 

「マキナさんの娘さん……」

 そう言われると全体の雰囲気や目元が似ている。

「はい、母はもう亡くなりましたけど」

 あまりにもあっさりと知らされた。

 

「やはりそうでしたか」

 ガラン討伐隊の生存率は半分ほどだ。予感はしていたがやはり辛かった。感傷には後で浸ろう。


「いつ頃でしょうか?」

「私が7歳ぐらいだったと思います。遠征先で両親共に殉職しました」

「あなたの名前は?」

「レイナ・セルヴィエスです」

 

「教えてくれてありがとう。ずっと気になっていた事でした。セルヴィエス……あなたのお父さんはレオという名前ですね?」

 あの日、待ち合わせ場所にマキナの代わりに来た青年、レオ・セルヴィエスとマキナは結婚したのだと思った。

 

「いいえ、母は同じ隊の魔法使い、ユノスと結婚しました。ユノス・エバシュタイン、私の父です」

 ガーゴイルと戦った時、マキナは私を庇って傷を負った。その後に傷を治してくれたあの魔法使いがユノスだと気づいた。

「そうだったんですか。マキナさんはてっきり戦士のレオさんと結婚したとばかり思っていました。だからセルヴィエスなのかと」

 

「私がセルヴィエスなのには理由があります。私の両親が亡くなった後、レオさんは孤児になった私を養子にしたいと言ってくれました。レオさんは私の母が好きだったそうです。自分の余命を知って、若い頃から貯めてきた財産を私に譲りたいと。条件はレオさんの姓であるセルヴィエスを名乗ること。

 育成所はお金がなくて、子供が生きられるギリギリのことしかできなくなっていました。討伐隊から受け取れるお金も心細く、上の学校にも行きたかったので申し出をありがたく受けました。その1年後にレオさんは亡くなりました」

 

 レオ……どことなく人の良さを感じる男だった。不器用で一途な男だ。生きていたらマキナの事を語り合い、共に悲しむこともできたのに。

 

「私は彼のお見舞いに何度か行っていただけなので、何の見返りがあるのか聞いたことがあります。彼は、私が彼の娘になり姓を受け継ぐだけで十分だが、自分の遺した財産が私を通してガランの役に立つならそれが見返りだと答えてくれました」

 マキナより背が高く、明るい髪色。意志の強そうな子だ。性格もきっとマキナに似ているのだろう。

 

「レオさんがマキナさんを高く評価していたことを覚えています。マキナさんがいないと勝てないと。その娘さんであるあなたもきっと素晴らしい能力者なのでしょう」

 私が言うと、レイナの瞳が輝いた。

 

「ありがとうございます。私はジャンパーになりたいんです。少しだけ転移魔法が使えるようになりました。今はもっと遠くへ跳べるようにオキザリスで指導してもらっています」

「それは頼もしい。楽しみにしています。……お母様が幸せな結婚をされていたようで良かったです」


「ええ、夫婦仲も良く幸せだった事には違いないのですが、少し変わった結婚だったようです」

 

 私は話が終わったと予想していたので、意外な展開にとまどった。

 どういう事だろうか。聞いてもいいのか迷っていたらレイナが話し始めた。

 

「2人は恋愛して結婚したわけではないんです……父の方は母のことを好きだったようですが」

 

「何か事情があったのでしょうか」

「はい、母には初恋の忘れられない人がいて、父のユノスは彼に似ていたらしいです。父はそれでもいいと納得して2人は結婚しました」

 忘れられない人……それは私の事だろうか。複雑な思いが広がった。

 

「私はそのことを、遠征前に父が母に宛てた魔法メッセージによって知ったのです。メッセージの存在に気づいたのは、私が13歳になり魔法を発動してからでした。

 その頃両親は別々の隊にいて、父の部隊は特に危険なゾーンに入っていました。メッセージには、母のことを愛していること、私のことを頼むということ、もし自分が先に亡くなったら好きだった人と再婚してほしいという事が書いてありました」


「……お母様にはメッセージは届かなかったのですね」

「ええ、母もまた同じ頃に殉職しました」

 

「お母様が結婚されたのは」

「19歳の時です。ちょうど今の私と一緒ですね。母が好きだった人の名前は分からないのですが、大事に持っていたらしい写真があります……この人です」


 レイナが見せてくれた写真を見た。私の寝顔だった。まだ15だった頃の。

 幸せそうな顔で眠っている自分。その顔を眺めているマキナを思い、胸を熱くした。


 マキナの「別に永遠の別れじゃないわ。私たち、もし縁があるならその時またやり直しましょう。今はさようなら、ゼクス」という声が蘇った。

 私はレイナを動揺させてはいけない。過去を乗り越え、志を強く持つマキナの娘を。


「初恋の人を引きずったまま結婚した母も、それを許した父も不思議ですよね。両親とも命懸けでガランを守る討伐隊だったから、恋をするには時間が足りない。出会った恋にしがみついて命を燃やしながら生きたんです。こんな両親のことを私は好きだし尊敬しているんです」


 はにかみながら明るく笑う少女に言った。

「あなたのお母様は素敵な人でした。友人として永遠に尊敬します」


 私たちはオキザリス・ガラン支部を後にした。


作中のレオ、マキナの夫になった魔法使いが出てくる話は以下です

ガランにて ~亀裂~

ガランにて ~砕け散った恋~

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